「お見合いはご遠慮します」御礼SSと表紙

2015年 11月20日 (金) 20:05

作品を読んで下さっている皆さま、ありがとうございます。
「お見合いはご遠慮します」の発売日となりまして、
かねてから予告しておりました、ご購入下さった方への御礼SSを、以下に掲載いたします。
尚、内容は書籍の番外編にやや被る時系列~その後あたりになります。
そちらを見ていないと「主人公達どうしてこうなってるの?」という感じになる可能性がありますので、予めご了承下さい。

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 確かにダンスが苦手だと言っていた。
 正確には、一度は覚えたけれど忘れた、というものだったか。

 同僚の女官に手伝ってもらい、練習をしていたサリカのダンスは、確かに危なっかしいものだった。
 右によろけ、左足をつまずきかけ、練習相手に支えられる。
 確かにこれでは、誘われるままに踊っていたらエルデリックの足を踏みつけていたに違いない。
 苦悩する表情で断ったのも納得がいく状態だった。

 しかしサリカは王子の女官だ。しかも彼女の能力のことも考えて、一度他の女官や侍従を外した経緯もあるので、サリカが最古参という状態でもある。
 何かあればエルデリックを支えるために、同伴する可能性だってあったはずなのに、なぜ練習をしないで放置していたのだろう。

 そんな風に考えていたせいか、練習を見物している間は苛々としてしまった。
 練習相手に支えられる度に、その苛々が高まる。
 むしろこれだけ下手になっているなら、祝宴に出ると決まった時になぜ自分に相談しなかったのか、と思うのだ。
 どうせ暗殺事件があった後で、部屋の中に籠っていない間はラーシュがつきっきりなのだ。時間はいくらでもあったのに。

 じりじりとした気持ちで、ブライエルの手でリードされている必死なサリカの様子を見ていると、自然とラーシュの目は鋭く細められていく。
 なぜこんなに苛々とするのか、自分でもわからない。

 転びそうになって、腕を引かれて留まった時のほっとした表情も。
 足を踏んで泣きそうになる顔も。
 支えられて安心したように微笑んで礼を言うのも、なぜかどれも気に食わない。

 それでも練習後には、多少は気分が治まっていた。
 サリカも自分自身で『感覚を思い出せば』と言っていた通り、かなりきちんと踊れるようになっていたので、ラーシュとしても安堵したのだと思う。

 けれどその練習だけでは、サリカは不安だったようだ。
 落ち着かなさげに庭に出た彼女は、無意識なのかそれ以外に考えられなくなっていたのか、歩きながら小さくステップを踏み始める。

 じっと見ていたラーシュには、時々間違いが分かる。
 彼が出身のステフェンスにも同じ踊りがある……というか、いくら度々戦争をしていたとはいえ、何度か休戦や交流もあった国同士だ。他の友好国との交流で各国である程度『定番』として均一化されてきた部分もあるのだろう。

 ラーシュがこのダンスを覚えたのはいつだったか、と思う。
 既に母親はいなかった。
 自分を王族として披露するための祝宴に出ることになり、そのために練習をさせられたのだったか。
 踊る相手はあの人か、もしくはあの人が連れてきた教師。
 唯々諾々と従うことを覚えこまされた後だったから、言われるがままにしていたのを覚えている。
 祝宴に出てからは、近い年回りの少女達とも踊ることになったが……そのうち何人かは自分が殺したのだと思うと、口に苦いものを含んだような気分になった。

 それを振り払うように、ラーシュは頭を切り替えてサリカに間違いを指摘した。続いて手伝いを申し出れば、サリカは喜んで応じる。
 踊るために手を繋ぎ合うと、なぜか妙に小さくてか細い気がした。
 何度か彼女の手を握る機会も、抱き上げたことだってあるというのに何かがおかしい。

 先ほど踊った騎士達も、サリカの手を握った時にそんなことを考えただろうか。一名妻帯者がいたが、彼は細君がいるから女性の手など慣れているだろうし、気にもとめなかった……と思うのだが。
 意識することの方がおかしい気がして、ラーシュは考えないようにする。

「左、右足、左横に移動、右足を下げろ」

 教えることに専念する。
 けれどあの崖で、抱きしめたサリカの体はもっと小さかった気がしたな、と不意に考えてしまう。あの時は怯えていたから、そんな印象を受けただけなのだろうか。

 そんな物思いも調子に乗ったサリカの、ふんふんと口ずさむ音階を聞いているうちに薄れていく。
 踊りに合わせて何かの音楽を思い出しているらしい。
 ラーシュもどこかで聞いた覚えがあるのだけど、題は思い出せない。けれど懐かしい旋律は、三拍子の舞踊によく合っている気がした。

「それは何の曲だ?」

 尋ねたラーシュに、無意識に音を出していたのだろうサリカは、ちょっと慌てたように驚いたり恥ずかしそうに視線をさまよわせたりした後で、笑って答えた。

「守りの輪の歌って知ってる?」

 聞いたことがない題だ。けれどうっすらとだが、自分が知っているものと違うような気がするのだが。

「あ、じゃあこんな感じでどう? わかるかな?」

 不意にサリカがぎゅっとラーシュの手を握りしめる。
 するりと心の奥に霧が吸い込まれるような感覚の後、ラーシュの耳に楽器の音色が聞こえてきた。
 いや錯覚だ。
 頭の中に広がっているようなこの音は、たぶんサリカが自分の記憶している音の思い出を、ラーシュに共有させているのだろう。
 ハープと笛の素朴な音楽だったが、もっと多くの楽器で奏でられたものをラーシュは知っていた。

「精霊のとばり?」
「ラーシュの住んでいたところで、そんなタイトルの歌なの? ふーん」

 タイトルを口にすると、サリカは物珍しそうな顔をして音を聞かせるのを止めた。どうやらバルタとラーシュの故国では曲名が違うらしい。
 同時に、ラーシュはその曲をよく好んでいたのが、母だったことを思い出す。
 だからなのかはわからないが、もう少しだけ、サリカにその曲を聞かせてほしかったと思ってしまった。

 その後、ロアルドからダンスの申し込みがあった時には、舌打ちしたい気分になった。
 踊れる以上、サリカはわかったと答えてしまったのだが。どうせなら練習させずに祝宴に行かせて、この男の足をサリカに踏ませれば良かったな、とラーシュは思ったものだ。

 でも口にはしなかった。
 けれどよろけたサリカの腰を支えるロアルドの姿が思い浮かんで、ラーシュの目つきが悪くなったのだが、本人は気づいていなかった。

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