• この、未曾有の災害のいま、僕が想うこと。
  • まずは、無念にも命を奪われた多くの方々と、大切な、かけがえのない人を失った人たちに、お悔やみ、お見舞いを心から申し上げます。

    「東北地方太平洋沖地震」。連日の報道で皆さんも詳細はご存じでしょうから繰り返しの言及は省きます。

    この数日、いろんなことを感じ、考え、想いました。

    そのとりとめのない雑感を文章にすることで、自身の気持ちにいくばくかの整理がつけばと思いペンをとりました。

    順不同に、述べてまいりたいと思います。

    まずはそうですね……。
    自主的にネット上で呼びかけあい、素晴らしい団結力を見せている節電運動、通称“ヤシマ作戦”について。

    ある人が家に帰るとお兄ちゃん二人が電気つけっぱなしだったのを見て
    「電気消せよ!」と怒鳴ったら、
    「なんだようるさいな」といったリアクションが返ってきた。
    そこで「バカやろう! ヤシマ作戦だ!」と叫んだら、
    「了解しました! 碇指令!」と返事してコンセントを抜いた。

    こんなエピソードをネット上で見かけました。


    地震発生後、たいへん多くの方々がこのヤシマ作戦に参加し、節電運動を行っているのです。

    「ヤシマ作戦」とは、「新世紀エヴァンゲリオン」のエピソードの一つです。
    強力な敵、“使途”に打つ手のないネルフ。人類には絶望しかないのか。そんな状況で起死回生の作戦を、作戦本部長の葛城ミサトがたてます。それは、
    日本中の電力を一か所に集めて、その電力で、エヴァ初号機が使途を撃ち抜く、というもの。
    この「ヤシマ作戦」を実行するために、日本中が停電になります。
    上空から日本列島を見下ろすと、第三新東京市を中心に、停電の暗闇が広がっていくのです。

    このエピソードは原作の数多くの使途との戦いの中でも評価が高く、「ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序」のクライマックスシーンにもなっています。

    このエヴァのヤシマ作戦のように、日本中が東北の“停電”と云う名の敵と相対するために一致団結する。

    なんてバカバカしくて、
    なんて素敵なんでしょう。

    この緊急事態に、
    アニメをパロディして、
    困っている誰かのために努力をする。
    この、連帯感。

    日本人って、本当に素晴らしい民族だと改めて思いました。

    そして、アニメや漫画やその他の文化も、時として水や食料同様に生きる糧となってくれるということも感じました。

    繰り返される連日の津波映像や壊滅状態の故郷の映像、大人たちの難しい表情に、原発の解説。

    子どもたちに「通常の放送を!」と望む声も多いそうです。

    ネット上である人が云いました。

    「あなたの大好きなヒーローやヒロインは、今だれかを助けに行ってます。来週はまたあなたに姿を見せてくれます」と。

    また、あるお父さんも息子さんにこう云いました。
    「仮面ライダーオーズ、明日観られないんだ」
    「え、何で?」
    「ゴーカイジャーやプリキュアもそうだけど、みんな一緒に、このテレビで映ってる困ってる人たちを助けに行ってるんだ。だから明日はお休みするんだよ」


    被災地の人たちが苦しんでいるのに、自分たちが普通にバラエティを見て笑っていいのだろうか、気が引ける。そんな声もたくさん聞きます。でも、こんなことを云う人もいました。

    「みんな、ニュースばかり見なくてもいいんだよ。アニメを見てもいいし録画してたバラエティ見て笑ったっていい。不謹慎なんかじゃないよ。精神削らなくていい。
    元気なひとが被災した人の分まで働けるくらい英気を養っておくのも必要だよ。がんばりすぎるな。壊れるぞ」


    “戦後最大の危機”と菅総理大臣が云うように、文字どおり未曾有の、いま生きているほとんどの人たちが経験したことのない大災害。

    そんな状況に、素晴らしい、あたたかい人間性を垣間見たり、人の優しさにふれることができていることも事実です。

    ある人がバイト中に、地震が発生。
    ほぼ満席の状態でしたが、お客さんには外に避難してもらった。
    「食い逃げ、半端ないだろうな」と思っていたら、ほとんどのお客さんがもどってきて会計をしてくれたそうです。ほんの少し戻らなかったお客さんは、次の日わざわざ店に足を運んで支払いをして行ったそうです。

    日本って、ほんとうにいい国なんです。


    しかし、日本だけでなかった。

    私たち島国を包み込む諸外国のあたたかな援助の手。

    数多くの国々が災害後すぐに支援を表明してくれました。

    米軍の、支援活動のネーミングには泣かされました。

    「オペレーション・トモダチ」。

    映画版のジャイアンのように、友だちのためなら危険を顧みずに救援に来てくれるというのです。

    イギリスのインディペンデント紙、日曜版の1面には、こう書かれていました。


    「がんばれ日本。がんばれ東北。」

    日の丸の中に、日本語でそう書かれていたのです。

    目が潤みました。


    地震大国日本。

    昨日の夕方には、鹿児島の新燃岳が噴火しました。
    僕は、雲仙普賢岳噴火災害時に、避難生活を経験していますので、地震や火山の恐ろしさはよく理解しているつもりです。
    いま、日本という国がのっかっているプレートが、とても不安定になっている気がするのです。
    しかし、
    そんな島国は、国際社会の中で決して孤立していませんでした。
    手を差し伸べ、駆け付けてくれる国々があるのです。

    それは、これまでの日本の国際貢献があってのことでもあります。

    絶望だけじゃない。希望だってある。

    避難所ではこんなこともあったそうです。

    おじいさんが「これから……どうなるんだろう」と漏らしていたとき、
    横にいた高校生ぐらいの男の子が、
    「大丈夫、大人になったら僕らが絶対元に戻します」
    って背中をさすって云っていたそうです。


    壊滅的な惨状を見れば、楽観的なことは僕たち被災地にいない者には軽々しくは口にできません。

    でも、その“地獄”と被災者が表現する被災地で、当事者の若者からこんな力強い言葉が聞けるのです。
    僕たちの方が勇気づけられませんか?

    明るい未来は、きっといつか、いつの日にかやってくるんです。


    被災地以外に住む僕たちには、無力感や、焦りがあると思います。

    なにか役にたてないか。

    なにかできることはないか。

    多くの方がそれを探し、実行に移そうとしていると思います。

    ただ、僕は、そんな熱意に水を差すつもりはないんだけど、あえて一番いま大事なことは
    「待つ勇気」なんじゃないかと、思っています。

    たとえば焦りに任せて被災地にボランティアで出向く。

    現場は、まだボランティアの受け入れ準備はできていません。

    被災地のニーズを聞きもせずに、個人で、自己判断で物資を送りつける。

    それを配送し、仕分けして、避難者の人数や現状を把握して配布するのには、時間と人手が必要です。

    現地は混乱し、疲弊し、人手不足に苦しんでいるのです。

    不用意な“善意”は現地にダメージを与えることを、どうか理解してほしいのです。


    そんな想いでいるときに、今日、僕の気持ちを代弁してくれている言葉にネット上で出会いました。


    ぜひ、この言葉に耳を傾けてください。


    「緊急時に、何もしないことが最良でありうることを認め、
     何もできないことを受け止め、
     何かした気になることを戒め、
     何かしないと不安になることと戦うことの別名を、
     祈ると呼ぶ。」


    僕たちには、現地に入ったプロに任せ、
    ただただ“祈る”ことしかできない時間帯もあるのだと思います。

    我慢の時間帯。それをじっとこらえて待つことができれば、自分たちが頑張るときもやってくる。

    出番を待つことも勇気です。

    待つことには「願い」や「期待」や「祈り」を抱きながら過ごす身構えのことなのだとも思うのです。

    機械のような「思考停止」ではなく、

    祈りを込めた「待機」。

    僕たちが、それぞれにできることを探しながら、さまざまなことに耳を傾けて、だけど流れに流されるのではなくて、

    探しながら、待ち、そして、“届ける”。

    その熱意や善意も、焦って力を込めて放り投げて投げつけてしまえばぶつかって怪我をさせるだけです。

    相手の構えてるグローブを見て、
    相手の欲しがる球種を、
    受け取りやすいスピードで投げてあげる。

    そんな心遣いこそを、

    僕は「思いやり」と呼びたい。

    やれることはたくさんあるのか、それとも少ないのか。

    明日からも日々考え、探します。

    献血は、地震発生の数時間前にしてしまったので、もう3ヶ月間はできませんし、
    節電の「ヤシマ作戦」も九州に住んでいては効果は薄そう。

    確実なのは募金。

    英気を養い、働き、稼ぎ、それを募金するのもひとつでしょう。

    とある漫画家のように笑顔のイラストを描き続けたり、

    とある企業の社長さんのように多額の寄付をしたり、

    それぞれの立場で、それぞれの善意が、相手のことを思いやりながら届くといいなと思っています。


    いまをともに生きる日本人として。

    僕も、できることをがんばります。

    被災地の皆さんもどうか、

    ……どうか。

    絶望に沈まないで。

    いまは顔をあげられなくても、

    いつか、

    その顔を上にあげてほしいと願っています。

    あたたかい春を、
    一緒に待ちましょう。

    祈りを込めて。


    2011年3月15日  さすらい物書き

  • 2011年 03月15日 (火) 19時10分

コメント

しょせん危険なことをさせられるのはオレたちフリーターなんだ。
正社員にしか生存権はないんだ!

投稿者:  [ 2011年 03月24日 (木) 22時07分 ]
どうしても日本人が信用できない。福島原発で作業してるフリーターの日給9000円……こんな国のどこが誇れるんだ。みんな頭おかしいよ。狂ってるよ。目を覚ましてほしい。偽善ごっこはウンザリだ。
投稿者:  [ 2011年 03月23日 (水) 13時57分 ]
災害に便乗して悪質メールを送信する人たちいるでしょ。いわゆる詐欺集団。
あれって、一体どういう感覚でしてるんだろうか。ごっつ気になる。
確かに、今、列島を善意が駆け巡り、そこは日本人として頼もしい。素晴らしい国民性だと思う。他の国ならだいたいみんな泥棒に走る。日本人みたいに助け合わない。難事に協力し合う日本人の何と美しきことか。
しかし、同時に、悲しいかな、「異端の排除」という日本人の悪い国民性も感じてしまう。
特に感じたのがテレビである。震災震災震災の報道しかしない。確か昭和天皇が崩御した時もこんな感じだったな。
確かにこんな時に例えばお笑い番組を流すのは不謹慎かもしれない。
しかし、西日本のどこかで病室で苦しんでる余命何日かの患者さんが、そのお笑い番組を糧に生きていた場合、マスコミはどう責任をとるつもりか。
震災だから仕方ないのか。
オレはそうは思わない。明らかにおかしいと思う。
戦時中、少しでも戦争反対を叫べば非国民扱いされた。
日本人にはそういう危険な真面目さがある。
無論、助け合う真面目さと表裏一体なので、一概にダメとは言えぬが。
ただ、冷静に考えると怖い。
色んな意見が飛び交う方が健全だ。無論、ラインてのはあるが。被災者をむやみに傷つけるのはNG。傷つける発言をする場合、それなりの覚悟とリスクを背負わねばならないと思う。

投稿者:  [ 2011年 03月22日 (火) 23時12分 ]
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