【お仕事コン】三千世界出張所 "近況報告"【下書き完成】

2017年 08月13日 (日) 22:21

 ミツイは六畳間から出る決意を固めた。
 数刻の間だけ文から離れる。そう心に決めて彼は文机にある茶を飲み干し、書きかけの文の束を持って襖を開け、久方ぶりの日の光を浴びた。

 身支度を整えるのにはそれなりの時間を要した。数日の間、碌に睡眠も食事も摂らず密度の濃い文士生活を送っていたが故に眼窩は落ち窪み、インカコーラの大量摂取、および栄養の不十分さから血色はすこぶる悪く、それでいて頭だけは冴え冴えとしていたものだから眼光だけは爛々としていた。ぎろりと睨み付けるように文を書きなぐり続けたため、筆を置いてもなお、利き手である右腕は小刻みに震えていた。

 あえて冷水にてシャワーを浴び、きりりと心臓が締め付けられる感覚を味わいながらきつく目を閉じた。
 二度ほど洗髪を繰り返し、頭皮にこびり付いた文の欠片を洗い流す。いや、それでもまだ頭上や体の周囲を散り散りになった単語が浮いているような気がする。もう一度、強めの水流で滝に打たれるような仕草をしながらミツイは纏わり付く言葉の欠片が排水溝に吸い込まれる様を眺めていた。

 身なりを整え、彼が向かったのは花屋であった。
 どうしても一輪、所望する花があったのである。淡い紫花であるそれを受け取り店の外に出ると日差しの強さに眩暈がした。
 
 一輪の花をふらふら揺らしながら彼は久しぶりに見た実家の玄関が少し傾いでいるように感じたが、おそらく疲れからくる錯覚だろうと引き戸である扉に手をかけた。からからと滑りながら小気味良い音で開くそれに、やはり傾いていたのは自分の視界であったかと彼は誰もいない部屋の畳にごろりと横になる。縁側から見える庭は背の高い緑草が茂っていた。また頭上ではかつて見慣れていた天井がひどく古ぼけているように見えた。

 いつの間にか少しばかり眠ってしまっていたらしい。柔らかくなった日差しが燈を孕んで縁側を染め、ちらちらと揺れ遊んでいる埃が陽を受けて板張りの縁側の上を舞っていた。

 不意に玄関が開く音がする。ようやく誰かが帰ってきたのかと寝転がったまま首だけ部屋の入り口に向けてみれば、それは三衣千月の片割れを自称しながらもミツイのように仄暗い六畳間で文に埋もれる事をよしとせず、己の人生の新たなる可能性を選び取った存在であった。その名をチヅキと言う。


   ○   ○   ○


千「やっほー。ただいまー」

三「おう、おかえり」

千「うわ、生ける屍がいる。なに、即身仏でも目指してるの?」

三「そんなにヒドイ顔しとる?」

千「鏡見てみなさい。ほら」

三「……ジャックスパロウがおる」

千「黙りなさいホラーマン」

三「せめて長ネギマンでお願いします」

千「血の気がないのは認めるのね」

三「おう。せやけど冷蔵庫になんもなかった」

千「母さんのおやつ倉庫は見た?
  レンジの下の右の扉」

三「見てくる。何か腹に入れんと堪らん。
  その間にコレ読んどいて」

千「はいはい、今書いてるヤツね。
  ってちょっと、何かアタシに言うことは?」

三「机の上」

千「へ? この花?」

三「差し上げようやないの。
  良妻キャンペーン、ご苦労さん」

千「ありがとう。
  今は賢母キャンペーンに昇格したわよ」

三「うむ、佳きかな佳きかな。
  花言葉は自分で調べてくれい」

    ◇  …  ◇  …  ◇

千「ボツ」

三「情け容赦無しか!」

千「ストーリーに起伏が無い。
  導入に必然性が足りない。
  なにより、恋愛要素が薄い!」

三「千づっちゃんよ、俺に恋愛が書けるとでも?」

千「カンパンの屑をこぼしながらドヤ顔しない!
  恋愛を書かないと見向きもされないわよ。
  だいたいそのカンパン、緊急時用じゃないの?」

三「緊急時やろがい。俺の命の」

千「自業自得ですー」

三「ま、そうとも言うわな」

千「そうとしか言わないの。
  で、この話って、主人公はどっち?」

三「鍋師の方」

千「でも、ヒロインの一人称で書いてあるのね」

三「鍋師に感情移入はできんやろうからなあ。
  ただ、それで話がブレた感覚はある」

千「うん、そんな気がする。
  あと、鈴木君、要らないんじゃないかな」

三「あ、やっぱり? 役割少ないなあと思っとったんよ」

千「じゃあクビ! 彼のエピソードは大和田君に引継ぎね」

三「妥当なトコか」

千「あと、新人ちゃんが誰かに惚れてくれるといいかな。
  話が動かしやすくなると思うわよ。恋愛は偉大なの」

三「ふむう。琴科か茶屋町らへんかなあ
  仕事のミスをフォローされてキュン、みたいな」

千「なんでよ、主人公でいいじゃない」

三「接点がなかろう」

千「そこはなんとか無理やりにでも」

三「また無茶を言う」

千「無茶を言うのがアタシ。それを実行するのが三ちゃん。
  それでこそ三衣千月じゃないかしら?」

三「おおむね認める。
  ほなまあ、書き直すか。
  書いたらまた連絡するわ」

千「ちゃんと恋愛要素を入れるのよ。
  ヒロインとの三角関係は王道だからね!」

三「おーけー。俺はやると言ったらやる男です」

千「よろしい。じゃあ、ご飯食べに行きましょう。
  母さんも父さんも向こうで待ってるから」

三「あれ? いったん実家に集合って話ちゃうかった?」

千「なんか、昼間はデートしたいから現地に変更って連絡きたわよ。
  今日はアタシの懐妊祝いなのにねー」

三「我が家の連絡網から息子を外すとは何事か」

千「娘&娘婿は入っているので問題ありません」

三「まあええけど。ほないこか」

千「あ、ねえねえ。この花、名前は?」

三「調べたらええのに。
  アルストロメリア。金木犀に次いで好きな花や」

千「花言葉は?」

三「調べろ言うとんねん」

千「だから三ちゃんを使って調べてるんじゃない。
  ほらほら、データを開示しなさい」

三「ほんまコイツは……
  "持続" "未来への憧れ"
  あと、その色には "気配り" ってのもある。
  頑張れ、新婚さん」

千「おっけー。知ってたことにして旦那に教えてあげよ」

三「この外道がッ!」



   ○   ○   ○



 家族と共に食事をするのは久しぶりだった。
 穏やかに食卓を囲む中でミツイは家族に「なぜ自分に連絡しないのか」と恨み節を述べたが、父母からは「連絡したところで返事がこないからだ」ともっともな事を述べられた。

 しばらくぶりのまともな栄養を腹に抱えたままミツイは自らの六畳間に戻る。見慣れた文机。見慣れた天井。部屋のあちらこちらに散らばる文の欠片。
 それらは部屋の主人を待っていたかのようにずるりと這いより、ミツイに纏わり付いて見せた。

 誘われるように文机に向かい、部屋の隅で寝ている天狗を一瞥してから文を書き始めた。

 ――これで良い。今日も等しく、自らは文士である。己は三文文士だ。故に変にペース配分など考えない。書きたいときに書き、書きたくないときでも書くのである。
 それが、三文文士だけに許された特権なのだから。

 六畳間には絶えず文を練り上げる音が聞こえている。

コメント

ありがとうございます!
しっかりと完成させてスタートラインにつきたいと思います。
三衣 千月  [ 2017/08/15 22:45 ]
お仕事コンですか。私も参加しております、良い結果が出ますように。
足軽三郎  [ 2017/08/13 22:29 ]
コメントの書き込みはログインが必要です。