• 非日常と日常
  • 年末に怪我をして六か月。
    作品を発表できませんが、ちょっと思ったことを。

    肩が痛いな~、とか軽い気持ちだったところ、検査によりその後、鎖骨と首の骨折が判明。手術レベルではないけれど、週3でリハビリと注射に行ってます。
    まあ、そんなに真面目に通ってないけど、なんというか整骨院のリハビリ室はちょっと驚きました。
    認知症と車いすのお年寄り達。たぶん近くの施設の方々が来ているんでしょう。介護士さんとかもよく会います。自然とお話しをさせていただくようになりました。中に私を娘(?)と混同している方もいらっしゃります。
    驚いたというのは、幸か不幸か私の周囲の親戚にはいなかったんで、そういう方々の相手をすることがなかったんですね。
    だから「年をとる」ということがどういうことか実感できていなかった……。
    (母方は長生きで、寝込むことがなく逝くコロリ系。父方は短命)

    自分も体が不自由になり、言葉にはならないけれど、生きるということとか、なんか真面目に考えるようになりました。

    そんな中、あの大震災。

    今日はあれから3か月目。

    大阪人なんで阪神淡路の震災は経験してるんですけど、あんなに津波がものすごいものだと思わなかった。一瞬ですべてを根こそぎ持っていくなんて。



    ……それから何だか小説が書けなくなった。

    日常が重すぎて、非日常が言葉にできない。

    嘘くさく感じてしまうんですよね、自分が描く世界が。以前はそれが楽しかったのに。
    現実逃避しているような、気分です。
    腕はダメでも指は動くんで、その気になればこうしてワープロ機能を使えるのに。
    これがスランプっていうのでしょうか。どうしてだか自分でもわからない。

    たぶんこんなことここに書いてはいけないのだろうな、と思います。
    ここは楽しくみんなが使う場所だから。

    でもすこしだけ吐き出し。

    ごめんなさい。
  • 2011年 06月11日 (土) 22時55分

コメント

追記・村上さんのスピーチを読ませていただきました。
上下(特に下)はアクセスしにくかったです。きっとみなさん読んでいられるのでしょうね。

日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない(引用)

という言葉が印象的でした。
以前、私は「何があっても後悔しない生き方を」なんて考えていたんですけど、どうしてだか今は後悔したくてたまらないんです。
投稿者:古都ノ葉  [ 2011年 06月12日 (日) 23時23分 ]
こんばんは。

負のつぶやきに反応していただき嬉しいです。
半分、というかかなりの確率で無視されると思っていました。
明るい話題ではないですしね。

卯田さんに読んでいただけた……なにかそれだけで救われた思いがします。人間って勝手なんですねー。すぐ都合の良いように取りたがる。

これから村上春樹さんのスピーチを読んできます。
来ていただきありがとうございました。
投稿者:古都ノ葉  [ 2011年 06月12日 (日) 22時49分 ]
 こんばんは。
 人の世は住みにくい。けれど越す国はない。越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、くつろげて、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするから尊い。―― 夏目漱石「草枕」より抜書き一部改変

 村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文
 http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040017000c.html

 偉そうでごめんなさい。
 それでは。
投稿者:卯田手石  [ 2011年 06月12日 (日) 18時14分 ]
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