活動報告12(2017)

2017年 08月25日 (金) 00:32

徐々に『レイニー』もアレな感じになってまいりました。
一応はハッピーエンドへ力ずくで持っていくルートも用意していたんですが、何か違うなと。当初の構想通り悲劇として最後まで書き切るつもりです。
前半のノリが好きだった方、どうかご容赦のほどを。


連作長編にするためいったん削除した『遠見のレン』も、ようやくストーリーラインが最後らへんまで固まってきました。異能者たちが誰一人幸せになれない、がっつり悲劇になりそうです。ま、短編のときから悲劇でしたしね。

そのうちなろうでやろうかなーと考えている『さよならユグドラシル』というファンタジーは、テイストをちょっと変えて乾いた悲劇にするつもりです。
とある国で神樹と崇められていた巨木ユグドラシルが老衰で死にかけるとどうなるか、てなお話です。土や水を汚染しながらゆっくりと死に向かっていくので、てんやわんやの大騒ぎになるんじゃないでしょうか。結構長くなると思う。

あとは『ピーノ』ですが、少し発想を変えることにしました。最初から最後まで重苦しい話をどうやったら「優しさ」の気配で支えることができるだろうか。
娼館を舞台にするのはほぼ決まりなので、そのコンセプトさえクリアできれば本格的に取り組んでいくつもりナリ。

おまえは悲劇しか書けんのかと思われそうですが、公募に出す予定の女装少年ものは甘くてビターな矛盾した感覚を求めているので、きっと悲劇的にはならないはず。


こんな感じで2017ー18シーズンを送る予定です、今のところ。

コメント

譜楽士さん、コメントありがとうございます。

喜劇も好きなんですが、心に刺さる悲劇というのはやはり強く印象に残ります。
恥ずかしながら最近になってようやくオペラとオペレッタの違いを知りました。
オペラ好きは重厚な悲劇に惹かれているんでしょうね。わかるわー。
遊佐東吾  [ 2017/08/26 22:26 ]
大学の美学の授業で、「悲劇は人を惹きつける」って言ってたのをなんとなく思い出しました。シャイクスピアなんかまさにそうですね。
譜楽士  [ 2017/08/26 12:13 ]
九条さん、コメントありがとうございます。

「ハッピーエンドはそれ自体がすでに一つの虚構」、これ名言ですよ。
そして『レイニー』のハッピーエンド路線を検討していたときの私の心境をずばりと言い当てられたような気がします。

九条さんがご覧になっているかどうかはわかりませんが、かつて私が『ハウルの動く城』を観たときに感じたことでもあります。
まぎれもないハッピーエンドなんですけど、なぜかそこだけ虚構のように思えて「たぶんみんなもう生きてはいないんだ」と勝手に解釈しておりました。
するとあら不思議、『ハウルの動く城』は宮崎作品随一の悲劇に早変わり。
遊佐東吾  [ 2017/08/25 23:10 ]
相楽さん、コメントありがとうございます。
はたして最初はどんな文面でコメントされていたのか……。

悲劇であるかどうかを判断するのに大きなウェイトを占めているのは、どの登場人物の視点から読者がその物語を眺めるのかという点だと思っています。
あとは叙事詩的だと悲劇として成立しにくい、ですかね。流れの中の一エピソードとして扱われてしまうので。
もしかしたら『D』もそういった要素があるかもしれません。

幸せに関しては、ある程度持続している状態として捉えるか、それとも瞬間として捉えるかで立場がまったく変わってきますよね。
持続している状態を幸せと認定するには、過去を振り返ってみて「ああ、あの頃は幸せだったな」という形にならざるを得ない気がしますが。
遊佐東吾  [ 2017/08/25 22:58 ]
呑竜さん、コメントありがとうございます。

「お、この方向やん? いける!」と握り拳を作ってみたのですが、よく考えてみれば元々そのラインで『ピーノ』を書こうとしていた気がするんですよね。
いつの間にか不穏さが前面に出すぎてしまったせいで、優しさや愛情が薄れていった感なきにしもあらず。
『大人はわかってあげない』を書いていた頃の自分を取り戻したい。
遊佐東吾  [ 2017/08/25 22:42 ]
須方さん、、コメントありがとうございます。

後ろめたさは特にないんですが、自分に呆れている部分はあるんじゃなかろうか。
22世紀から来た青狸に「いつもどら焼きばっかりだとさすがに飽きるだろ……」と思ってしまう、あの感じです。
以前もスポーツ連発でしたし、方向は違えどどうしてこう偏ってしまうのか。

フェティシズムの鬼からの助言はありがたく頂戴しておきます。欲望圧縮高濃度や!
遊佐東吾  [ 2017/08/25 22:29 ]
『レイニー』の不穏すぎる展開に、読む側ももう号泣する準備ができています。どうか思う存分読者の心を引き裂いてください。お待ちしています。
遊佐さんの執筆予定は錚々たるラインアップですね。いずれも心惹かれる作品ばかりです。
壮大な本格ファンタジーは悲劇的な方がいい、と思います。
ハッピーエンドはそれ自体がすでに一つの虚構(ファンタジー)ですからね。
九条 寓碩  [ 2017/08/25 22:24 ]
ココナッツさん、コメントありがとうございます。

読者にウケるかどうかを考えるところまで、まだまだたどり着けていない気がするんです。物語ごとに設けた課題をどう乗り越えていくのかで精いっぱい。
なのでしばらくはマイペースでやっていくつもりです。
『遠見のレン』を好きと言っていただけたことに感謝!

女装も男装も守備範囲ですので、『消えた花嫁』も楽しく読ませていただきましたよ。コメディ、たぶんココナッツさんに合っていると思います。
『極貧令嬢』のときにそう強く感じました。そりゃもう、始終くすりとさせられっぱなしでしたとも。
遊佐東吾  [ 2017/08/25 22:20 ]
*すんません再投します。あとで自分で読み返して何言ってのか意味が判らんかったので、改めて。


私は、悲劇が悲劇たりえる根源を何処に据えるかというところで、非常に悩みます。何をもってして悲劇とするか、多くは人の生き死にに起因するのでしょうけど、そこに絡み合う諸処の問題は複雑を極めますので。

それに比べると幸福感ってのは、ものすごく単純で薄っぺらいといえば薄っぺらい。そして稀有かつ刹那的な気がするんですよね。

闇がなければ光は輝かない、光がなければ闇は成立しない

ともいえますが、そんな単純な位相だけでは語れないのが物語の面白いところですな。
相楽山椒  [ 2017/08/25 17:26 ]
お疲れ様です(*・ω・)ノ

「ピーノ」のその発想はありですね。
悲劇なんだけどテイストが優しいってことですよね。
そういう変化球は見たことないので楽しそう(o´∀`)b
呑竜  [ 2017/08/25 16:49 ]
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