倫敦大使館付降魔武官、里中勇治郎・完

2017年 07月18日 (火) 00:29


『見事』

 瘴気の晴れた部屋の中に、声が響いた。
 獣を招来した者の声が聞こえたのは、獣が消えた後に残った闇色のカードから。

「貴様が今回の仕掛け人か」
『如何にも。我らが目論見を潰されたが、代わりに面白いものを見せて貰った』
「名を名乗れ」

 里中はカードを睨み付けるが、相手は含み笑いと共にこう言った。

『真名を告げるのは遠慮させて頂こう。代わりにこの名を知り置いてくれ。私はマグレガー……マグレガー・メイザーズ。黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)を率いる者の一人だ』

 聞き慣れぬ名に、里中はオースティンに目を向けた。
 オースティンは彼の視線の意味を悟り、小さく呟く。

「新興の秘密結社だ。正体は判然としないが、魔術師を多く擁する組織……」
『よくご存知だ。オースティン・アダムス。君の今の飼い主を知りたいところだな』
「誰が喋ると思う?」
『だろうな。まぁ、追々調べさせて頂こう』
「目的は」
『さて。まぁ一つにはエドワース家を潰す事だったが、諦めよう。君の素晴らしい魔術に免じてね』

 押し黙る里中に対して、オースティンは黙らなかった。

「引き裂き魔をロンドンに放っている理由も、ついでに喋っちゃどうだ?」
『残念ながら話す義理はないな。ま、もうしばらく続く、とだけ言っておこう。下準備も整ったのでね。それでは』
「待て!」

 オースティンの制止も虚しく、闇色のカードは枯れるように粉と化した。

「黄金の夜明け団……」

 酷く不吉な感じを覚えた里中は、その組織の事を大使と熱田に報告する事にして、意識を切り替えた。

「ミス・アリスに、無事に祓ったと伝えよう」
「それは良いが、またちょっかいを掛けて来ないか?」
「一度しくじって、正体を明かした。もうエドワース家に関わるつもりはないんだろう」

 里中は、ただの鉄塊に戻った刀を鞘に納めて、踵を返した。

※※※

「アリガト、ゴザイマシタ」

 日本への出立の日、船着き場までわざわざ見送りに来てくれたアリスは、晴れやかな笑顔を見せた。
 眩しさのあまり目を細めたのは、晴天の太陽のせいばかりではない。

 憂いを払い、輝きを取り戻したアリスはそれまで以上に魅力的で、里中は、こんな事なら見送りなど不要だったと、理不尽な恨みまで抱いてしまった。
 アリスとは、もう二度と会う事はないだろう。

 抱き締める事すら出来ない想い人の役に立てて良かったとは思う。
 だが、会えないと思うと、無性に抱きしめたい衝動に駆られるのだ。

「どうしましタ? ミスタ、サトナカ」
「アリス嬢。そんな他人行儀な呼び方はよしたらどうです? ユージと呼べば良いじゃないですか」

 ニヤニヤと、内心で何を思っているのか。
 アリスにくっついて見送りに来たオースティンが、アリスに言う。

『そんな……恥ずかしいですわ』

 頬を染めて俯くアリスの姿は、凄まじい破壊力で里中の心を打ち砕いた。

「オースティン……貴様」
「何だ、ユージ。呼ばれたくないのか?」

 結局、この男の正体も知れないままだ。
 あの一件の後、不思議に思った事がある。

 サタンの瘴気にすら対抗しうる防御結界を張れる程の男が、本当に闇色のカードによる『式』に苦戦したのかと。
 エドワース家に起こった事の事後処理に関する手腕も鮮やかで、もしかしたら自分の方が試されていたのではないかと、里中は疑っていた。

「ユージ。黙りこくってないで何とか言えよ」
「……呼ばれたい」

 離れがたい想いが、里中にそう言わせた。
 一月に満たない時間。

 それもほんの僅かな触れ合いしかなかった女性に、何故こうも心を惹かれるのか。
 これが恋か、と、不意に気付く。

 今まで一心に男ばかりの中で修行に打ち込み、軍人となってからは一人前になろうと務めてきた里中にとって、深く関わる女性というものは母親と姉妹程度しかいなかった。

 素直に口にした里中に対して、アリスはますますはにかむように微笑んで、軽く首を傾げながら、上目遣いに里中を見て、そっと囁いた。

「……ユージ?」

 里中は、本気で彼女を抱きしめそうになる自分と、緩み掛けた頬を鉄面皮に保つ為に、奥歯を砕けるかと思う程に噛み締めた。

 そこで船に乗り込む時間になり、里中は精一杯の気持ちを込めて、アリスに手を差し出した。

「……貴女を救えて、良かった」
「お元気デ。またお会イできる日を、待っていマス」

 握手を交わした手は冷んやりと柔らかく、握り潰せてしまいそうな程に儚く、華奢で。
 また会いたい、とほろこぶように微笑む彼女に、思わず勘違いしそうになる。

 ーーーシャキッとしろ、里中勇治郎! それでも誇り高き日本軍人か!

 内心で自分を叱咤して、里中は精一杯自分がまともな男児であると見えるように胸を張り、オースティンとも握手を交わす。

「お前は面白い男だ、ユージ。俺は、お前が気に入ったよ」
「私は貴様が非常に気に食わん。貴様の顔は二度と見たくない」
「おっと、お言葉だな。アリス嬢の顔は見たいのか?」

 里中はそれに対して黙秘し、アリスに向けて敬礼した。

「貴女の将来に、幸多からん事を。ミス・アリス」
「ユージ、モ。……ご武運、ヲ?」

 自信なさげに言うアリスに、里中は苦笑した。
 間違ってはいない。

 アリスへの想いを諦める為の戦いは、今から始まるのだから。

「では」

 里中は、こうして日本に帰国した。

※※※

「という訳で、結局ユージはアリス嬢に求愛しなかった」
「あの朴念仁が。甚一に俺が怒られるではないか」

 アリスと別れた後に、オースティンが会いに行ったのは、倫敦駐在日本大使その人だった。

「しかし、秘蔵っ子だというユージに異国の人間を娶らせようと思うとは、一体、あの人は何を考えているんだ?」

 オースティンは、熱田甚一と繋がりがあった。
 彼は、イギリス諜報機関……後にMiと呼ばれる組織の人間であり、同時にユダヤ教の預言者でもある。

 表向きは聖公会のエクソシストとして活動しつつ、その実は失われた十二支族に連なる血族の人間だった。

「愚問だな、オースティン。アリス嬢の祖父は、失われた十二支族の一人。即ち、勇治郎同様に古の血が濃いのだ。悪しき者どもが世界を混乱させる為に動き、アンチ・クリストを創造しようと暗躍する今、対抗者たる貴紳の血を深めようとするのは当然の事と思うが?」
「だが、本人達に任せていたら、あの二人、下手すると二度と会わないぞ。ヤマトダマシイだか何だか知らないが、ユージは相当頑固だ」
「昔からやせ我慢が得意だったからな……だからこそ、血族の中でもスサノオをその身に降ろすほどの力を得られたとも言えるが」
「で、結局どうするんだ?」

 失われた十二支族の中でも奔放な気質のオースティンは、心底おかしそうに喉を鳴らした。
 勇治郎のやせ我慢は、はたから見れば見え見えの恋心に対するもの。

 気付いていないのはアリスばかり。
 そのアリスも、勇治郎に惹かれていると来れば。

「アリス嬢の方に動いてもらおう。お父上に理由を付けて、アリス嬢を日本に送って貰う」
「だよな。俺も日本に行こう。ユージは面白い」

 そんなオースティンに、大使は妙なものを見るような顔をした。

「君がそれほど人を気に入るのも珍しいな」

 オースティンは、大使に向かって片目を閉じた。

「俺と肩を張る実力者で、からかいがいまであるんだ。気に入らない理由がないと思わないか?」

※※※

 その後。
 ある日本軍人が、終戦の後に警官となって職務に生きた。

 彼の経歴を見た者は、奇妙な顔をするだろう。
 海軍所属の軍人ではあるが、彼の乗る船はいつも違う船で、その多くが戦地と関係のない場所へ向かっていた。

 また警官となった後も出向に次ぐ出向で、所属こそ常に警視庁であったものの、ついに定年まで自身の席を持つ事はなかった。
 そんな彼だが、必ず月に一度は東京へ帰り、長期の休みがあれば家族と共に温泉旅行に出掛けていたという。

 彼の妻は、アリスという名の美しいイギリス人女性だったそうだ。
 さらに、決して表沙汰にならない彼の職務内容は、後の警視庁降魔課において伝説になっているという……。

END

コメント

志雄崎さん》切り裂きジャックは第一次前の話で、ロンドンはその後に大空襲で壊滅するんですよね……。

戦争コワイ。

薀蓄、受け入れられて良かったですw

黒の時は、装殻の説明がくどかったらしいので。

読んでくださってありがとうございます!
peco  [ 2017/07/21 23:47 ]
このくらい薀蓄が入った方が地の文がしっかりしていい感じだと思いました。
里中に悪魔じゃないと言われて、は? と思った私はメガテン脳過ぎました、すみません。

第一次世界大戦前って事はかなり前の話なんですね。第二次世界大戦前くらいの話なのかと思って読んでました。
何はともあれハッピーエンドはすばらしい。
志雄崎あおい  [ 2017/07/21 18:36 ]
ぷちミントさん》はじめまして!

まぁ、短編なのでw 一日5000文字くらい書けば三日あれば書けると思ったのです。

作品要望をいただけて嬉しいです!

peco  [ 2017/07/18 23:35 ]
初めまして、秋月さんとこから読みに来ました。
まさか既に出来上がっていたとはw
里中さん、不器用かっこいい。アリスちゃん、かたことかわいい。
怪異への対抗手段とか祝詞とか、かっこいいなぁ。
なるほど、持ってた刀 羽々斬だったか、そら竜もぶった切れるはずだわ。
これは是非に作品としておいとくべきですわ。
ええ、語彙力の消失失礼いたしましたw
ぷちミント  [ 2017/07/18 22:57 ]
遥さん》カッコいいセリフは自動筆記です。むしろくどくないかが書いた後に心配になるくらいw

二人の続きは……黄金の夜明け団との闘争や第一次世界大戦に入ってしまう……戦争は嫌いです……。
peco  [ 2017/07/18 21:55 ]
やっと読めた!

良かったですよー。スサノオを降ろすところが格好いい。そして台詞がいちいち格好いいなあ。あれは私には無理なのでただただ、感心しまくってました。

糖分もいい感じ!抱きしめてしまえー!と思ったwww出来れば二人の続きが見たいです。
遥彼方  [ 2017/07/18 21:41 ]
大佐殿》お気に召して貰えたなら書いたかいがありましたw
peco  [ 2017/07/18 20:19 ]
原案と言うほどでもないのです
妄想を口走っただけなのです

なので名前はむしろ出さんで栗

追伸:例のネタに関してはまあ、良いのです
だってここまで素晴らしい話に仕上がっとるン
Oberst der Nationale Volksarmee  [ 2017/07/18 19:04 ]
大佐殿》原案の貴方にそう言っていただけると嬉しいですw

例のネタはぶっ込めなかったw

小鳩さん》ジレ、成功しておりましたか! pecoは糖分含有量が上がった!w

オースティンは私の作品にスタンダードな腹黒さんなので書きやすかったですw
peco  [ 2017/07/18 18:16 ]
ええ、もう! カカオ95どころでなく、だいぶ甘かったと思いますよ? こっそり名前を呼ばせるところなんか、特に!(←賞賛してます)
オースティンもいいキャラですね。こういう人、好みです。
小鳩子鈴  [ 2017/07/18 13:53 ]
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