大陸統一を果たした巨大帝国の後期はじめ──辺境の男爵家にひとりの少女が産まれた。
儚くおっとりとした美少女だったが、五歳の洗礼の儀式で、とんでもない記憶が蘇った。
それは前世の魂の記憶。
前世、彼女は男子であり、類まれな剣士であり、大帝国の統一に最後まで抵抗した、英雄とさえ呼ばれた人物だったのだ。
さらには、英雄のさらに前世は、地球に住む普通の一般人だった。
「……敵国に転生とか、ヤバすぎる…っ」
今世では、目立たず、何もせず、大人しくしてよう──。
かたく、決意するのだが……。
帝都からやってくる怪しい商人。
大陸じゅうを渡り歩く踊り子一座。
かつての英雄に憧れていたSクラス冒険者。
大人気のお菓子の店のオーナー。
辺境に赴任する帝国騎士達。
かつての敵達がどんどん、目の前に現れる。
英雄として、たくさん殺したし、身内を殺された。
確かに帝国に統一され、平和になったかも知れないが、平気で笑ってなどいられない。
しかも、彼女は友である精霊が見え、力を持っていた。
淡い金髪は月光のよう、淡い紫の瞳は宝石のよう。真っ白な肌は滑らかでミルクのようで、おとぎ話の精霊のよう……つまり、美しすぎた。
瞳のなかではじける金の光は、伝説の精霊眼の証。彼女の周りだけ常に清冽な気配に満ちて、そこに居るだけで聖域を作る。
大陸統一の戦禍の穢れた土地を癒すには、彼女の存在は必須だった。
勝手に聖女に崇められ、帝王に目をつけられ──さらに。
アリアーツェ・センテ男爵令嬢を、第二皇子カイル・アーデリシアの妻に。
さらに聖女を護る騎士として、聖騎士団を擁立、隊長は帝国の英雄、ジークリス・ティオームとする──。
第二皇子カイルも、騎士ジークリスも、戦争中幾度も戦った相手だ。殺しあった仲だ。
「……むり、逃げよう」
アリアーツェは精霊の森に身を隠す。
長い髪を切り暗く染めて、少年のフリをして、森に暮らすことにした。
生活は全く問題なかった。
精霊が助けてくれるし守ってくれるし、近場の村で買い物も可能。
聖女が消えたと大騒ぎする周りは無視して、のんびりと──。
作品情報
ローファンタジー[ファンタジー]
R15
最終更新日:2022年01月23日
身分差 年の差 ヒストリカル 伝奇
読了時間:約132分(65,768文字)