作品一覧全1件
短編
『人にはそれぞれ物語があって、その人にとってのヒーロー、あるいはヒロインが必ず登場する』  そんな感じのことを、どこかの本で読んだ気がする。  それで言うなら、”彼”が私の物語のヒーローだ。  放課後は文芸部の部室として使われている二ー四の教室、その窓際の席で。  夕焼け空を背景に彼はよく本を読んでいる。  直接話すことはあまり無いのだけれど、友人曰く、『好きな人に恋愛対象として見られていない残念なお人好し』だそうだ。  確かにそうかもしれない。  彼に相談を持ち掛ける子は、男女問わず多い。そしてその全員が、彼以外の誰かが一番好きなんだ。きっと二番目も三番目も、別の誰か。  それでも彼に相談に来るのは、どの集団にも属さない彼の立ち位置だけが理由ではないだろう。  真面目で、物静かで。けれどとても感情豊かで、優しい心を持っている人。  もちろん、顔がいいとか、そういうところも、なくはない。  それはともかく。  私は、そんな彼が好きだ。  今まで曖昧に好きになった人なんて何人もいたし、付き合った人も何人かいたけれど、ここまで真っ直ぐに一人の人のことを好きだと思えたことは、思えば初めてだった。  ……でも、彼の視線の先に、私はいない。  いたとしても、クラスメイトか同じ部活の人、程度の認識だろう。  前に一度、部室に彼と私の二人しかいなかった時があった。  その時に、私は聞いてしまった。  彼には、好きな人がいること。  そしてそれは、私ではないこと。  私の恋は、叶わないこと。  そして彼の恋もまた、叶わないこと。  できることなら、私がその子の代わりになって、彼の傍にいたい。  ……でも、それはできない。  だって。  今の私だから。彼とって、そういう話も気兼ねなく話せる相手だから、私は此処にいられるんだ。  私は今の関係を壊したくない。  だから私は、ヒロインにはなれない。  小説の表紙に描かれることは無く、漫画のラストページに一枚絵として彼と並ぶのも、私じゃない。  それでも。それでもいいから私は、彼の傍にいたいのだ。  だから、そう。  これは、ヒロインになれなかった私の話だ。
作品情報
現実世界[恋愛]
最終更新日:2024年09月08日
読了時間:約2分(845文字)