あるオーク夫人の語るところによれば、村の西方にある森の入口付近で、ゾンビ系統と思しき魔物が見つかった。
これまでその森にゾンビが生息していた例はない。
魔物というのはゾンビに限らず、それぞれ固定した生息域があり、そのエリアから自発的に出ることは考えられない。つまり、そのゾンビが森にいたのは、何らかのイレギュラーによるものと思われる。
その魔物は発見当時、瀕死の状態にあった。
アンデッドの知識が乏しいと、ゾンビというのは単なる不死のシンボルとして半永久的に生き続けると考えがちだが、彼らとて適切な栄養を摂取しなければ体は弱るし、深い傷を負ったままでいれば、やがて活動限界を迎える。当該ゾンビは長期にわたって食事をしていなかったと推察されている。
さらに深まる疑問として、このゾンビ型の魔物は発見された直後、消え入るような声で「ジャック」という名を、何度も口にした。
ジャックとは、そのゾンビの名か、そのゾンビに傷を負わせた者か、あるいは他にゆかりのある者の名前なのだろうか。いずれにせよ、この世界でジャックは一般的に人間の男性に用いられる名前であり、魔族が好んで名乗ることは、まずないとのことだ。
ボロボロに朽ち果てたその魔物の体からは、未だ身元を判明できずにいる。