時は元禄。憂き世から浮世に変わる頃。
歌舞伎に浄瑠璃、浮世絵蒔絵。銀紙竹光を引っさげたお侍さんも、五七五を吟じる時代である。
まア兎にも角にも芸達者な時分において、それに見向きもしない娘がいた。名を千代という。
江戸に店を構える古着屋・桔梗屋に生まれた千代は、物心ついた頃から反物に目がない。
しかも、ひとたび撫でれば布の具合を瞬時に分析できるほど、手先の感覚が鋭いときた。
これほど反物を扱う店に縁のある奴もいないだろ、というわけで、千代は店を継ぐつもりでいた。
母譲りのお人好しを発揮して、事情を抱えるお客の要望に応えようとするが……。
これは、1人の布狂いが町中を駆け回る──そんな話。