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連載 2エピソード
──この店は、まだ名前を知らない「物語」のためにある。 どこにあるのか、誰が開いているのか、誰も知らない。 それでもふとした夜、心に雨が降ったとき、人はなぜかこの店にたどり着いてしまう。 小路の奥、薄明かりの看板。その上には、一匹の黒猫が静かに座っている。 扉を開ければ、古びた木の床と、ジャズのレコード。そして、無口なマスターが出迎えてくれる。 名前も、年齢も、性別すらもわからない。けれどその声は、なぜか、ずっと昔に聞いたようなぬくもりがある。 ──この喫茶店「月夜ノ猫亭」は、誰かの心が迷ったときだけ、姿を現す。 訪れる人々は、皆、何かを抱えている。 過去の痛み、未来への不安、言えなかった言葉、消えてしまった夢。 だがここでは、猫たちが静かに寄り添い、マスターがひと匙の言葉を差し出してくれる。 一杯のコーヒーの香りと、記憶をそっと撫でる猫のまばたき── そして、帰り際にポケットの中にそっと残された“なにか”が、彼らの物語に続きを与える。 これは、“誰かの人生の一夜”にだけ灯る、静かな灯りの物語。 すべての回は独立した短編として読めるが、やがて店の秘密やマスターの正体が、少しずつ明かされていく。 読んだあと、心のどこかに、そっと温かい余白が残る── そんな物語を、あなたに。
作品情報
純文学[文芸]
最終更新日:2025年05月17日
読了時間:約22分(10,618文字)