ただただ惰性で仕事をやっている三十五歳を迎える中年サラリーマン独身の陰は、この日も日付が変わる時間に帰宅した。いつものようにスーツをハンガーにかけると、無意識に趣味である音楽のものを詰め込んでいた引き出しを開く。すると急に意識がぼんやりとしてきて、そのまま眠りについてしまった。
目を覚ますとそこはとても明るい世界だった。周りを見渡すと、そこはとても奇妙な空間だった。アイドルに声援を送るおっさんや鉄道の写真を取りまくる集団、そう、俗に言う「オタク」がたくさんいたのだ。
ーー何だ、この不可解な空間は…
困惑とした陰に一人の人物がやってきた。遠野陽という。彼も陰と同じ音楽が趣味の人間だった。陽は陰の「プロフィールカード」に記載されている趣味が自分と同じ音楽だったため、やってきたらしい。二人は同じ趣味を持っていることもあり、すぐに打ち解けあった。陽によると、この異空間は趣味の世界であるらしく、誰もが自分の趣味を周りの目を気にせず楽しむそうだ。元の世界には好きなタイミングで入った時間に戻れるそうだ。陰は初めこそ困惑したが、徐々にこの世界での生活にも慣れていった。
現実世界とは隔離されたこの愉快な世界での陰の生活はあっという間に流れていった。
しかし、この世界を脅かす影が、すぐそこにまで迫っていた。