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短編
 荒川沿いの小さな町に「蓬莱珈琲店」という喫茶店がある。十八歳の猪瀬亜矢は大学入学とともに、この店でアルバイトを始めた。この店の一番奥にあるテーブル席にはよく忘れ物があり、その忘れ物をめぐって様々な不思議が起こる。  ある日、亜矢が一人で店番をしていると、男の客がやってきて、邪険な態度で亜矢をいじめた挙句、奥の席に忘れ物をしていく。それは美しい白金の指輪だった。  数日後の深夜に、またしても亜矢が一人で店番をしながらこの指輪をいじっていると、若く美しい女の一人客が現れる。女は亜矢が手にしている指輪に強い興味を示す。亜矢は思いついて、女の左手の薬指に指輪をはめてやる。女は幸福そうな様子で、これは持ち主が大事にしていたものに違いない、必ず返してやってくれという。亜矢は生返事で、この女の頼みを受け入れる。すると、女は消え失せてしまう。  蓬莱珈琲店のオーナーは亜矢から一連の事件を聞かされると、亜矢に必ず指輪の持ち主を見つけ出すようにと厳命する。亜矢は、先輩バイトの兎月圭と一緒に、指輪の作者をたどって、やっとのことで持ち主の男を探し出す。  持ち主の男は、亜矢から若い女の客の来訪を聞かされて、その女は死んでいると言う。驚く亜矢に、男は指輪を蓬莱珈琲店に置いていった経緯を語る。  彼は貧しく、だれからも愛されずに生きてきた男で、長く荒んだ生活をしていた。しかし、ある女性と出会って愛を知り、彼女とともに人生を歩む決意をした。指輪は、その愛のあかしとして彼が作らせたものだった。しかし、指輪を渡して祝いをするはずだった日に彼女は事故でトラックに顔を引きつぶされ、無残な死を遂げた。男は彼女の記憶から逃れるために、指輪を手放そうとして、蓬莱珈琲店にそれを置いてきた。  亜矢はことの成り行きを知って、深く悲しむ。同時に彼女は、店を訪れた女の印象を思い出し、彼女は男の愛を知って幸福だったに違いないと確信し、それを男に告げる。亜矢は男の手に指輪を返し、それを強く握らせる。男は一度捨てた指輪を再び受け入れる。
作品情報
ヒューマンドラマ[文芸]
最終更新日:2024年07月28日
ネトコン12 集英社小説大賞5 123大賞5 ESN大賞7 夏のホラー2024 女主人公 読了時間:約46分(22,506文字)