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短編
彼女は雨の中、駅のホームに立っていた。手には古びたトランクを握りしめ、その表情はどこか遠くを見つめているようだった。雨粒が髪を濡らし、彼女の頬を伝う。だが、それが涙なのか、ただの雨水なのかは分からなかった。 「行くの?」 その声に振り返ると、彼がそこに立っていた。傘もささず、ただその場に立ち尽くしている。 「もう決めたの。」彼女の声は静かだったが、その中には揺るぎない決意が感じられた。 彼は一瞬何かを言いかけたが、口を閉じた。言葉は雨音にかき消されるだけだと悟ったのだろう。代わりに、彼はポケットから何かを取り出し、彼女に手渡した。それは小さな銀色の鍵だった。 「これを持っていてくれ。」 彼女はその鍵を見つめ、そして小さく頷いた。 電車がホームに滑り込んできた。彼女はトランクを握り直し、一歩踏み出す。そして振り返ることなく、車両の中に消えていった。 彼はその場に立ち尽くし、遠ざかる電車を見送った。雨はますます強くなり、彼の視界をぼやけさせた。だが、彼の手の中にはもう一つの鍵が残っていた。
作品情報
童話[その他]
最終更新日:2025年01月17日
ESN大賞8 読了時間:約1分(352文字)