光が射し込むアトリエの窓辺に、星野 悠は座っていた。
絵筆を握る指先は迷いなく動き、色と光が紙の上に命を宿していく。まるで彼の手が、画材に宿る精霊と対話しているかのようだった。
「この一枚に、誰かの心を閉じ込めたいんだよ」
インタビューで彼はそう語った。
デビュー作の個展が口コミで話題になり、二作目にはすでに予約が殺到。業界の大御所すら彼の描く少女の瞳に驚き、唸った。
「奇跡の筆使い」――いつしかそんな異名が定着し、若き天才としてメディアにも頻繁に取り上げられるようになる。
だが、本人にとって“奇跡”などというものはなかった。
ただ、描くことしかできなかった。描くことでしか、自分を表現できなかった。
誰かの心の隙間に、そっと色を差し込むような――そんな絵を、ただ描きたかった。
朝から晩まで描き続け、他のことは何もできなかったが、誰も文句を言わなかった。彼の絵が、人々の心を癒し、勇気を与えていたからだ。
ある少女が、彼の作品を前にして泣きながら言ったことがある。
「私、死にたいって思ってたけど、この絵を見たら……まだ生きてていいのかなって、思えたの」
その言葉が、悠の中にひとつの灯火を残した。
“誰かのために描く”という想いが、彼の筆先に宿るようになった。
そんな彼にとって、「描くこと」は命そのものだった。
だが――それは、永遠には続かなかった。