雲雀公園――それは、隼と葵がまだ名前で呼び合うことさえ照れくさかった頃から通い続けた、小さな場所。
木漏れ日と夕焼けが交差するあのベンチは、二人だけの静かな世界だった。
高校生になり、クラスが離れ、時が過ぎるたびに、隼は少しずつ「となりにいた彼女」との距離を感じるようになる。
それでも、何気ない一言、ちょっとした目線の交差に、言葉にできない想いを託し続けていた。
だけど、変わらない風景の中で、変わっていくのはいつも自分たちだった。
新しい人間関係、遠ざかる沈黙、言いそびれた「好き」という言葉。
隼はそれでも“となり”を守ろうとしたが、葵は静かに離れていった。
やがて彼女は、言葉の届かないところへ行ってしまう。
最後に残されたのは、ひとりきりになった雲雀公園と、彫られた名前の跡だけ。
葵がいなくなったあのベンチに、隼は何度も通った。
過去に触れるたび、触れられなかった温もりの記憶が、胸に刺さる。
そしてある春の日、名前の彫られたベンチを前に、隼はようやく気づく。
本当に欲しかったのは、「ずっと隣にいること」ではなく、
「隣にいるときに伝えること」だったのだと。
彼はただ、もう一度だけ言いたかった。
「となりにいてくれて、ありがとう」と――。
春チャレンジ2025 日常 青春 悲恋 スクールラブ
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