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連載 6エピソード
その都市には、王も議会も存在しない。 法なき理想郷。魔術という言葉に憧れを抱く者たちの、果てなき欲望と叡智が集う場所。 名を――アルザリア。 大陸中央、魔力地脈が交差する地に広がるこの都市には、地図すら曖昧な“迷都”という異名がある。 そこに集うのは、魔術を信じ、魔術に生きる者たち。 素材商、研究者、術師、時に盗人まで。 それぞれが自らの理を求め、ただ“魔術”という名の灯火を掲げて、この地に身を置く。 アルザリアには法律がない。 だが秩序はある。 それは――たったひとつの掟によって成り立っている。 深淵に至る道を、誰も邪魔してはならない。 この一文がすべてを統べる。 破った者には、都市に巣くう無数の魔術師が牙を剥く。 それは正義のためではない。ただ、己の探求を守るため。 それが、この都市の“倫理”であり、“共通の祈り”なのだ。 この街では、魔術を扱う者はすべて――**魔術師(マギ)**と呼ばれる。 だが、その中にただ一人だけ、特別な名を冠される者がいる。 魔導師(アークマギ)。 その存在は、確かに“いた”と語られる。 だが名前を知る者は少ない。 キアラ=レーヴェンという名も、今や古い伝説のひとつに過ぎず、 都市の片隅で静かに語り継がれているにすぎない。 「この地に最初に建てられた家は、木と石でできた小さな小屋だった」 「そこに住まっていたのが、魔術を極め、魔術を導いたたった一人の者――魔導師だった」 それは遥か昔の話。 誰が語り始めたのかも定かでなく、真偽すら問う者はいない。 だが、魔導師という存在がこの都市に根ざしているのは、疑いようのない事実であった。 いまも誰かが言う。 「たまに、“魔導師の店”に入ったって噂が流れるんだ」と。 そして誰かが答える。 「へぇ。じゃあ、その人はもういないね」と。 それが何を意味するのか、語り部は語らない。 都市は今日も、“理”と“混沌”の間で、静かに息をしている――。
作品情報
ローファンタジー[ファンタジー]
最終更新日:2025年06月08日
ほのぼの 男主人公 女主人公 魔法 冒険 日常 読了時間:約32分(15,787文字)