その都市には、王も議会も存在しない。
法なき理想郷。魔術という言葉に憧れを抱く者たちの、果てなき欲望と叡智が集う場所。
名を――アルザリア。
大陸中央、魔力地脈が交差する地に広がるこの都市には、地図すら曖昧な“迷都”という異名がある。
そこに集うのは、魔術を信じ、魔術に生きる者たち。
素材商、研究者、術師、時に盗人まで。
それぞれが自らの理を求め、ただ“魔術”という名の灯火を掲げて、この地に身を置く。
アルザリアには法律がない。
だが秩序はある。
それは――たったひとつの掟によって成り立っている。
深淵に至る道を、誰も邪魔してはならない。
この一文がすべてを統べる。
破った者には、都市に巣くう無数の魔術師が牙を剥く。
それは正義のためではない。ただ、己の探求を守るため。
それが、この都市の“倫理”であり、“共通の祈り”なのだ。
この街では、魔術を扱う者はすべて――**魔術師(マギ)**と呼ばれる。
だが、その中にただ一人だけ、特別な名を冠される者がいる。
魔導師(アークマギ)。
その存在は、確かに“いた”と語られる。
だが名前を知る者は少ない。
キアラ=レーヴェンという名も、今や古い伝説のひとつに過ぎず、
都市の片隅で静かに語り継がれているにすぎない。
「この地に最初に建てられた家は、木と石でできた小さな小屋だった」
「そこに住まっていたのが、魔術を極め、魔術を導いたたった一人の者――魔導師だった」
それは遥か昔の話。
誰が語り始めたのかも定かでなく、真偽すら問う者はいない。
だが、魔導師という存在がこの都市に根ざしているのは、疑いようのない事実であった。
いまも誰かが言う。
「たまに、“魔導師の店”に入ったって噂が流れるんだ」と。
そして誰かが答える。
「へぇ。じゃあ、その人はもういないね」と。
それが何を意味するのか、語り部は語らない。
都市は今日も、“理”と“混沌”の間で、静かに息をしている――。
ほのぼの 男主人公 女主人公 魔法 冒険 日常
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