作品一覧全2件
連載 1エピソード
 足元には濃い靄が揺曳し、空には薄白く月がかかっていた。  早朝、四時半である。  籐冶は家の木戸を閉めて、外に出た。  退身を願い出て、許されたのはひと月前のことである。女中のおやすも一緒だった。  結婚して、ふたりで料理屋をやりたいむね、主人の大崎矢五郎に願い出たのである。  大崎矢五郎は水築藩の家老であった。  代々、家老を勤めている。格式は立派だった。  しかし、舌が利かない。  どんな料理を作っても、うまいとも不味いとも言わない。それが面白くなかった。  父親の代から数えると、五十年も奉公してきている。 「もうそろそろいいだろう」と籐冶はひとり言ちた。 「なあ、そう思わんか?」と、おやすに訊いた。   おやすとは、三年前からの付き合いである。  行儀見習いとして、おやすが大崎家に女中として入ってから、一年ほどして、ふたりは恋仲になった。  風邪を引いて寝込んだおやすに、籐冶が生姜湯を作って呑ませたのがきっかけだった。 それだけではない。籐冶は額の上の濡れ手拭いも交換した。玉子粥も作って食べさせてくれた。  そんな経緯がある。  おやすは、一月前から、実家に戻っていた。  途中でふたりは落ち合った。  天神様の祠の前であった。  籐冶とおやすは、今後が幸福であるようにと、手を合わせて願った。 「さあ、いくか」  籐冶が腰を上げて、おやすに声をかけた。  おやすも腰を上げて「いきましょ」と応じた。
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ノンジャンル[ノンジャンル]
最終更新日:2015年01月24日
読了時間:約24分(11,957文字)
連載 6エピソード
庭の桃の木に、鶯が来て鳴いている。  源一郎は、それを、庭に面する座敷に寝そべって、眺めていた。  もう四半刻(三十分)ほどもそうしている。  鶯が去らないからである。  ふと、人の気配がした。
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ノンジャンル[ノンジャンル]
最終更新日:2015年01月24日
時代小説 読了時間:約98分(48,641文字)