自己紹介
おや、まだ月は昇ったばかりというのに此のような侘しい局へお出でになるとは、どうなされました?。
折角の宴の席ですのにお疲れになったのでしょうか?。
端近な所に居らしてはお体にも良くありますまい。
生憎此処には私のような媼しか居りませんが、此のような年寄りの繰り言でも宜しければどうぞお入り戴いて、少し物語なぞ聴いて往って下さいまし。

これからする物語は、きっと皆様がよくご存じの史書の物とは違っておりましょう。
み仏の教えにすら沿うておりません。
途方もない法螺話と思われるも良し、真実と思し召すも良し。
ただ皆様の心の慰めになれば語る甲斐もあろうと言うものです。

私は以前、相模守の北の方にお仕えしておりました。
ええ、朝家の守護として名の知れた、かの源の某の強兵(つわもの)の姫、名高い歌詠みの乙侍従と呼ばれた、あの方でございますよ。
私は賀茂史女(かものふひとのむすめ)と申します。
父が賀茂氏の者で斎院司(さいいんのつかさ)の史(さかん)であったのでそう呼ばれております。
相模守の北の方の母君は賀茂氏に縁の深い方であらせられたので、北の方は母君から伝え聴かれた物語を様々に私に教えて下さいました。
さて、何からお話しましょうか。
そう、ではこんな話は如何でしょう。