レビューした作品一覧全3件
 普通とは何か。  普通を定義せよといわれて、はじめてその難しさに気づかされる人は多い。  小説も似ていて、普通の人物や日常を描くのは非常な困難をともなう。  本作品に登場するのは、見た目が美人であることだけが取り柄のヒロインでもなければ、努力や苦労もなく結果だけを与えられる英雄でもない。我々と同じ現実を生き、ささいなことで一喜一憂し、日常のなかで必死にもがく、ただの人間である。  たしかにわかりやすい刺激はないかもしれない。英雄譚ではなく、普通の人間ならだれもがいだく感情のゆらぎに焦点を当てているからだ。  しかし、ありのままの人間を過不足なく描写することこそ、小説という文化の源流ではなかったか。  著者は、類いまれな表現力に支えられた繊細な筆致による文章で普通の人物を描ききっている。  一文一文が愛おしく、噛みしめるほどに味の増す本作品はまさに知の恩寵とでもいうべきものである。
神はタイトルに宿る
投稿日:2013年6月4日
 人間は外見が八割だという。表情や立ち居振舞い、身だしなみにこそ内面があらわれるという意味である。  これは小説にもあてはまる。傑作は、タイトルからしてすでに傑作であり、表紙だけで人をひきつける力をもっている。  この作品の場合は、どうだろう。  あのあの先生、ちがうんです。  もしこれが『あの、先生、ちがうんです。』だったり『あの~先生、ちがうんです。』だったりしたら、筆者は本文に目を通さなかっただろう。  タイトルを見ただけで、中学生か高校生くらいの女の子が必死になにかしら言い訳をしている情景が目にうかぶ。  なんといっても、語感がよい。思わず口ずさんでしまいそうになるほどのテンポは、もはや自由律俳句としても評価されてしかるべき完成度をほこっている。  その昔、学校に遅刻した際に「自転車に乗り遅れまして」と言い訳してぶん殴られた筆者としては、彼女を応援せずにはいられない。
世界はいまや改革の時
投稿日:2012年2月15日
 インターネットの普及は文字通りわたしたちの世界を変えた。アラブの春においてはフェイスブックなどのネットでつながった若者たちが独裁者を打倒し、新時代への産声をあげている。身近なところにおいても、もはやネットはわたしたちの生活とは切っても切れない存在となっている。  かつてそのインターネットがまだ一般的な概念でなかった時代に「攻殻機動隊」という作品が発表され、難解ながらも一部の人間はその世界観と作風に脊髄まで魅了された。  この「ななしのワーズワード」も、攻殻とおなじ匂いを感じる。そんなわけはないのに、読んでいるとまるで自分の頭が主人公たるワーズワードなみに良くなった錯覚に陥る。これがねらいだとすれば、作者は稀代のエンターテイナーか詐欺師のどちらかだろう。知的な麻薬とさえいっていい。  その魅力にはまれば抜け出せないワーズワードという麻薬。あなたも試してみませんか?