レビューした作品一覧全4件
 本作は「ジンニスタン」や「きつねよめ」の作者として知られる二宮酒匂氏が送る『狐と禁呪、恋とおまじないの青春オカルティックファンタジー』である。そう、少なくともあらすじにはそう記されている。しかし、この作品はそれだけで表現しつくせるものではない。  なぜならこの作品は、紛れもない和のファンタジーであり、呪いを生業とする血筋を背景としたホラーであり、少年のひと夏のビルドゥングスロマンであり、可憐で溌剌とした狐っ娘とのボーイミーツガールであり、細部に至るまで周到に組み上げられたミステリであり、のどかな夏休みからふっと闇へと転げ落ちるサスペンスであり、それら全てを高いレベルとバランスでまとめ上げた、極上のエンターテイメントなのだから。  読者として愉しむもよし、作家として作劇のお手本のごとき作品を堪能するもよし。読後の余韻もさわやかな本作は、きっと貴方にとって忘れられない作品になるだろう。
「日本むかしばなし」を思わせる、丁寧でゆったりとした、王道を行く語り。喚起力に溢れた情景描写と細やかな心情描写が、時間を忘れて物語へと没入させてくれる。 異種婚姻譚、貴種流離譚として文句のつけようもない構成、かつ、ヒロインたるこがねの可愛らしさと色気を余すところなく描写し切った筆力は作者の実力を示して余りある。 一片の疑いもなく商業レベルにあると断言できる、稀有な作品です。ゆっくりと時間を取って、物の怪が跋扈し、物の怪と共存する、室町の日本へどうぞ。
レビュー作品 きつねよめ
作品情報
薄毛の騎士と阿婆擦れの姫
投稿日:2013年4月30日
舞台となるは寂れた孤島。 主人公の岩井剣吾は、ハゲ散らかした冴えない男だ。機知に優れるわけでも、気の利いた言葉が言えるわけでもない。ただ一つの特技と言える剣術さえも、その鈍った身体では十分に振るえはしない。 対するヒロインの新名紫は、その天性の歌声と弛まざる努力によって自らの運命を切り開いた歌姫だ。彼女はアイドルとなるため、島と幼馴染の剣吾を捨てていた。 しかし別れを告げた幼馴染は歌姫として島に舞い戻り、かつての精悍な面構えからは想像もつかないほどハゲ散らかした男と再会する。そしてすれ違う思いは急転する事態によって再び交錯する。 そこで示されるのは、人の気高さだ。 マグロ包丁を構えるハゲ散らかした「騎士」は姫の祝福を得て見苦しくも剣を振るい、悪女然として振る舞う偽悪の「姫」はその天性でもって人々を導く。 最高に格好悪く、だからこそ格好いい物語が、ここにある。
知っているだろうか? 「強者」の描写は三つに分けられる。 「強い心を持つ者」 「高き技量を持つ者」 「優れた能力を持つ者」 この三つだ。 しかし、これらを明確かつ高いエンターテインメント性を持たせつつ描き分けることは難しい。 そして「グレイス・アメイジング・キャンディスター」の作者である久保田氏は、その描き分けを高い水準で行える稀有な作家の一人に数えられる。 その描写力は、キャラの造形にも端的に表れている。 作中で登場する主人公を始めとするキャラたちは、それぞれ軸の異なる「強さ」を持っている。氏の描く世界において、強さとは必ずしも一つの軸上にプロットされるものではない。 それゆえに、彼らは誰もが「強者」であると同時に、ある意味では「弱者」でもある。 物語の終盤で下されるいくつかの決断は、酷く愚かで醜悪なものであり。 だからこそ、切ないまでに尊く美しいのだ。