レビューした作品一覧全11件
夫を亡くして50年以上、ひとりでパン屋を守ってきた女主人。そんな彼女の、いつもと同じようでちょっとだけ特別な一日を描いた掌編です。 わずか3000文字足らずの中に、彼女の半生がぎゅっと濃縮されたような物語が、とても美しい描写によって語られていきます。 そして「旅立ち」の時──。 自分の親も彼女と同世代で、いつ旅立ってもおかしくない年代ですし、自分自身ももう人生の後半戦です。 自分たちの時も、このように心穏やかな「旅立ち」を迎えられるよう、願わずにはいられません。 中高年の方はもちろん、若い方にもぜひ読んでいただきたい。間違いなく心に響く逸品です。
戦国乱世を生き延びるには、あまりに条件が過酷な安房・里見家。 三方を海に囲まれ、残る一方は北条家という大大名が抑えている。ゲームなら開始即ゲームオーバーにもなりかねないベリーハードモードだ。 主人公が転生した先はそんな里見家。しかも猛将と言われる父・義弘ではなく、幼少期に父を亡くし、叔父との家督争いで負ける梅王丸(義重)だ。 でも現代知識もあり、お約束のチート能力もある。さらに本来の義重の全記憶も受け継いだ。 何とこの義重、7回も非業の死を迎えながら生まれ戻って、8回分の人生を試行錯誤してきた経験の持ち主なのだ! 凄い能力に加え、8回分もの人生の経験値があるならば、今度こそ無事に乱世を乗り越え、天寿を全うしてみせるぞ! ──でも裏を返せば、8回やり直しても義重の運命はどうにもできなかったということで…… 本当に大丈夫なのか梅王丸!?
お米大好きな幻邏様が、何とお米アレルギーを発症してしまったという『悲劇』の連載エッセイです。 ごく一部の品種以外のほとんどに反応してしまうため、和食系の外食やお弁当は当然アウト。 では麺類やパンなら大丈夫かというと、実はそこにも秘かにお米由来のものが使われていたりします。 酢、酒、みりん、酒精等々。 幻邏様の過敏な体内センサーは、原材料表示を見てもわからないレベルのごく微量のお米成分にもきっちり反応してしまうのです。 本作はそんな幻邏様がゴホゴホいいながら、食べられるものと駄目なものを体を張って見極めていく奮闘記です。 終始コミカルな口調でボヤいているので、大変失礼ながら他人事の『喜劇』として楽しめるのですが──ふと、もしこれが自分の身に起こってしまったらと想像してしまうと──。 それこそ『ホラー』や『サスペンス』のように、ガクブルな戦慄を覚えずにはいられないお話でもあるのです。
信長の嫡男・信忠は、あまり語られることの多くない人物だ。それは織田家の実質的トップとして君臨することなく、父と時を同じくして命を落としてしまったからなのだろう。 後継者としての資質は広く認められていた。しかし彼は『本能寺の変』の報を受けた時に、なぜか逃げるのではなく戦って果てる途を選んでしまった。それこそ、諦めが良すぎると思えるほどに──。 本作には、転生や歴史改変といった流行りの要素はない。筆者の佐倉氏は、あくまで史実をベースにした骨太な歴史ものを執筆している。 本作は信長の事績を淡々と手短に語っていく一方、信忠の成長過程を丁寧に描いている。 そして、終盤にひとつの大きな『IF』を入れ込むことによって、信忠がなぜ生き延びようとする途を選ばなかったのか、切なくも気高く説得力のある答えを描いてみせた。 確かに『なろう』の主流ではない。しかし、もっと評価されて然るべき作品だと信じる。
良い作品に巡り合った時、感想やレビューを書いてみたいけど、ちょっと二の足を踏んでしまう──。 そんな読み手の方は多いのではないでしょうか。 自分も感想はそれなりに書くのですが、なかなかレビューを書くことには踏み出せないでいます。レビューをいただくことの嬉しさ、ありがたさは身に染みてわかってはいるのですが──。 言いたいことが感想欄で他の方々に語られ尽くしているとか、自分のお勧めしたいところが作者様の意図と違っていたら悪いかな、とか、等々。 そんなうじうじした想いを持っている方は、本作品を読んでみて下さい。 登録から1か月で3桁ものレビューを書いたという作者様の堂々たるスタンスは、貴方にもレビューを書いてみようという前向きな気持ちを与えてくれるかも知れませんよ。 ──自分も、まずはこのレビューを書こうと思っちゃいましたしね。
介護関係の仕事をなさっている方による、要介護者と猫に関するエッセイです。 本作で特筆すべきは、何よりも圧倒的リアリティ。 介護を必要とされる方と猫との係わりが、実に写実的に描かれているのです。 最近、『ねこホーダイ』というサービスに関する議論が活発に交わされています。 『処分される猫が少しでも減るのなら、いいのじゃないか?』 『いや、環境の変化に弱い猫をコロコロと飼い主が代わるような環境に置くのは可哀想だ』──等々。 どちらの派閥の方も、まずはこのエッセイを読んでみて下さい。 そしてご自分の意見が、ある側面にだけ注目した偏った意見ではないのかどうか、今一度自問していただけないでしょうか。
レビュー作品 猫について
作品情報
二つの逸話の見事な融合
投稿日:2022年8月18日
三国志の英雄・関羽。 劉備とともに彼が曹操の陣営にいた頃に、こんなエピソードがある。 『関羽は戦功の褒美としてとある人妻を求め、曹操はそれを認めておきながら横取りして自分のものにした』 『義の人』とも言われ、浮いた話のほとんどない関羽らしくない要求であり、関羽を何としても自分の部下にしたがっていた曹操らしくない振舞いである。 三国志を読んだ人の中には、この部分に違和感を覚えた方も多かったのではないだろうか。 ところで、関羽の前半生はよくわかっていないが、どうも人を殺めてしまって故郷にいられなくなったらしい。 その逃避行が、やがて劉備たちとのあの運命的な出会いに繋がるということだ。 本作は、この少し関羽らしくないとも思える二つのエピソードを違和感なく融合させて、いかにも関羽らしい人物像を描き、きわめて切ない物語に昇華させた。 見事なまでの発想力と手腕、ぜひ確認してほしい。
『父が歌い手になるとか言い出した』 このタイトルからコミカルな展開を予想する人は多いのではないだろうか。 自分もいい意味で完全に予想を裏切られた一人だ。 父親の話はあくまでもきっかけで、話の主軸は娘のことになる。 小説投稿サイトに出会い、好きな作品を見つけたものの、果たして自分なんかが感想を書いていいんだろうか? ──そんな、ここにいる誰もが一度は経験してきたような話だ。 あるいは、今現在も躊躇い続けている──そんな方もいるかもしれない。 だが、そんな読み手の方にこそ、この物語をぜひお勧めしたい。 そして、勇気を出して初めての一歩を踏み出して欲しい。 書き手たちは、あなたのその感想を心から待っているのだから。
様々な職業ごとに、言ってみたい、言われてみたい憧れのセリフというものがあるのだろう。 例えばシェフならば、いつの日か食通めいた客から「君、シェフを呼んでくれたまえ!」と呼ばれる日を夢見ているだろう。 私立探偵なら、いつの日か「ここにお集まりの皆さんの中に──犯人がいます」とドヤ顔で言ってみたいという願望を持っているに違いない。 本編の主人公は、ごく普通に仕事を全うしてきた善良なタクシー運転手だ。 定年退職する今日まで、その憧れのセリフを言われることもなく、平穏に過ごしてきた。 だが、最後の日に乗ってきた客の口から、あのセリフが発せられたのだ──。 その先にどんな事態が彼を待っているのかは、読者各位の目で確かめて欲しい。 そして、このエタメタノール氏という新進気鋭の作家の世界に触れてみて欲しい。 きっとファンにならずにはいられないはずだ。
多くの作品で悪者・憎まれ役として描かれることの多い石田三成。 彼は、関ケ原で負けて刑場に連れていかれる際、刑吏に水を所望したが『干し柿しかない』と言われた。 彼は「柿は喉に悪いから」と断った。柿は彼の大好物(複数の記録あり)なのに食べなかったのである。 処刑直前なのに体を気遣うのは愚かだと笑う者たちに、三成は『大義ある者は最後の瞬間まで命を惜しんで本懐を遂げようとするものだ』と堂々と言い返したのだという。 だが、本当にそんな大層な理由だったのだろうか。 もっとほんのささやかな、でも若き日のかけがえのない一コマの思い出が、三成にそう言わせたのではないか──。 三成の処刑前のエピソードに独自の解釈を加えた、心に残る作品です。 三成にあまりいいイメージを持っていない方にこそ、ぜひ読んでみて欲しいですね。
「書いても書いても、なかなか評価やブックマークが貰えない」「『いいね』は多少もらえるんだけど──自分はもう駄目なんじゃないだろうか?」などと、ネガティブ・スパイラルに陥っている書き手の皆様。 巷ではいまいち評判の芳しくない『いいね』機能ですが、本作品は「こういうポジティブな考え方もあったのか!」という画期的で新鮮な驚きをもたらしてくれます。 実際、自分も最近、評価ポイントやブクマ数が停滞気味で少々へこみがちだったのですが、このエッセイでだいぶ気持ちが楽になりました。 ぜひご一読の上、この甘美な妄想に浸ってみて下さい。なかなかに効果的ですよ(あくまで個人の感想です)。