レビューした作品一覧全5件
個人的に。「鉱石家の人々」や「礼装の小箱」を読んできた私にとって、「異能バトルものを書く」九藤さんがあまり想像できなかったので、こういうアプローチにはちょっと驚いた。 しかし読み進めると「純文学異能バトルアクション」という新しいジャンルを九藤さんが開拓しているのがわかる。ここに、純文学、がないとだめなんです。前作までと変わらない、美しく純度の高い文章が土台になり、異能バトルやキャラクターを支えている。「数字」が入る以上、数学的な逸話を外さないのもまた楽しい。 個人的にもっと新境地だなと思ったのは、キャラクター同士の軽妙なやりとりだ。シリアスな中でも真面目な話をしている時でもギャグっぽいやりとりがあったりしていて、遊び心を感じる。 ところでタイトルで、ライトノベルの最前線で純文学の新境地と書いたが、それでは作家にとっては何か。 きっとそれは最高傑作だ。
「幸福を呼ぶビーズ細工」が有名になってしまったアクセサリー作家の時さんと幼馴染のはじめを中心とする現代劇です。文章はひとつ一つの綺麗なビーズが繋ぐような、綺麗な丸い色をしています。 アクセサリーが丁寧に作られていく描写が見所なのはもちろんとして、依頼人たちが「幸福を呼ぶビーズ細工」を起点として、少しづつ前を向いたり、進んだりしていく様が圧巻です。 余談ですが、私は時さんがはじめと二人になった時の、地がでる感じがものすごく好きです。 この二人の関係性もどうなっていくか。一つのアクセサリーが作られていくような様を、見守っていきたいです。
お市の方といえば、織田信長の妹御にして戦国一の美女としても有名な女性です。信長の兄弟、といえば真っ先に頭に上がってくる方ではないでしょうか。 そんなお市の方の「伝奇小説」と言えるこの作品。 この作品のお市は、深窓の令嬢のような「後ろに下がる」女性ではなく、馬に乗り回り、街に繰り出し、流暢な尾張弁で快活話す、大変「生き生きとした」女性として描かれています。そりゃそうだよね。短気で有名な信長の妹が、淑やかなわけねーだろ、という説得力があります。 市の生き生きとした様子の地盤を固めているのが、しっかりとしたその時代の風俗・文化・食事等の描写です。これが読んでいてまた楽しい。 歴史は変えられませんが、彼女がこの後、どのように生きていくかを見届けたい。そんな作品です。
フランチェスカという美少女がいる。彼女は小さい教会で修行中の見習いだ。しかし彼女は修道女にふさわしい信心を持っているわけではない。ロックが好き、ゲームが好き、ものぐさでミサ中には眠りこる。破天荒で前向きな彼女の行動は実に魅力的だ。 だが読み進めながら思う。 これは聖職者になっていたかもしれない私やあなたの物語だと。 この時代、進んで修道院に入る人は少数だ。日本どころか世界の修道院は若い人は両手を広げてウェルカムだ。そんな中、世俗にまみれた私たちが「あなたはザビエルのひ孫のひ孫の……」という感じで修道院に入らされれば反発するだろうし、「空き時間は絶対ゲームする」「聖歌だってロックに歌いたい」と考えるのは必然である。その辺りが非常に現実的なのだ。 フランチェスカ嬢の活躍と共に、世界最強の宗教の世界にようこそ。 この小説を読めば、キリスト教の世界がほんの少し身近になるのは間違いなしだ。
例えば貴方の目の前に小ぶりの黒い重箱があるとする。重箱の外側は漆が塗られていて、蓋には金箔の蝶と赤い金魚が控えめに踊っている。そっと蓋を開けると、いくつかの菓子が一つずつ大切に収まっている。一つは桜を象った和三盆。一つは水槽の金魚をイメージした水菓子。一つは紫陽花色の練り切り。小ぶりの薯蕷饅頭は小豆を一粒一粒選び抜き、栗きんとんはきっと、重箱の装丁に似合うように岐阜・中津川産のものを使っている。 ……かなりわかりづらく表現したが、この物語の最大の特徴は、その場その作品その登場人物に似合うことばを「丹念に選び」、文章を紡ぐためにそのことばを「練りこみ」、そしてものがたりとして美しく「飾る」作者の美意識だ。 隣に茶を置きながら、急がずに、ゆっくりと噛み締めるように読まれるとよろしい。 そうすれば「丹念に練りこんだ日本語のうつくしさ」をより一層堪能できるはずだ。
レビュー作品 礼装の小箱
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