レビューした作品一覧全15件
金で買われた愛を知らない花嫁。 一人の愛を奪って維持される結界。 計算尽くの結婚で愛を得れば、与り知らぬ場所への旅に出される。 動機は刹那的な打算でも、少しずつ積み重なる日々の小さなぬくもり。 すべてを諦めた彼女にとって、日々を重ねて築いた幸せに気付いた時が、終わりの時。 押し寄せる変化は、最も大切なものを奪わない。 すべてを見届けた賢者は、どこまで考えて事を起こしたのか。 淡々とした語り口がじんわり心に染みる一篇。
静かな筆致で描かれる閉じゆく世界。 本作で描かれるのは、世界との接続がゆっくり切れてゆく病。 ヒトは五感を通して、世界と、誰かとつながる。 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚…… 見慣れた風景、心地よい声、懐かしい匂い、手料理の味、誰かと触れ合うぬくもり。 ノイズを拒絶するあまり、次第に世界から切り離されてゆく。 意欲と感性、意思疎通……感覚の前に色々な物を失ったと自覚できない。 ヒトは、終わりの時を迎えるまでに何を成し、何を残せるだろう。 残せない者の存在は、不要なのか。 命の価値を決めるのは誰か。 治癒する患者と、終わりを迎える患者の違いとは何か、考えさせられる短編。
社内デザイナー紀川さんは、いじめが元で人間関係が苦手なぼっち。 エアコンお化けが唯一の友達。 会社の大イベントの準備で、重要な役割を振られて大忙し。 人生初の春が来て、同時進行する恋と仕事の行方は…… 次々降りかかるトラブル。辛くても挫けず、ギリギリ耐える紀川さん。 「ちゃんと泣けばいいのに」 彼女の頑張りや長所を見ている人は見ていて、竹村係長の一言が染みます。 風の妖から不思議な追い風を受け、新たな視点を得て、周囲の人たちのあたたかさに気付きます。 紀川さんを一番ディスっていたのは、本人かもしれません。呪縛が解けた時、見失っていた幸せを再発見。 みにくいアヒルの子は、アヒルでも白鳥でもない白雁でした的な展開。 みんながアヒルや白鳥である必要はなく、他の個性ある何者でもいい。 普段は見ないBtoB企業の世界を覗ける秀逸なお仕事小説。 色々あっても全体のあたたかさで安心感があるお話。
 強い魔物がはびこるエリアの住人は超強い。  強くないと村が滅びますから。  十五歳の乙女(得意武器=棍棒)でもオーガくらい素手で一捻り。  並の冒険者とは比べ物にならない強さの一般人の生活が明らかに。  鎧を着た意識不明の成人男性を一人で運び、樽で水汲み。  そこから始まる恋がある。  強過ぎる自分に悩む乙女。  その力があったから騎士は助かったんだよ、と教えてあげたい。  村人全員の行動や価値観が全部マッチョで、じわじわ来るんですが、乙女の悩みは深刻で。  彼女の恋を応援する村人たちのマッチョな行動の結末は……  ほっこり幸せな気持ちになるマッチョな童話。
 付喪神の存在を通してひとつの家族を描いた快作。  モノとヒトの心が通じ合う瞬間に涙が滲む人も多いんじゃないかと思います。  ランドセルに宿った付喪神が最初に抱いた感情は「必要とされる喜び」。  その喜びを与えた小さな男の子と、その家族の姿は明確には描かれませんが、いい人たちなんだろうと想像がつきます。  嬉しい時、楽しい時、悔しさや悲しみに涙をこぼした時。  いつでも一緒。  共に歩む日々の断片はどれも幸せの色に輝いて……  卒業と同時に訪れた別れと孤独な日々。  再会と大きな悲しみ。  幸せだった経験が、辛いことや悲しいことを乗り越えられる「強さ」の土台になるんだろうなと思いました。  愛情と幸せに包まれた日々の象徴は、これからもずっと一緒に。  やさしい付喪神と持ち主の成長の日々に気持ちがあたたかくなりました。
レビュー作品 つながり
作品情報
 街の人を襲うRPG的な勇者・騎士・魔法使いのパーティ。  格ゲーさながらの超人的な戦闘力を持つ天狗と武者。  街を破壊する無慈悲なロボット……  次々と現れる正体不明の敵との息もつかせぬバトルに次ぐバトル。  多彩な戦闘シーンの描写が圧巻。  強化装甲服を纏った木下君&増山氏コンビの超人的な闘いは勿論、対比される「普通」の公安部隊の狙撃シーンの緊張感もミリタリーものとして濃厚。  新聞記者に「ヒモ男」と評価された木下君のプレイボーイ振りと、彼に関わる女性たちも時にニヤリ、時にしんみり魅せる。  ひっそり張り巡らされた伏線と、明かされる敵の正体。  全ての出来事が繋がった時、スケールの大きい展開に翻弄される。  全てを覆い尽くす絶望を前に、愛は「優しさのないこの世界」を救えるのか?
 小学生のヒデ坊の話し相手は、オッドアイの喋る猫レオンだけ。  帰りの遅いお父さんの為にご飯を作って、二人きりで待っています。 >「大丈夫だ。安心しろ。俺がここにいる」  現実と交わる演劇。  何が虚構で、何が事実なのか。 >「今のはなかったことにしてくれ。全部忘れよう」  これは誰の過ちで、誰の行いが正しいのか。  助けてくれる本物のヒーローは居るのか居ないのか。 >「お父さんはヒーローだもんね」  目を曇らせることなく見極めようとすればするほど輻輳する現実。  レオンに「さよなら」と告げるのは……  幾つもの視点と視線が真実とつながって、物語の全容が組み上がっていくストーリーテリングがお見事。  人の弱さが悲しくて、どうしようもなくて、でも、あたたかい。濃い群像劇。
パンをめぐるおいしい大冒険
投稿日:2017年10月16日
 パン作りは、人を育てるのと似ている――  親父のパン焼き道ここに極まれり!  著者名からもお分かりいただけるかと思いますが、濃い内容のエッセイです。  素材の分析からパン作りの各工程のコツや比較実験、科学的な考察が、たっぷりのユーモアと軽妙な語り口で解説されています。  喩えとして描かれた物語は、涙と笑い、大人の恋愛、人情あふれる職業モノ、VRMMO、血沸き肉躍るファンタジックな大冒険……とバラエティ豊かなパンまつりです。  パンの耳は英語で何と呼ぶか?  意外な雑学も豊富で、パンを巡る世界の広さと奥深さに感嘆。  私は食べるの専門ですが、パン焼きの深淵を覗いた気持ちになりました。
 知らない街での偶然の出会い。  猫がいる居心地のいい落ち着いたカフェ……ぬくぬくねこねこ羨ましい。  地に足の着いた引っ越しスタート。  リアルな社会人あるあるに思わず何回もうなずきました。色々不安はあるけど、お金の心配がなくなればちょっと楽しみにもなって。  OL、不動産業者、カフェ経営……職業モノとしても楽しめました。  天然なふたりと一匹。  ナチュラルに策士なおばあちゃんと、いい味出してるおじいちゃんも見逃せません。  喫茶「香」がある街も、そこに住む人も、ふんわり優しい。  疲れた日常に一幅の清涼剤。心の凝りがほぐれるお話です。
 すべてを支配するべく生み出された〈TERRA〉  平和で幻想的な風景が広がるのは、物悲しいディストピア的な世界。  ある朝、世界を見渡す塔のてっぺんで少年と猫が出逢って……  猫が語る宇宙の成り立ちの物語。 >風の声の多くは理を説き、真実を孕んでいた。  この「猫」は、創造神であり、滅びをもたらす悪魔のようでもあり、或いは、人類のちっぽけな恣意からは完全に自由で、大きな流れからは逃れられない中立の存在でもあります。  猫の言葉は哲学的で、じっくり噛みしめると、心に静かな漣が立ちました。  そして、語り終えた猫と決心した少年は《天之鳥船》で神々の国へと旅立つ……  至福の光が生まれる伝説の地は、どんな場所なのか。  これを読むと世界を見る目が変わるかも知れません。  宇宙の孤独。永遠に巡る閉じた環。  星の歌に耳を傾け、深淵を垣間見るような短編です。
 血沸き肉躍る熱き漢たちの愛と戦いの記録。  ほぼ全裸に近い恰好で激戦に臨み、躍動する筋肉&筋肉!  鬼道空手奥義・朔など、登場する技名が全てかっこいい。  柔道、空手、日本刀を佩く剣士、地下格闘界の王者、謎のマスクマン……様々なタイプの力と技が激突する。  人智を超えた存在「ソウルイーター」との戦いや、人間同士の異種格闘技戦は、知識に裏付けられた重量感ある緻密な描写で迫力満点。  圧巻のバトルシーンだけでなく、濃いキャラが織りなす恋模様や友情、過去の因縁などの人間ドラマも必見。  筋肉に幻惑されがちだが、“愛や信念の為の戦いは正しいのか”との深い命題も潜んでいる。  「俺はこれ以上、この世に理不尽な悲しみを拡げたくない。一緒に来い!」  すべての鍵を握るソウルイーターとは何か? 括目せよ!
 蒼い機械剣〈ブリゼバルトゥ〉の使い手レジーニの前に、過去の因縁が現れた。  魂を氷獄に囚われたレジーニは、全てを拒絶し、復讐の蒼い焔を燃え上がらせる。  憎悪に駆られ、平素のクールな仮面をかなぐり捨てて荒れ狂うレジーニ。  その怒りと悲しみは、ヴォルフやママ・ストロベリーでも止められない。  エヴァンは、真の相棒として、レジーニの全てを受け容れ、救えるのか。  新キャラ、賞金稼ぎディーノと“凶悪チワワ”マックスのコンビが登場!  バディもの、悲恋もの、バトルもの……複数の要素が醸す濃密な人間ドラマは、目が離せなくなる熱い展開。  彼らが生き生きと暮らす街の描写も秀逸。背景部分も見逃せない。  このアトランヴィル・シティで何があったのか。  レジーニの苛酷な過去と淡い愛の思い出が明らかに!
ハイセンスな大人の恋愛小説
投稿日:2017年3月20日
 ひょんなことから縁が繋がって始まる異邦人との恋。  洗練された文体でしっとりと綴られ、時にコミカルに、また艶やかに、様々な要素がブレンドされ、上質な素材で作られたカクテルのようです。  鮮やかに描き出される街の風景、季節の移ろい、二人の心模様……  一風変わったバーの店長や、一本筋の通った鉄板焼き屋の店長など、個性的な脇役たちの存在が物語の潤滑油となり、人間ドラマに厚みを与えてくれています。  何よりもまず、大切な相手を思い遣り、時には苦い痛みに耐えられる……  成熟した大人の恋愛には責任が伴い、決して「恋する二人の世界」だけで完結するのものではないことを、思い出させてくれました。  ひたすらアスティさんが可愛い。でも、それだけでは済まない。そんなお話。  最後に選ぶ「一番大切なもの」は何か?  答えは、天秤に掛けるまでもなくシンプルです。
レビュー作品 冬の戯れ
作品情報
 淡々とした筆致で、あの日の出来事を追う。  大切な人が傍にいて、おかえりと迎えてくれる人が居て、ただいまと帰れる場所がある。  当たり前だと思っていた日常が喪われ、改めて「大切なこと」に思いを寄せる。  コンビニ、ホームセンター、ガソリンスタンドなどの店員、原発職員、自衛官……  きっと、こんな時だからこその職業倫理と、正常性バイアスのコラボ。彼らがいなければ、避難する多くの人が先に進めず、被害はもっと大きくなった筈。  「それまでの生活」のお葬式。  心を守る為、敢えて思い出の品や場所に別れを告げる。  未来へ足を踏み出す為に、敢えて過去を捨てて身軽になる。  その選択は、もっと許容されていい。  誰かの選択にダメ出ししてはいけない確固たる根拠――  日本国憲法 第二十二条  何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
 安易な感動モノではない「現実」に即した医療と生命の物語。  人は必ず死ぬんだ。  二度と目覚めない状態になろうとも、全力で川岸に引き留めるべきか。  せめて、きちんとお別れできるようにして、送り出した方がいいのか。  「俺の仕事は人を苦しませず死なせることだよ」  看取りも「人を助ける」仕事だと思う。  「まだ若かったし、助かったかもしれないのに」  「ありがとうございました」  誰にとっても納得できる完璧な答えは、今のところ存在しない。  誰かにとっての正解は、他の誰かにとって受け容れがたい誤りかもしれない。  人の数だけ答えがある普遍的な問題に、これを読んだあなたは、どんな答えを出すだろう。