レビューした作品一覧全6件
人は、自己を社会の中で相対化する。 自らを定義するアイデンティティは、社会に取り巻く道徳、倫理、法律――その環境に即した、あらゆる価値観を拠り所にしている。 だが、もし。その己が信じていた立脚点が、突如崩れてしまったなら。 その者は、何処で己の存在意義を見出だせば良いのだろう? 読み手は、この物語の過程で、アルスの生きざまを無意識に自己投影する。 現代を生きる我々でも、自らを取り巻く環境は常に移り変わる。 進学、就職、転勤。これまで築いた自らの価値観に齟齬が生じた時、己の居場所を求めて足掻く姿は、このアルスの立場と同じものではないか? 異世界転生により己の居場所を奪われ、その乖離を埋めるべく思い迷うアルスの姿は 、多くの現代人が抱える苦悩や葛藤と符合する。 己の存在を自問自答し、自己存在を証明しようとするデカルトの命題は、現代社会に生きる人間の普遍的な感情なのかも知れない。
私個人の創作物においては、ギャグとは本来手段として用いるもので、目的として存在しない、という割り切った認識の元に成立している。 作品の主体は、私にとって、物語の根本的な構成部分であったり、緻密な世界観であったり、或いは登場人物の、掘り下げられた心情描写である訳で、そもそもギャグをメインに据えることは考えない。 ところが、この作品はそんな小難しい理屈は一切考えず、緩急をつけたテンション、シュールな展開、枠に囚われない変幻自在な文章表現と、読み手にめがけて100%のギャグを、脇目も振らず全力投球。そのスタイルと潔さに、思わず笑いが込み上げてくる。 笑い以外の不純物の一切を取り除いた、純度100%のシュールギャグ。是非手にとってみては如何だろうか。
冒頭から、カルネアデスの板をモチーフにした場面展開で物語は始まる。 自己の生存が絶望的である特殊な状況下において、人は初めて、ひとりの命と、その他大勢の命を秤にかけることが許されるが、この物語の男は、そうした極々例外的な事例を、自己正当化のために恣意的に拡大解釈した末路を描いている。 この男の行動理念は、極めて利己的かつ主観的であるにも拘わらず、世の理には平等や公正といった客観性を求めるその傲慢さは、己を顧みず、本来の法律を歪に解釈したことの危険性を示唆している。 何にせよ、法律や規律を笠に着て、それらを自己正当化する手段として用いることの危険性を、改めて感じさせてくれる作品だ。
レビュー作品 命の天秤
作品情報
小説然り、詩然り、あらゆる芸術作品は、創造主の価値観、人生観が無意識に反映される。 この作品の中で描かれる、親子の絆、友情から滲み出る優しさは、長きに亘る作者自身の看護師生活で培った、多くの苦悩や挫折が血肉となって生まれたもので、作者の人となりや愛情を伴って、作品により深みをもたらしている。 友情、絆、バトルと、ひたむきに王道を描いた作品でありながらも、その繊細な心によって描かれたのは、唯一無二の心優しき物語でもある。 この小説を、単なる娯楽として捉えるのではなく、様々な挫折や苦悩の果てに生み出された優しさを、この作品から汲み取ってほしい。
2017年 01月 04日、玉石混淆な小説投稿サイトにおいて、『滝夜叉姫と真緋の怪談草紙』と言う作品が初投稿された。 突如として現れたのは、読んで字の如く、無名な作家。 ところがその実力は、新人が創作するものとは真逆の、無名有実とも言える作品だ。 冒頭、及び前口上からうかがえる表現技法は、まさに圧巻の一言で、読み手の心を的確に掴んで離さない。 導入部分で、ここまで読者を惹きつけられる作品は指折りだろう。 未だ話の全貌はみえないが、これからの展開を期待するだけで、ページをめくる手が止まらない。 文字通り名無しのそれが、今後なろう市場を席巻し、名実ともに「有名」になる瞬間を、我々は目撃するかも知れない。
殺人遺伝子。それは、17番目の染色体に存在し、あらゆる凶悪犯罪を誘発すると危険視されている先天的遺伝子。 これにより、殺人遺伝子保有者や、それに取り巻く登場人物全てが、社会にとっての潜在的な不穏分子として、徹底的に排斥される過程が描かれ続ける。 これは、何も直接的な描写に限らず、登場人物のあらゆる葛藤や苦悩が、やり場のない怒りとなって表現され、我々読者の心をダイレクトに揺さぶってくる。 けれども、そうした弱者が貶められる姿や、はかなさを徹底的に浮き彫りにしながらも、なおそれらを肯定し、己のあるべき理想を模索し生きあがく姿は、とても純粋で美しい。 人間の弱さやはかなさを肯定し、受け入れることの強さ、美しさを圧倒的な筆力と世界観で描かれたストーリー。
レビュー作品 殺人遺伝子
作品情報