人は、自己を社会の中で相対化する。
自らを定義するアイデンティティは、社会に取り巻く道徳、倫理、法律――その環境に即した、あらゆる価値観を拠り所にしている。
だが、もし。その己が信じていた立脚点が、突如崩れてしまったなら。
その者は、何処で己の存在意義を見出だせば良いのだろう?
読み手は、この物語の過程で、アルスの生きざまを無意識に自己投影する。
現代を生きる我々でも、自らを取り巻く環境は常に移り変わる。
進学、就職、転勤。これまで築いた自らの価値観に齟齬が生じた時、己の居場所を求めて足掻く姿は、このアルスの立場と同じものではないか?
異世界転生により己の居場所を奪われ、その乖離を埋めるべく思い迷うアルスの姿は 、多くの現代人が抱える苦悩や葛藤と符合する。
己の存在を自問自答し、自己存在を証明しようとするデカルトの命題は、現代社会に生きる人間の普遍的な感情なのかも知れない。