09.恐怖侯爵、ストロベリー侯爵になる。
2025年05月23日 (金) 05:54
これまでのお話
01.恐怖侯爵と激かわ娘。
02.恐怖侯爵はなにかを隠してる
03.恐怖侯爵と地下からの声
04.恐怖侯爵様の、愛娘と宝物。
05.恐怖侯爵に告ぐ。
06.恐怖侯爵と地下室の謎。
07.恐怖侯爵様の思惑がわからない。
08.恐怖侯爵様、告白する。


恐怖侯爵の後妻になりました。君を愛することはないと言ったのは、前妻を忘れられないからでしょうか。彼女が消えたのは、まさかあなたが……?

 
09.恐怖侯爵、ストロベリー侯爵になる。

 翌朝。
 私は自分の部屋のソファで、髪を整えてもらいながら、すっごくそわそわしていた。

 だって、イシドール様に“妻”と認められて初めての朝!
 別に昨夜、なにがあったってわけじゃないだけど。
 でも、今夜は多分……初夜のやり直しになる……? ひゃああ!!

 ああ、でも今日、顔を合わせたらどんな顔していいかわかんない! 奥さんの顔ってどんな顔!? 

「……レディア様?」
「へっ!? な、なに!?」

 メイドさんのくすっとした笑い声。
 完全に、ニヤニヤされてる。うう、そうだよね、そりゃ顔に出ちゃってるよね……!

 そんな感じで心の準備ができないまま、食堂に向かうと──
 もう、そこにいた。イシドール様が。

 カップを手に、窓際で朝日を背にして、優雅に紅茶を飲んでて……
 さすが、貴族の見本みたいな立ち姿。
 どうしよう〜、かっこいいんだ、この人ほんとに!!

 こっちはカチコチに緊張してるのに、向こうはふわっと笑って、

「おはよう、レディア」

 って。

 うわ~~~っっ! 私にもストロベリーですか!? その笑顔、心臓もたない!!

「お、おはようございます……イシドール、様……」

 おろおろしながらお辞儀したら、くすっと笑われた。
 どうしよう、好き。あああぁぁぁぁああもう好き好き好き!!
 朝から息も絶え絶えなんだけど、私……死ぬの? 死んじゃうの? 幸せ死?

 思いっきり緩んでる顔を見られてるの……めちゃくちゃ恥ずかしくてやっぱり死ぬ。

「大丈夫か?」

 いえ、大丈夫じゃないです。
 恐怖の仮面をつけてないと、本当に男前すぎて……
 顔で好きになったわけじゃないけど、ドキドキが止まらない!

「あの……その……まだ、なんか、慣れなくて……」
「俺の顔にか?」
「それもあるんですが……態度と言いますか、えーっと」

 まごつく私を見てイシドール様が立ち上がったと思うと、私を後ろから抱きしめて──そのまま着席しましたが!?
 え、これ……昨日シャロットにやっていた、お膝抱っこでは!?
 待って待って、私はもう十七歳!

「慣れるまで、ゆっくりでいい。だけど、今日も君の可愛い顔が見られてうれしいよ」

 後ろから耳元で囁かれる。
 ちょっと待って、誰よこの人に恐怖侯爵なんて言い出したの!!
 これからみんなでストロベリー侯爵って呼びましょ! はい、決定!!

 もう朝の空気が、一気に甘くなった……いや、なりすぎた。
 窓の外で小鳥がさえずってて、パンに塗ったジャムの匂いがふわっと香って、
 ……このまま時間止まってほしいようなほしくないような。

 まさか自分が、こんな風に“甘やかされる側”になるなんて。
 完全に恋する乙女になっちゃってる……言っときますけどこれ、私の初恋ですよ?

 じんわりと嬉しさが積もってきた、その時。

「あ! レディアおねえちゃん、パパのおひざ乗ってるー!」

 きゃ、きゃーー、シャロットが来ちゃったーーー!!
 見られたーーーー!!

 私は慌てて立ち上がる。

「お、おはよう、シャロット」
「おはよぉ! パパのおひざ、あったかいでしょ!」
「そ、そうね」
「パパ、シャルもだっこぉ」

 シャロットの言葉に、イシドール様は手を広げて「おいで」と抱き上げる。
 そこはやっぱり、シャロットの特等席よね。
 私が奪ってしまわないように気をつけなきゃ。

 その膝に座ったシャロットが、何度も私とイシドール様を見比べてる。
 にこにこしてるけど、ちょっと不思議そうな顔。

「レディアとイシドール様、なんか今日、すっごくなかよし?」
「えっ……そ、そうかしら?」

 ばれた!? いやでも、別にやましいことはしてないし!?

「うん、なんか、おててもつなぎそう~!」
「つ、つなぐ予定は……」
「俺は構わない」

 ちょ、ま、なに言ってるんですか、イシドール様!

「えっほんとに!? じゃあ、みんなでつなご?」

 ああ、ニコッの純粋無垢のスマイルに射抜かれてしまう!
 でも私の顔が真っ赤になってるのに気づいたイシドール様は、目を細めて微笑んでるんですけど?
 もしかして、からかってます?
 ……もうっ。

「シャロット、それは後でな。今は食事の時間だ」
「はぁい」
「レディアも食べよう。席に着いてくれ」
「は、はい」

 そうして席に着いたけど。
 なんだか心臓がばくばく言いっぱなしで、食べた気がしなかった。
 というかもう、胸がいっぱいです。


 朝食を終えると、シャロットが私の手をひっぱった。

「ねえねえ、いっしょにお庭あるこ!」

 イシドール様にも「いこー!」と手を伸ばして、そして──

「はい、おててつなぎ!」
「えっ!?」

 そう言ってシャロットは、私の手とイシドール様の手を合わせる。
 ちょっとー、シャロットが真ん中じゃないの!? まさかの私が真ん中でした!

 繋がれた右手の主を見上げると……

「っふ……」

 ストロベリー……侯爵……っ!
 私、この状態で散歩して大丈夫? 倒れたりしない?

 荒くなりそうな息をなんとかふーふー隠して──多分隠しきれてないけど──三人で庭園を散歩することになった。

 陽の光が芝の上で揺れて、小鳥の声もぽつぽつと聞こえてくる。
 シャロットはご機嫌で、ぴょんぴょん跳ねながら歩いてた。本当にかわいいんだから。

「みてー! この木、ちっちゃいお花さいてる!」
「ほんとだ。かわいいね」
「レディアおねえちゃんとおそろいくらい、かわいい~!」

 ふいにそんなことを言われて、私はむせそうになる。

「シャロットの方が、もっともっとかわいいのよ」
「おねえちゃんだってかわいいもーん! ね、パパ!」

 イシドール様に話を振らないでー!

「ああ、レディアもたまらなくかわいいな」

 ほら、ストロベリーだから!

「そ、そんなこと……くすんだ灰色の髪ですし、背だって低くて美人じゃないし……」
「どうして? シャル、レディアおねえちゃんかわいいとおもうよ? だいすきだよ?」

 シャロットの言葉に、胸がぎゅうってなる。
 私はこの容姿のせいもあって、家族にいないもの扱いされてきたから。
 そういうものだと、思っていたから。
 認められるのが、嬉しくって。

「俺も……レディアは美しいと思う。見た目も……中身も」

 イシドール様の低くて優しい声が、静かに降りてくる。

「言葉の端に滲む優しさや、笑ったときにほんの少し目元がゆるむところ。君は自身をかわいくないと思ってるみたいだが、俺にとってはすべてが愛おしくて仕方がないんだ」

 あっという間に、胸が熱くなる。
 そんなこと……そんなふうに言われたことなんて、なかったのに。
 というか、シャロットが聞いてるんですけど……恥ずかしくないんです?

「たとえば君が、この先歳を重ねても。髪の色が変わっても、背の高さが変わらなくても、俺はきっと変わらず──いや、もっと好きになっていると思う」
「………………っ!」

 なにそれ。もう、なにそれ。ストロベリーすぎて、もう……泣きそう。
 シャロットが私の手をぎゅっと握り直して、にっこり笑った。

「パパをわらわせるレディアおねえちゃん、すごいのよ! ほんとのかぞくみたいで、シャル、うれしい!」
「ふふ……私も、うれしい……!」

 本当の家族……書類上は、本当の家族なんだけど。
 まだ、シャロットには私たちが夫婦だって言っていない。
 イシドール様はいつ言うつもりなんだろう。

「ねぇパパ、レディアおねえちゃんにずーっといてほしいよね?」

 ちょっと不安気にシャロットは私を挟んでイシドール様を見上げた。
 昨日は“無理を言ってはいけない”と怒られた問いを、もう一度。
 でも、今日は──

「もちろん。俺がいちばん、そう思ってる」

 ──ああもう、無理。好きが溢れてしまう……!!

「パパ、きのういってたこととちがーう!」

 ぷくうっとまんまるなほっぺをさらにまんまるにして、シャロットがイシドール様を睨みつける。

「じゃあ、いてほしくないと言った方が良かったか?」
「だ、だめぇぇ!!」

 シャロットは逃さないというように、私に腕にぎゅうとしがみつく。

「レディアお姉ちゃん、ちゃんといてね! シャルがさびしくならないように!」
「……うん。いるね。ずっと」

 私の言葉に、シャロットは頬を私の腕に押し付ける。
 ふわふわしてすべすべして、それだけでもう、とろけそうに幸せ。
 そんな私たちを見たイシドール様が、意を決したように口を開いた。

「シャロット。レディアに母親になってもらいたいか?」

 どきっと胸がなる。
 今日、言っちゃうんですか? 直球ですね……!
 ちょっとまだ、心の準備が……っ

 そーっとシャロットを確認すると、彼女は少しだけ困った顔をして、口をとがらせた。

「んー……ちがうの」
「ちがう?」

 違うと言われて、ちょっと胸がぴりっと痛む。

「シャルのママは、ひとりだけだもん。いなくなっちゃったけど……ママはママ」
「……そう、か」

 イシドール様が、少しだけ表情を曇らせた。でもそれを遮るように、シャロットがにぱっと笑った。

「でもね、レディアおねえちゃんはだーいすき! ママじゃなくて、おねえちゃんよ!」

 嬉しいけど、微妙に複雑。
 やっぱり、ママとは違うよね。
 でもここは、シャロットの気持ちが最優先。

 私は──おねえちゃんでいい。

「ありがと。私もシャロットがだーいすき!」
「えへへ〜!」

 本当にシャロットは大天使なんだから。
 今はおねえちゃんでも構わない。
 私は母親として、あなたを愛していくから。



***



 そしてその夜。私とイシドール様は、しれっと同じ部屋にいた。
 え、本当にしれっといますね!?

もしかして、初夜……? とは思っていたけど……。
あの日のやり直しは、本当に嬉しいけれど。

だめ、緊張しすぎて吐きそう。
だって私、そういうの初めてなんです……!

ストロベリー侯爵、やり直す気、満々ですね?
優しく微笑む破壊力を、ご存じない!

「レディア……」

声、すら、甘い……無理、死ぬ。

私のガチガチの肩に、イシドール様の手が回る。

……失神するかもしれない。

「あの夜は、すまなかった……」

唐突の謝罪に、私の肩は力が抜けた。
ふと見上げると、申し訳なさそうな表情をしていて。
それがなにを意味するのか、なんとなくわかった。

「私を愛することはないって言ったことですか?」
「ああ……あの時は──」
「わかってます。私を解放しようとして、そう言ってくれたってことは」

そう伝えると、イシドール様は泣きそうな顔で笑った。
そんな顔も私、大好きかもしれない。

「もう二度と、あんなことは言わない」
「はい、そうしてください」
「俺は、誰よりレディアを愛している。この髪も、目も、指も、唇も……すべてを愛したい」

甘い、甘すぎる言葉。そしてその意味を考えて、私の顔は熱くなる。
イシドール様の指先が、私の頬をなぞっていく。

どうしよう、私……このまま、本当に……?

優しく体が寄せられる。
ドキドキが止まらなかった。止まらないまま、唇が触れそうになって──

「ちょ、まーーーーーーっ!!」
「レディア??」

イシドール様の胸を押し出して……ギリギリセーフ!
まだ触れてない!!

でも困惑顔のイシドール様。
……申し訳ない。

「あの、やっぱり、私──」
「俺では、だめなのか?」

勘違いさせてしまったイシドール様に、私は慌てて首を振った。

「違います! 私だってイシドール様を愛しています! 誰より、一番……!」
「では、なぜ……」

私の言葉に少し安堵していたけど、やっぱりその顔は晴れない。
本当に、本当に私はイシドール様が大好きなんだけど──

『んー……ちがうの』

そう言ったシャルの顔が、どうしても頭をよぎってしまう。

『シャルのママは、ひとりだけだもん。いなくなっちゃったけど……ママはママ』

シャロットの気持ちを、私は大切にしたい。
だって私だけは、母親のつもりでいるんだもの。

「今日は、やっぱりやめておきたいです……その……シャロットに、ちゃんと“ママになってもいい”って、言ってもらえるまでは……」

 イシドール様は一瞬きょとんとしてから、くすっと笑った。

「そうか。……なら、我慢しよう。君が決めたことなら、尊重したい」

 そう言って、私の頭を優しく撫でてくれるイシドール様。

 ああもう、イシドール様はかっこよすぎるの……好き過ぎて、ぎゅってしたい。
 でも我慢させてるのに、私から抱きつくわけにはいかないじゃない。

 ……というわけで、初夜のやり直しは、無期限延期になりました。

 でもいつか……ちゃんと家族になれる日が来たら、その時こそ──

 私のすべての「好き」を伝えますから。
 覚悟していてくださいね、ストロベリー侯爵?


10.ストロベリー侯爵は、意地悪な王子様。
コメント全2件
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長岡更紗
2025年05月23日 13:25
◆雪乃さん

我慢大会www
言い得て妙ですな( *´艸`)

わ、共感できるヒロイン言ってもらえて嬉しい✨✨
恐怖侯爵が、常時ストロベリー侯爵発動しちゃいましたw
いっぱいドキドキさせられるよう、がんばります♡

5〜6万字プロットを10万字まで引き伸ばしたので、いちゃいちゃしすぎて話があまり進まないのですが(ノ∀`)タハー
楽しんでいってもらえると嬉しいです♡
もちろん、甘いだけでは……( *´艸`)
お楽しみに♡
名木雪乃
2025年05月23日 09:49
我慢大会が始まるのですね(^_^;
レディアがイシドールさまに自分の気持ちをきちんと伝えたり、シャルちゃんの気持ちを一番に考えたりして、共感できる素敵なヒロインです。
イシドールさまが甘すぎてびっくり。
ドキドキが止まらない〜。
次話からのおそらく甘いだけじゃない?展開も楽しみです。