14.ストロベリー侯爵、私を溶かす。
2025年05月27日 (火) 05:59
これまでのお話
01.恐怖侯爵と激かわ娘。
02.恐怖侯爵はなにかを隠してる
03.恐怖侯爵と地下からの声
04.恐怖侯爵様の、愛娘と宝物。
05.恐怖侯爵に告ぐ。
06.恐怖侯爵と地下室の謎。
07.恐怖侯爵様の思惑がわからない。
08.恐怖侯爵様、告白する。
09.恐怖侯爵、ストロベリー侯爵になる。
10.ストロベリー侯爵は、意地悪な王子様。
11.ストロベリー侯爵、焦る。
12.ストロベリー侯爵、真実を告げる。
13.ストロベリー侯爵は甘えたい。


恐怖侯爵の後妻になりました。君を愛することはないと言ったのは、前妻を忘れられないからでしょうか。彼女が消えたのは、まさかあなたが……?

 
14.ストロベリー侯爵、私を溶かす。

 シャロットの実の母親、ラヴィーナの行方を探すと私は決めた。

 でもどうしよう、最初から手詰まりすぎる!

 どこからどう手をつけたらいいのか、本当にわからなかった。なんておまぬけ。
 だって、人探しなんてしたことないもの……!
 はい、言い訳、ごめんなさい。

 とりあえず町に行って、「聞き込みしてきます」って出かけようとしたら、イシドール様にめちゃくちゃ止められた。

「君は、シャロットがはぐれた日のことを忘れたのか? 俺にまたあんな思いをさせるつもりか」

 って。
 私、実家にいた頃は、平気で一人で街を歩いてたんだけど。
 でも確かに、今は書類上だけとはいえ、侯爵の妻だものね。

 結局イシドール様が、信頼できる情報屋を雇ってくれて、徹底的に調べてもらうことになった。

「私、ただぼんやりしてるだけのつもりはなかったんですけど……」

 思わずそうこぼすと、イシドール様は困ったように笑う。

「君が傍にいることの方が、ずっと大事だ。シャロットのために……わかるだろう?」

 ……それはそうかもしれない。
 シャロットは今、とても繊細になっているから。

 ラヴィーナさんのことを話してから、シャロットは前より少し静かになった。もちろん、相変わらず天使みたいに可愛くて、笑ってもくれるんだけど──
 ふとした拍子に、ぴたりと声が止まる時がある。
 私の顔をじっと見つめる目に、言葉にできない不安が滲んでいることも──




 そんな、ある日のことだった。

 シャロットはお昼寝の時間なのに、どうしても眠れなかったみたいで、私の部屋にやってきた。
 お気に入りの毛布をぎゅっと抱えて、扉のところで立ち止まってる。

「どうしたの? 来ていいのよ」

 そう言って手を広げたら、ぽてぽて歩いてきて、私の膝にすとんと座った。
 しばらく何も言わずに、私の胸に頬を寄せてくるだけ。
 それがいつもと少し違って、私は背中をゆっくりさすりながら、ただ黙って待った。

 そしたら、小さな声がして。

「……レディアおねえちゃんも、いなくなっちゃう?」

 天使みたいなシャロットが不安に沈む瞬間……それが、本当につらい。

「どうしてそう思うの?」

 否定するのは簡単。でも根本を探らなきゃ。

「だって、シャル、わるい子だもん……」

 心臓が、きゅうってなる。
 悪い子? どこが? シャロットに悪いところなんて、一つもないのに。

「シャロット、悪い子なの?」
「だって、おひるねのじかんなのに、おきてるもん……っ」

 ちょ、どれだけ天使……!

「大丈夫よ、シャロット。眠れない時は誰にだってあるもの。きっと、お姉さんになった証拠よ。ほら、大人はお昼寝なんてしないでしょう?」

 私がそういうと、シャロットはほっと息を漏らした。

「なんだ……じゃあシャル、わるい子じゃない?」
「当然よ!」
「だったら、すてられない? いらない子じゃない?」

 シャロットが必死になって縋るように聞いてくる。
 捨てるわけ、ないのに……いらない子なわけ、ないのに……!

「当たり前よ。捨てたりなんて絶対しない。いらないなんて思うわけないでしょう?」
「シャル……いい子にするから……もっといい子にする!」
「シャロット……あなたはもう、十分にいい子なのよ……!」

 ぎゅうっとシャロットを優しく、でも強く抱きしめる。
 イシドール様が、ずっとラヴィーナさんを死んだことにしていた理由がわかった。
 本当に繊細なんだ、この子は……。
 ラヴィーナさんの駆け落ちを伝えて不安定な状態をとるか、死んだことにして安定を図るか。
 その二択で、イシドール様は後者を選んだ。

 今のシャロットのこの状態を見れば、それは正解だったと思う。
 だけどもう、彼女は真実を知ってしまった。
 この状態から抜け出すためには、やっぱり……ラヴィーナさんの言葉が必要なんだ。
 捨ててなんかないっていう、彼女の言葉が。

「シャル、パパにすてられたら、どうしよう……」
「あなたのパパは、絶対にそんなことしないわ」
「レディアおねえちゃん……シャル、いい子にするから……すてないでぇ……すてちゃやだぁ!」
「シャロット!」
「うわぁぁぁあん!!」

 大泣きを始めたシャロットを、私は力一杯抱きしめる。
 やがて泣き疲れて眠ったシャロットを手の中に、私は息を吐いた。

 もし、ラヴィーナさんを探し出せなければ、シャロットはずっと不安定なまま──?

 私は地下にいる彼女のことを思い浮かべる。
 心が壊れてしまった、憐れなクラリーチェのことを。
 彼女は今も地下で治療を受けている。
 家礼のエミリオが毎日クラリーチェに話しかけているらしいけれど、何も変わりはないって。
 人の心は、ちょっとしたことがきっかけで、ああして壊れてしまうものなんだ。

 このままじゃ、シャロットも同じ道を辿りそうな気がして……ゾッとした。

 だけど、ラヴィーナさんを見つけ出せたとしても──もし彼女がシャロットに会いたくないって言ったら?
 なんとか会えたとしても、捨てたんだって、いらない子なんだって言ってしまったら?

 娘より、恋を選んだって事実は……シャロットにとって、捨てられたも同然だから。

 きっとラヴィーナさんなら、シャロットを愛してるって言ってくれるって信じてる。
 けど、もし言ってくれなかったら……そう思うと、体が震えた。

 そして実際に、シャロットを愛していた場合でも。
 もしも母娘で一緒に暮らすことを望んだらと考えると、胸が苦しくなる。
 イシドール様は、シャロットの願いを拒否したりしないもの。自分がどれだけつらくても。
 イシドール様だけじゃない。私だって、今さらシャロットのいない生活なんて考えられない。
 毎日、泣いてしまうかもしれない。

 まだ決まりもしていない未来を想像して。
 私の涙は、勝手に溢れた。



 夜。
 シャロットの寝顔を見届けて部屋を出た私は、静かに廊下を歩いていた。

 向かう先は、イシドール様の部屋。

 扉の前で一度、深呼吸。
 ノックするとすぐに、低く落ち着いた声が返ってきた。

「どうぞ」

 扉を開けると、イシドール様はソファに腰を下ろし、ランプの灯りだけで本を読んでいた。珍しく眼鏡をかけていたせいか、一瞬で妙なときめきが走る。

「……どうした?」
「少し、お話……したくて」

 本を閉じて眼鏡を置き、私に手を差し伸べるイシドール様。
 その手を取ると、私の腰を引き寄せるようにしてソファへといざなわれた。

「シャロットのことか?」

「……はい。今日、泣いたんです。たくさん。『いい子にするから、捨てないで』って……」

 話してるうちに、目の奥が熱くなった。
 イシドール様は何も言わず、私の肩をそっと抱き寄せてくれる。

「本当に……繊細な子なんですね、シャロットって。今はもう平気そうに眠ってますけど……」
「君のおかげだな」
「そんなこと……」
「いや、本当だ。俺だけじゃ、きっと抱えきれなかった」

 その声が、あまりに優しくて。
 不意に、涙がぽろりとこぼれてしまった。

「未来が、怖いんです。ラヴィーナさんを見つけても……どうなるかわからない。ごめんなさい、私が言い出したらことなのに……」
「でも君は続けるんだろう?」
「……はい」

 確かな決意を向けると、イシドール様は少し笑った。

「そうだと思った」

 その声に、胸の奥がじんわりと熱を持つ。
 私……イシドール様の優しさに甘えに来ちゃっただけだ。
 自分で決めたことだったのに……情けない。

「申し訳ありません、こんな夜に」

 慌てて立ち上がろうとすると、緊張がほどけたせいか、ふいに足元が揺れる。

「っと……」

 次の瞬間、ふわりと体が浮いた。
 イシドール様が、バランスを崩した私を抱き上げていて。

「えっ、ちょ……!」
「足がふらついていた」

 そのまま、膝の上に座らされる。
 子ども扱いされているわけじゃない。
 まるで、大事な宝物のように──両腕に抱かれてる。

 何これ……息が詰まりそう。

 すぐ目の前に、イシドール様の顔。
 吐息すらかかるほどの距離。
 動いたら、頬が触れてしまいそう。
 目を逸らすこともできない。
 イシドール様の瞳が、真っ直ぐに私を貫いて──

「こんなに熱があるのに……君は自覚ないんだな」

 囁く声が、皮膚に染み込むように響く。

 どういう意味ですか、それ……頭も痛くないし、熱はないと思うんですが。

 イシドール様の手が、私の背を撫で、髪を梳き、うなじへとゆっくり添ってくる。

 鳥肌が立つほど、優しいのに──
 その手は、熱くて。

 あ。熱って、そういう意味!?

「イ、イシドール様……?」

 声が震える。息も、うまく吸えない。
 だけど体は──腕の中にすっぽりおさまっているこの状態を、喜ぶように震えを見せた。

 イシドール様の綺麗なアイスブルーの瞳が、じっと私の目を覗き込んでくる。

 目が離せない。
 吸い込まれちゃいそう。

「……俺が抑えきれないと思ったら、止めてくれるか?」
「……え?」
「自信がない」

 自信……え、何の?

 理解が及ぶ前に、イシドール様は私の指を取った。
 指先が、イシドール様の唇に……

 触れそうで、触れない。

 なのに……ぞくってした。
 触れてないのに、どうして……!
 心臓が跳ね上がる音が聞こえてしまいそうで、怖い。

「レディア。君は今、自分がどんな顔してるのか、わかっているか?」

 どんな……って。
 どんな顔してるの? 私。

 問われても言葉にならなくて。
 ただ、イシドール様から目が離せない。

 無意識に、私は少し身じろぎした。

「っ!」

 イシドール様の、息を呑む音。
 いつの間にか、唇が触れそうな距離にまで接近していて──

 イシドール様が、ふっと笑みを漏らした。

「……今の君に手を出すのは、卑怯だな」

 そっと、私を下ろしてくれる。

「え、えーっと……?」
「俺が欲しいのは、ちゃんと理性のある君だから」
「今、私、理性的じゃありませんでしたか?」

 イシドール様は私の問いには答えてくれなかった。
 返事の代わりにとばかりに、頬に指を添えて、そっとなでてくれる。ただ、それだけ。

「えと……戻りますっ」
「……そうか。また、いつでも来てくれ」

 イシドール様はそう言って笑って。

「お、おやすみなさいっ」
「おやすみ、レディア」

 そんな甘い声を背に、私は逃げるように部屋を出た。


 寝室に戻った瞬間、私はベッドに倒れ込む。

 何だった……? 今のは一体、何だったの!?

「む、むり……むりむりむり……」

 シーツの上を転がる。

 あああああああ。

 ……ああぁぁぁぁあああああ!!

 今さらながら、顔が熱くなってきた!

 だって、あんな近くで、見つめられて。
 あんな優しい声で、囁かれて。
 膝の上に乗せられて──頬とか、髪とか、なでられて──
 指に、唇が……! 当たりそうで当たらなくて!
 なのにぞわってして!!
 何なの、あの感覚ー!!

「んんんんんんんんん〜〜ッ!!!!!」

 自分の悲鳴で枕が震える。
 全身が、熱い。まだ火照ってる。
 思い出すだけで、体が変になりそう!

「なんなの、あれ……あんなの、どうしろって言うの……誰か正解教えて!!」

 心臓が何度も跳ねる。
 落ち着こうとしても、無理すぎる。
 目を閉じても、浮かぶのはイシドール様の顔ばかり。

 低い声。やわらかい目。
 すぐそばで感じた、あの熱──

 イシドール様の吐息の感触が、まだ消えない。

「はぁ……っ……もう、どうしよう……」

 何にもしてないのに。
 結局何にもなかったのに、全身がとろけそうになってる自分が信じられない。

「なにあれ……なにあれ……むり……あんなの、むりむりむり……」

 頬を抑えてベッドに突っ伏したまま、転がる、転がる、転がる。

 ごろごろごろごろ。

 熱が引かない。
 お腹の奥が、きゅうってなる。

 ……あんな風に優しくされたら。
 あんな風に見つめられたら──

「私……あのまま、キスされても……よかっ……」

 思わず漏れそうになった本音に、さらに顔が火照る。

「わ~~~~っ!! ダメダメダメダメ! 何考えてんの私ッッ!!」

 今日もう絶対眠れないやつ!
 頭の中、イシドール様でいっぱい。
 これ、もう明日顔合わせられない。

「ああああもう、イシドール様かっこよ過ぎない? 優しいし、包容力あるし。誰よ、恐怖侯爵なんて言うのは! 思いっきりストロベリー侯爵じゃないのー!」

 私はぎゅっと枕を抱き抱えて。

「は~~~~~~……好きすぎる~~~~……っ!」

 本音が、漏れた。ダダ漏れた。
 もう、本当に、もうダメだ。
 胸がぎゅうぎゅうして死ぬ。多分死ぬ。

 そんな風に枕に顔を埋めたまま、私は一人、熱に溶けていった──



15.ストロベリー侯爵、脱ぐ。
コメント全4件
コメントの書き込みはログインが必要です。
長岡更紗
2025年05月27日 20:19
◆彼方

シャル、いじらしいよね( *´艸`)
イシドールは頑張ってる!ww
レディアはもう、どろどろに大好きになっちゃってるwww
二人はどこまで我慢できるかな?( *´艸`)
遥彼方
2025年05月27日 20:07
捨てないでってなるシャルロットがいじらしい~。
理性を保てる自信がない、といいつつ、ちゃんと自制してるイシドールさん素敵。
悶えるレディア可愛いー!
長岡更紗
2025年05月27日 12:53
◆雪乃さん

ぬいぐるみ!(そういやあったな……w)
も、毛布もいいですよね!(*ノωノ)
ストロベリーが止まらない、曲になりそうなフレーズですね( *´艸`)
レディアの反応、楽しんでもらえてよかった!
私、いつもギャグかシリアスかで両極端だから、ちょうど中間がなかなか書けなくて(;´∀`)
楽しんでくれてありがとうございます♡
いつも感想嬉しいです!!
名木雪乃
2025年05月27日 12:34
お気に入りのぬいぐるみではなく、毛布を抱えてくるシャルちゃんが可愛い! 切ない〜。
侯爵のストロベリーが止まらない!
レディアの反応が、すこしラブコメ寄りなのが楽しいです(〃艸〃)