私立!三十三間堂学院びしゃもん!(法行×冬美)
2011年02月01日 (火) 21:13
-私は木石の類では無い-
そんな当然の一言を、口に上せてみてまた止まる。
元来が口下手で感情を表に出すのが苦手だった。
そんな私でも親しい友人は出来た。
だが、私の友人の内の何人が、私の在り方を受け入れてくれるのか。
仁義八行の忠に誇りを置くこの在り方は、現代を生きるにはあまりにも無骨で不格好だ。例え、この三十三間堂学院であっても……
だからだろうか、私が彼に、私でもなく、私の在り方でもなく、『無骨な在り方を持った私』を受け入れてくれた彼に急速に惹かれているのは……




     ◆




三十三間堂学院の生徒会室はその日、何時もよりも数倍増しで、業務でごった返していた。理由は、次の学校行事である、全校の登山……

「だあーかあーら!法行にプリントを持って行くのは私がやるから、会長はここで全校生徒の安全確認でもしてればいいでしょ!」

「全校生徒の安全を蔑ろにするような発言は慎むようにと言っているのです!」
「別に他の奴らがどうなったっていいなんて言って無いわよ!でも、男が一人だけなんだから、役員から一人きちんと説明しに行ったっていいじゃない!」

「ですから再三その点は会長である私が代表して、伝えに行くと言っているでしょう!」

ではなく、いつも通りの、行事に端を発した校内唯一の男子生徒である後白河法行の争奪戦だった。
彼は、普段はこの学校の生徒の一人であり、親戚の千住花音の家に居候していて、基本的に他の生徒には休日の接触の機会はない。しかも、家主の花音のガードが、法行が来て以来異常に堅い。そのため、生徒会の仕事にかこつけて、家に直接遊びに行く機会と花音のガードを封じ込められるというのは、これ以上ないパスポートなのだ。そのことに気付いたかずちが自身の権利を主張し、会長が義務(あくまで、本人はそう思っている)を主張する。

「かずち~ん、それじゃあ、業務が滞っちゃうよー」

役員の一人、天持東が悲鳴をあげる。他の役員も、無表情の北川冬美を除き、全員困り顔だ。

「というか、二人のうちどちらがいなくても書類が片付かないんですけど」

西村千秋の言葉に、流石に責任感を刺激されたのか、会長が黙る。

「大体、あんた、説明なんて適当に済まして、さっさと遊ぶつもりでしょーが」
こちらも、役員の一人、増永南に図星を刺されて黙るかずち。

「で、でも、法行への説明は必要でしょ!」

なんとか反撃を試みるかずち。その主張は、間違いではないが、行くのがかずちや会長であることが問題なのだ。が、そこで意外なところから手が上がった。

「あ、それじゃあ、」

普段はあまり発言をせず、真面目に業務をこなす天持東だった。




そして、彼女は今、千住邸の前に立っていた。
無表情で長身のクールビューティー。生徒会役員、北川冬美。
東が提案したのは、冬美の派遣だった。冬美自身は、書記のポジションなので、認可やその他業務は無く、今日は雑用担当だったこと、千秋や東のようにスキル的に抜けられる訳には行かない訳ではなかったこと、南のようにサボる心配が無いこと、そして何より大きいのが、辛うじて会長とかずちの二人が許容出来ること。と、以上の点により、千住邸に派遣されてきたのだった。

ピンポーン

千住邸のチャイムが鳴る。するとすぐに、ドアが開いた。

「はーい。って北川さん?」

出てきたのは、居候の後白河法行だった。
法行は珍しい来訪者に首を傾げた。花音の家に居候するようになって数ヶ月経つが、彼女が訪ねてきたのは初めてのことだったし、普段の様子からも花音と接点が有るようには見えなかった。

「花音に用事か?」

取り敢えず頭に浮かんだ選択肢を出すが、冬美はフルフルと横に首を振る。再び、内心で首を傾げる法行だったが、ふとあることを思い出して、冬美に声を掛けた。

(そういえば、前のことでちゃんと礼をしてなかったよな)

法行が転校して来た直後の事件で、冬美から助けられた時の礼をキチンとしていなかったことを思い出した。

「良かったら、ちょっと上がって行かないか?」

何の気なしに、法行はそう提案した。別に疚しい気持ちがあったわけでもなければ、花音が二階にいることもあり、特に問題ないと判断してのことだった。

そしてそれが、法行が転校して来てからの誓いに風穴を開ける事になるとは、流石にこの時は予想することは二人にもできなかったのだった。




「ちょっと、そこで待っていて貰えるか?」

リビングに冬美を通し、キッチンに向かう。冬美の方は、法行の言葉にコクリと頷いてソファに腰掛けて、鞄からなにやらゴソゴソとプリントを取り出していた。
プリントをテーブルに広げた頃に、法行がお盆に湯呑みとクッキーを乗せて、やってきた。緑茶とチョコクッキーという、相性も何もない組み合わせだったが、気にしないあたり、性格の豪快さというか、おおざっぱさがでている。

「あんまり、煎れたことないから、口に合わなかったら勘弁な」

そう言ってカラカラと笑いながら、湯呑みを差し出した。

「ん……」

コクリと頷いて、冬美がそれを手に取る。一口飲み、ほぅと息を吐く。どうやら、かなり口にあったらしかった。

「それで北が……冬美でいいか?」

珍しい訪問の理由を尋ねようとした所で、名前で呼んだことがなかったことを思い出した。法行の言葉に冬美が頷いたのを見て「じゃ、俺のことも法行で」と言うと、しばらく逡巡して、やがて小さく頷いた。

「で、今日はどうしたんだ?」

「これの説明を「あれ?北川さん?」

冬美が話し始めようとしたタイミングを見計らったかのように、リビングに家主の花音が入ってきた。珍しい来訪者に首を傾げたが、テーブルの上に置かれたパンフレットを見て納得したように頷いた。

「そういえば、そろそろ登山大会だっけ」

思わず花音は顔をしかめた。
毎年恒例の行事の中でも特に評判の悪い行事だ。別に登山を否定するわけではないが、くそ暑い中、1日中歩く上に、時間内に頂上に到達出来る可能性はほぼゼロだ。一応、頂上まで行ければ、願いが叶うという迷信があるにはあるが、そもそも叶わないのでは意味がない。

「あれ?でも何で北川さんが?」

「俺も聞いてなかったな」

二人が疑問を口にする。

「法行は初めての行事だから、説明してくるよう言われた」

答えは簡潔で、法行は「そっか、サンキューな」と言って笑った。しかし、花音の方は、突然訪れた驚天動地の事態に、絶句していた。

(ど、どどど、どうゆうことー!?)

生徒会四天王の北川冬美が誰かの名前を呼ぶのを初めて見た。いや、それくらいならば問題はない。自分の付き合いが薄いだけで、普段の冬美を決め付けるのは間違っている。だが、だがしかし、法行を呼び捨てにするのは、花音の中でも完全に予想外のことだった。そんな事をしているのは、校内でも、同棲している自分と幼なじみのかずち位である。

(っていうか、何があったの!?)

まさか、こんな短時間に二人が接近しちゃうなんて!と、内心でパニック状態になる花音だったが、二人は、特に気にせずに説明をしている。

「休憩所は二カ所か。何かあったら、ここに行けばいいのか?」

「あまり行かない方がいい」

「ん?何かしきたりがあるのか?」

三十三間堂学院ならではな法行の質問に、冬美はフルフルと首を横に振る。

「着替えをしていることが多い」

その答えに、法行が頷く。

「じゃ、行かない方がいいな」

その言葉に頷いた冬美に礼を言いながら、湯呑みを取ると、その中身が空になっていたことに気が付く。

「煎れてくる」

その湯呑みと自分に出された湯呑みを手にとって、冬美がキッチンに向かった。
その行動に、漸く復活した花音が代わろうとするが、その前に、冬美が戻って来てしまった。

「サンキューな」

法行の礼に、無表情に頷く冬美。湯呑みは、花音の分も足されていた。

「……」

花音が無言でそれを受け取り、口に含む前に緊張した面持ちで僅かに動きを止める。
はっきり言って、花音はかなり緊張していた。理由は、このお茶だ。花音は、法行が居候を始めてから、ほぼ毎日三食の食事を出してきた。下心もあるが、それでも、そのプライドと法行の好みを一番知っているという自負がある。別に冬美に疚しい気持ちがあるとは思わないが、僅かながらの対抗心は、やはりあった。

「……」

無言のまま一口。そして、

(ま、不味い)

口には出さないが、内心で花音は悲鳴を上げた。冬美の出したお茶は、蒸らす時間も適当、温度は適温より熱すぎる。とても花音の口には合わなかった。
冬美の普段の様子から、特に料理が得意な方とは思ってはいなかったが、その味はあまりにもひどすぎた。

(法行、大丈夫かな……)

思わず心配そうに隣を見た花音は……

「え?」

思わず、そう漏らした。
 視線の先にいた法行は、今までにないくらい美味しそうにその御茶を飲んでいた。花音が自身の全力を出して御茶を出した時すら見せたことの無い表情に、一瞬呆ける花音だったが、次の法行の言葉でさらにショックを受けることになる。

「ふぅ、美味いな、冬美、御茶を入れるの得意だったんだな」

つい口を衝いて出た、しかしだからこそ本音と分かる口調に、花音がさらに絶句する。

(な、ななな、なんで!?どういう事!?)

花音が法行に御茶を出した回数は一回や二回ではきかない。そして、その中ですら受けたことの無い評価に、花音は再び内心でパニックを起こす。

(だ、だだ、だって、私だって御茶はちゃんと煎れてたわよ!?)

葉っぱの厳選から御湯の温度や蒸らす時間、はたまた法行の体調に合わせて、それらの調節まで行った。それが、こんな計算も何も無い様なお茶に……

(あれ?ちょっと待って……)

そこでふと花音は行動を止める。
 計算も何もない御茶、確かにそうだ。そして、花音という少なからず料理にこだわりを持った人間ならば、受け入れられない味の御茶だ。だが……もし、その味を好む人間がいたとしたら?

「あ!?」

そこでようやく思い至った様に声を上げる。はっきり言って、適当なお茶だった。しかし、考えてみれば、法行は今までそう言ったお茶を飲んできたのだろう。花音が初めてお茶を出した時も、その味にひどく驚いていて、内心その様子に得意になったものだった。が、それがいけなかった。
 人間というものは、どんなに発展したとしても、やはり動物の仲間なのだ。高級なホテルで素晴らしい設備を味わったとしても、最終的には自分の家で何よりも安らぎを覚える。食事も同じだ。俗に言う「御袋の味」はいい例だろう。食べ慣れた味と美味しい味は別物だ。そして、花音はいくら一人暮らしで自炊をしていたとしても、根底にあるのは両親がいた時からの暮らし、いわゆる良家の舌だった。対する法行はいくら家系的なものがあるとはいえ、焦げた目玉焼きを美味いと言って食べ、普通の公立の学校給食を食べてきた庶民の舌だ。いくら絶対的には美味しくても、法行の舌には合っているとは言い難いのだろう。花音の煎れた御茶が、冬美の煎れた御茶に負ける理由があるとしたら、それ以外に無い。

(そういえば、みんなで外食した時もスイーツばっかりだったっけ)

法行は、遊びに出た後の食事について注文をつけたことは殆ど無かったが、考えてみれば、濃くて雑な味付けの店にはほとんど行ったことが無かった。これも、三十三間堂学院という施設の為に、ファーストフードやファミレスがほとんど存在しないためだろう。
 結論に至ったはいいが、これ以上冬美に差をつけられる訳にもいかない。明らかに入学以来法行に興味を示してこなかったし、興味を示しそうにないとはいえ、家事というパートで自分が負けるというには我慢がならない。見ると丁度二人の湯呑が空になった所だった。

「あ、今度は私が煎れてくるね!」

「え、花音?」

そう言って、返事も聞かずに花音はキッチンに向かったのだった。




 花音が、キッチンに立ったのとほとんど同時に、冬美が席を立った。そもそも、花音が我に返った時点で、説明はほとんど終わっていたのだ。

「あー、冬美はもう一杯お茶飲んでいかないのか?」

「説明が終わったらすぐに引き上げるように言われている」

そう言って、冬美が軽く頭を下げようとした所で、法行が口を開いた。

「ありがとうな」

そう言った。ごく単純にそれだけを。

「?」

よく分からなそうに首を傾げる冬美を見て苦笑しながらも、理由を伝える。

「転校して来たときに、助けてくれただろ?そのお礼、ちゃんとしてなかったからな。だからありがとう」

「暴動は鎮圧するように言われている」

法行の礼に、冬美はただそれだけを返した。別に他意があったわけではない。ただ、そう思っていたことを口にしただけだった。だが、




「そっか、すごいんだな」




その言葉に、冬美は思わず「え?」と漏らした。それは、本当に珍しい分かりやすい感情が籠った声音だった。
 思わず法行をマジマジと、周囲からは無表情に見えるが本人の中ではマジマジと法行を見つめた。彼の言ったことが理解できないというよりも、その言葉が信じられなかった。
 仁義八行、仁義礼智忠信孝悌の忠に誇りを持つ在り方。それは現代を生きるには余りに武骨で不格好だ。しかし、冬美自身はそのあり方に迷いは無い。ただ……ただ、その在り方をもつ冬美を受け入れてくれる人間が今までいなかったことは事実だった。友人の良久須美や近藤美沙は、冬美の考えを「冬美だから」という理由で受け入れてくれた。会長の五部浄里は「忠」から、冬美を受け入れてくれた。その二つに不満も無いし、どちらかから受け入れたからと言って、今その片方のみしか受け入れられていないという訳では無かった。ただ、一体感の無さが内心に付きまとうのを振り切ることが出来なかった。
 冬美にとって「忠」とは、自身の半身だ。在り方そのものであり生き方の指標でもあるのだ。僅かにある、自身の半身が仲間に入っていないような感覚。正直に言えば、今まで時折その感覚を感じていた。そして、それが一生続く物なのだと、時代が違った、仕方無いのだと諦めたことも何度かあった。内心でほとんど放棄していた未来、誰かに『「忠」を持つ北川冬美』を受け入れてもらえる可能性。それが、突如天から降ってわいた様に冬美の前に現れた。

「え、あ……」

「ん?どかしたのか?」

「う……」

口がうまく動かない、突然の事に心がまだ追いついていないのだ。どんな言葉を選べばいいのか分からない。無表情のまま、動こうとしない自身の表情をここまで恨めしく思ったのは初めてだった。



「ッ……!「法行!北川さん!お待たせ!!」



冬美が何かを言おうとした瞬間それは起こった。
 何が悪かったわけでも、誰が悪かったわけでもない。ただ、間が悪かったとしか言いようが無かった。


キッチンのドアに背を向けていた冬美。

その正面に立っていた法行。

二人がいることに気付かずにドアを開けた花音。







二人の唇が触れ合った。







「ッ!?~~~~~~ッ!?!?!?!?」

一瞬で体位を入れ替えた冬美が、声にならない悲鳴を上げて千住邸から飛び出す。その様子を、一瞬の感覚が何によるものだったのかを理解した法行が呆然とした様子で見送る。突然の出来事だった上に、死角にいた花音は何が起こったのか全く理解できていない様子だった。

「か、花音!俺もちょっと出かけてくる!!」

ようやく復活した法行が、そう叫んでリビングから飛び出したのだった。




     ◆




ハッハッハッハッハッハ

動悸が治まらない

ハッハッハッハッハッハ

胸が燃えるように熱い

ハッハッハッハッハッハ

その熱源が、よく分からないままに全身を駆け巡って来る

ハッハッハッハッハッハ

全身の感覚が麻痺した様だ

ハッハッハッハッハッハ

体から火が出そうなくらいに全身が熱い

「はーっ!はーっ!はーっ!」

千住邸が見えなくなり、漸く足を止める。ついさっきあった出来事の理由がまるで分らなかった。だが、


「ッ!」


白磁の肌に、桜色がほんのりと浮かび上がる。



















北川冬美は初恋を感じていた。









































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果たしてこれを読んでくれている方がどれほどいるのだろうか(笑)
本編を書いている合間にリクエストを取ったにもかかわらず、手遊びでやっていたこれが先に完成(汗)
題材は「私立!三十三間堂学院」です。
学園ハーレムものなんですけど、主人公との恋愛はほとんどなし。少なくとも主人公が誰かを好きみたいな描写は一切なし。
そして、女子生徒のバトルがめちゃくちゃ熱い作品。学園ハーレムものなのに燃えることが出来る不思議な作品。
その中で好きなキャラの北川冬美です。
現在十巻まで出ていて短編集の七巻以外は巻ごとにヒロインが新しく出たりチョイスされたりしている作品で、部厚めで読みごたえがあります。
描写も丁寧で、個人的にお勧めなものです。
北川冬美はいわゆる無口無表情系のヒロインで、長身で戦闘能力が高いキャラという設定でした。
あと一応毘沙門天がモデル。
綾波レイと長門有希とタバサが好きではない、ついでに言えば、ザジもあまり好みではない自分の中で唯一気に入った無表情系です。
ちなみにこの「私立!三十三間堂学院びしゃもん!」ですが、この物凄く微妙な活動報告で連載する予定です。
なんていうか、レストランの裏メニュー的な感じで。



おまけ

「苦いのに薄い御茶なんて煎れたことが無いよ……。と、取り敢えず、御湯はうんと熱くしないとね!」

「う、ちょっと冷めすぎた。苦みを丸くならないように出すんなら、高温で時間を掛けて……」

「今度は旨味まで出ちゃった……」

「今度は温過ぎだよ……」

「苦味は強いけど薄くない……」

花音の『美味しくない御茶』の試行錯誤である。
ちなみに、冬美は法行が入れた御茶が急須に四分の一ほど残って冷めている所に新しい御湯を入れただけだったりする。
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