2012年05月08日 (火) 23:07
面白い作品を見つけるたびに、胸が高まります。そんな風に書けたらいいのにと思っているのですが、なかなか…。語彙が思い浮かばない場合が多々あります。
さて、ご感想をくださる皆様ありがとうございます。
早いコメントにびっくりしながらも、とても嬉しく思っています。
次回はきよたん視点になります。
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小娘と言ってやると今まで大人しかった私がそんなことを言った事に対して驚いたのか、絶句した二人を冷めた目で見て私は一気にまくし立てた。あくまでも冷静に。
「黙って聞けないの、小娘。私がいちいちこういうまどろっこしい手段を取ってあげたのには、世間一般的には考えられないほどの譲歩があるっていうのを覚えておくことね。
旦那と愛人関係にあったあんたに対して、相当の慰謝料を要求出来る権利が私にはあるの。勿論、あんたと浮気してた旦那にも慰謝料請求が出来るけど。けど、婚姻関係にあったあんたの方が割りを食うってことわからない?わからないわけないわよね。
あとね。ここの所一番大事なところ。私が離婚しなけりゃ、あんたの子供は私生児になるのよ。まあ、そこの男が認知してくれればいいわね。だけど世間体を考えて、認知しない可能性だってあることを忘れてくれちゃ困るのよ。いい?これで困るのは私じゃなくて、あんたと、あんたの、そこに座ってる浮気相手。つまりは私の旦那。
会社内での不倫だもの、当然会社に居辛くなるわね。まあ、十中八九あんたが首切られて、そこの旦那は左遷かな?仮に本社に残っても間違いなく、出世街道から外れるわね。確かあそこの会社って私生活のイザコザに神経質だったもの」
そこまで一気に言うと、私は注がれていたワインを一口飲んだ。
高いワインなんだろう。所謂芳醇な香りっていうやつが鼻に抜けて絶妙な味わいを醸し出している。つっても、ビールの方が好きなんだけどこのレストランってお高いからね。生半可にビールとか頼めないわよ。
私が頭の中でワイン談義をしていると、今まで黙って聞いていた伯父さんが口を開いた。
「まあ、怜子の言う通り。清仁くんと怜子が離婚しなかったとしても、君の立場は悪くなる一方だ。勿論清仁くんも今の会社には居辛いだろうね。と言っても、どうやら君は怜子とは離婚してもいいが、田辺さんとは別れる気にはなっていないように見受けられる。随分とまあ、ご立派だねえ」
「………俺に、どうしろと…?あゆと別れる事なんて出来ない…まして子供まで出来たなら…」
「私はね。別に怜子と離婚したからと言って、うちの役員の座を君にやらないと言った覚えは今までに一度も無いんだか?」
俯いて答えていたきよたんは、思いがけない言葉にがばっと顔を上げた。隣にいるあゆちゃんだって口をあんぐりと開けて、切ないかな、馬鹿っぽい顔を晒している。
そう。
私と結婚することで得るはずだった、伯父の会社の役員の座。世界でも指折りの鉄鋼会社なだけあって、その役員報酬たるや軽く何千万単位。上手く行けば億単位にも乗せることだって可能だ。役員だけじゃなく、部長クラスでも相当いい線言っていると思うのよね。
大学就職ランキングでも毎年上位に入っているには、そう言った給料的なものももちろんあるけど、伯父の会社は今日日、離職が低い事でも知られている。まあそこのところは入社していないから何とも言え無いけれど、とにかく終身雇用とは行かないまでも、結構長いこと勤めている社員さんが多く居るので有名企業の割りに仲間意識が強い、らしい。
そんな伯父の会社だけど、やっぱりネームバリューというものからすれば誰だって一目置くような会社だ。上手く隠しているようだけど、上昇志向の高いきよたんの鼻面にぶら下げた人参は、もう少しで手に入るところまで行っていた。
にも関わらず、自ら遠ざけた。姪である私との婚姻関係を破綻させてまで選んだ愛人…もとい恋人を妊娠させたことによる、自業自得な行為のせいだ。
だけどね。
離婚するからと言って伯父の会社に入れないって、誰が言ったの?
「なっ…そ、それは、どう言う…」
「元々いい人材だと目をかけていた君に怜子との見合いを持ちかけたのは確かに私からだったが、それが無くともうちに引き抜きたいと思っていたわけだ。なかなか野心もあるし、仕事も熱心にしているようだったからね。
少なくとも姪である怜子と結婚する事で、うちの役員になるということは自然な形なのだろうからね。まあ、多少はうるさい輩がいるだろうからそれは君が実力でねじ伏せるとして………だから私としては怜子と離婚したからと言って、うちの社に来ることを別に忌避していない。
私はプライベートとビジネスは出来るだけ分けるようにしているんだ。だから是非ともうちに来て欲しいと思っているのだがね」
「そうそう。それがいいと思うわ。だってこれから離婚する、しないに関わらず、あんたたちって不倫カップルなのよ。今の会社にこのまま在籍出来ると思ってるわけ?さっき言ったけど、あゆちゃんは首間違い無しねー」
それにロッカールームやトイレやらの根も葉もない噂話なんかで神経擦り切れるに決まってるんだから。妊婦にそれは酷でしょ。
「ちょ、ちょっと待ってください…頭が混乱して……」
「あゆちゃんは?どうなの?」
「あ…あんた…今までの大人しそうなの、全部フリだったわけ?」
きよたんが先程テーブルの上に置いた離婚届を自分の手元に置いて、確認しがてら使い物にならなくなっているきよたんを放っておいて黙りこくっているあゆちゃんに聞いてみる。
うん。離婚届に不備はない。これを提出すれば晴れて私は自由の身!今日の帰りに役所に寄って行こうかしら。離婚届も時間外関係無いわよね?
おっと、あゆちゃんが何か話している。質問はなんだっけ?
「そ、そうだ…!怜子、お前、あの事故のせいで記憶喪失じゃなかったのか!?」
「ああ、そんな事も言ったわねぇ。ばっかねえ、逆行性健忘症ってそう簡単になるわけないじゃない」
「!?なっ!嘘だったって言うのか、お前!!」
「だから何よ。私が記憶喪失になったからって言っても、別にあんたはそこの女にべったりで妊娠までさせてんじゃない。まあ、それのお陰で離婚に有利になるわけなんだけどね」
またしても絶句しているきよたんを見ていると、伯父さんが短く声をかけてきた。どうやら帰るらしい。
「あとは三人で話しなさい。その離婚届、私が役所に出してこよう」
「いやよ。伯父さんのことだもの。この人があゆちゃんと別れなかった時の為に、出さないまま隠しておくとか普通にありそうだし。確実に出したいから私が直に行って出すから安心して」
「くっくっ…全く。お前が男だったらさぞかしいい後継者になっていただろうに。女なのが全く惜しいな」
「あら。女だから伯父さんの手の平で遊んでられるんじゃない」
くつくつと笑いながら伯父はそのままレストランを去って行った。
残された三人。浮気された妻・浮気していた旦那。そしてその愛人。実に奇妙な三つ巴になっていたけど、そんなの私に関係ないわ。
ワクワクが止まりません。
きっと針のむしろな今の会社にいた方が(客観的に見て)幸せでしょうにね、きよたん。
伯父さま素敵!
怜子さんも素敵♪