続き『ひずぱすと』
2012年05月29日 (火) 13:07
えー、次で最後になるかなー?と思います。もしかしたらもう一話追加するかもしれませんが、もう大取りになっておりますので、蛇足はなしに。

今回長めになってしまいました。
携帯で読んでいらっしゃる方、最後の方切れてしまっていたら教えてください。二分割しますので。

今回はきよたんです。

読んで「えー!?」と思われるかもしれませんが、ごめんなさい。


* * * * * *

「うぇぇぇ~~~~~っん!!!!!」
「やだもう、もう少しだけ我慢してよー。ママもうちょっと服見たいんだから、ね?ほら、いい子だからパパのところに行ってなさい!」
「もう少しって、もう二時間も歩き回ってるんだから凛玖(りんく)も腹ぐらい減るだろう。服はまた後からでも見れるんだから、とりあえずレストランにでも行こう」
「えー!?せっかく出来たばっかりのアウトレットモールなのに、悠長に食事してる暇なんかない!あなたと凛玖でご飯食べてきてよ。あたしまだ買いたいものあるから、ね?」


前妻と離婚してから早いもので、もう4年目の春を迎えようとしている。
離婚の一因ともなったあゆとの間に出来た子供は、当時のうるさかった環境にも負けずに順調に育ち、今では走り回れるようになった。
子供が初めて第一歩を踏み出した頃はいたく感動したものだが、歩き回れるようになり、それから走り回れるまでにはそう時間はかからない。そうなると一秒たりとも目を離す事が出来なくなるというのが初めてわかった。
しかも男の子。動き回る事が仕事とでも言わんばかりに活発な子供らしく、じっとしていられない。転職したばかりの仕事が忙しくなかなか家族サービスが出来ない俺が、久しぶりの連休が取れた事であゆが行きたがっていたオープンしたばかりのアウトレットモールに3人で来たのはいいのだが、あゆは買い物で忙しく、息子も息子で最初こそきょろきょろして騒いでいたものの、最早人の多さに飽きたのか駄々をこねはじめた始末。
来て何時間も買い物に付き合わされた挙句、まだ買うものがあると言い残し、あっという間に人込みの中へ消えて行ったあゆに呆れた。しかしぐずる息子と同じく、腹が減った俺もしょうがないのでモール内にあるフードコートに移動したのだが、そこも長蛇の列。座る場所もない状況に『来るんじゃ無かった』と後悔していると、一層ぐずり始めた息子。

3歳になる男の子は総じてやんちゃ盛りだと思うのだが、凛玖は特にワガママが酷い。普段一緒にいるあゆが甘やかしすぎている節もあるし、義両親も目に入れても痛くないほどの可愛がり様。ほとんど叱られたことのない息子が上目遣いで彼等の顔色を伺っているのを垣間見た時、3歳にしていながらどことなくつけあがっていなと思っていた事の合点がいった。
慣れない仕事で忙しく、息子に構えない分幼稚園で出来たママ友と交流を深めているあゆにまかせっぱなしの育児だが、近くに住んでいる義母にも頼っているし、何より不自由させていないという自負はある。だからこそあゆも結婚退職という道をとって、今もパートにも出ることもしないで専業主婦で日がな一日マンションにいるし、こうしてたまに出かける日も都合がつく。

俺の両親は前妻に迷惑をかけた引け目から、初孫こそ可愛いと言っているものの、母親であるあゆを完全に認めてはおらず、俺もあゆの両親からは『不倫を継続させて一人娘を妊娠させた男』として嫌われている。
どっちもどっちだと思う反面、仕方が無いので甘んじて受け入れるしかない。

前妻であった怜子に離婚届けを提出された後(ご丁寧に役所の受付してくれた所員との写メまで送って来た)、あゆは産婦人科へ行ってもらってきたという母子手帳を俺に見せた。避妊をしていただけあって、あゆの妊娠という事実ははっきり言ってショックだった。本音を言うと、子供を持つまでの意識がなかったのだと思う。
妊娠という現実を突きつけられて、色々な事が頭に浮かんだ。
離婚したばかりだとか、仕事の事とか、これからのこととか、いろいろ。
だが、中絶させるという選択肢は何故か頭に浮かんでこず、結局そのままあゆと籍を入れることになった。
怜子が言っていた通り、不倫をしていた挙句妊娠。結果、なし崩しに入籍したあゆは、話が広まると共に社員の好奇の目に晒された。中でも、俺と怜子の結婚式に呼ばれた者達からはあけすけに「寝取り女」と言われたし、部内では俺のアシスタントを外された。会社での噂話と、つわりの苦しさからあゆは早々に退職していったのだが、残された俺は未だに進退をどうするかで悩んでいた。

流石に元妻の伯父が経営する会社の役員になるのは、面の皮が厚すぎる。どうせあちらの会社に役員待遇で転職したといっても、あちらの社員からは嘲笑まじりの目で見られることは間違いないだろうし、元義父やその伯父がいる中では息苦しくてしょうがない。
かといって、このままこの会社に残っていても次の人事異動で俺は確実に海外事業部から外される。地方、もしくは子会社に飛ばされて、子供を抱えての生活は厳しいものがあるだろう事は容易に想像できた。
だが、こんなことを相談出来る相手もいず、社内で同じ不倫している奴等からはしくじったなと言わんばかりの同情的な視線を貰ったが、まったく嬉しく無かった。

部内での俺の立場も日増しに悪くなり、もうこの会社を辞めるしかないかと腹をくくっていた時、赤城部長から飲みに行こうと、とあるバーに呼び出された。
赤城部長も俺が離婚し、すぐ結婚した顛末は知っていて、流石にいい顔はされなかった。普段から冷徹な目が更に厳しい。その視線に射すくめられて、反射的に身が竦んだものの自分が選んだ道なのだからしょうがないと甘んじて受け入れるより無かった。


「バカだな、お前」
「………否定しません」
「これからどうするんだ。もう社内でも居場所ないだろ。うちの会社がそういった面にうるさいのはわかってたと思ったんだがな」
「…辞表を出そうかと思ってます」
「で?そのあと、織田の会社に行くのか?」
「そうしようかと……あれ、俺赤城さんに話したことありました?前妻が織田社長の姪だったって」
「圭から聞いた」


そう言えば大阪で古賀と会った時、赤城部長と顔見知りのようだった事を思い出す。
そう言って理由を聞けば、古賀は学生時代うちの会社でバイトとして働いていて、その担当者が赤城さんだったらしい。古賀は怜子と同じ年だから…と考えると、俺がまだぺーぺーから毛が生えた程度のちょうど上司だった赤城さんにしごかれていた時分、彼も同じようにバイトとしてだが頑張っていたようだ。
バイトとはフロアこそ違うけれど、同じ会社で働いていたというのに驚いた。


「そう、なんですか…」
「まあ俺が圭と知り合ったのはそれが最初じゃなかったんだが」
「え?」
「俺が前に付き合ってた女、圭の幼馴染でな。それで昔からちょくちょく可愛がってた」


―ドクン―
嫌な汗が鼓動と同じくして背中を伝ったのは気のせいではなく。
見れば赤城さんが、俺を相変わらず絶対零度の目で眼鏡越しに見ている。何かを伝えるかのごとく。


「………」
「彼女はレイコ。最初に出会ったときはまだ高校生でな、通勤・通学の混雑してる電車の中で痴漢されてるのを助けてから、顔見知り程度になった。それから付き合うまでには葛藤もあったさ。相手はまだ高校生だし、俺は一回り以上も離れたおっさんだからな。でもまあ、結局そんなものは何の障害にもならなかったわけだ。俺達が深い関係になるにはそうかからなかった。別れる事になったが、俺は今でも彼女を愛している。彼女がどうだかは知らないが…」
「レイ、コ…」
「彼女は作家になりたいと常日頃言っていてな。彼女が書いた作品、全部読んだよ。なかなかなもんだった。『文学賞なんかを取るほどのものじゃない』と言って出せば良いのにと言っても頑なに応募しなかったが、今でもあれは出せば新人賞を取れるのではないかと思う。切り口は鋭いくせに、文体が柔らかで。それが文章全体を一つにまとめていたんだ。あんな作品を高校生で書き上げた才能たるや、末恐ろしいものがあった。レイコというのはその時の作家名だ」
「………今はどうしているんですか、その、レイコさん……」
「作家になっている。芥川賞の候補にもなったらしい」


そう問えば、赤城さんはくいっとメガネのフレームを中指で上げ、ほとんど氷が解けているグラスを煽った。
そんな赤城さんを見ながら、俺の頭の中では彼が言った『レイコ』という名前がリフレインし、俺の知っている女との共通点を見出すのに必死になっていた。

『レイコ』は『怜子(りょうこ)』じゃないはずだ。
何故なら、怜子は小さい出版社で働いていたものの、作家ではなかった。ましてや有名な文学賞である芥川賞の候補にノミネートされるなんてこと、あの怜子にはありえない。

そうだ、『レイコ』は『怜子』であるはずがない。
明らかな矛盾点を見つけ出して内心ほっとしていると、コンッとグラスの置く事が聞こえたので慌てて顔を上げた。
それにしても、赤城さんの口から今まで語られる事のなかった女の事を聞くのは初めてで、しかもあれほど会社内外の女の告白を断り続けた噂の『忘れられない女』。好奇心が沸くのも当然だろう。


「あの、聞いてもいいですか。そんなに愛してるんだったら、差し出がましいようですけど…どうして別れたんですか…?」
「レイコは結婚願望がなく、子供もいらないと言っていた。俺としても、彼女が俺のものであり続ける限りは結婚という括りに縛られなくてもいいと思っていたし、子供は嫌いだからな。それでいいと思ってた。フランスなんかじゃ手続きが面倒な事もあって事実婚が大半だし、結婚によって生じる不都合なんかもあるだろ、財産分与とか名字の改変とかな。だからそう思ってた。あの時までは」
「あの時?」
「レイコが妊娠したんだ」
「妊娠………どう、したんですか?二人とも子供はいらないって…」
「いらないと思ってたとはいえ、二人で子供が出来た事に喜んだのは本当だ。俺としてもレイコとの間の子供にこれだけの愛情が湧くとは思っていなかったし、このまま結婚でもするかということになったんだ」


過去に、確か赤城さんが結婚するんではないかと噂になったことがある。出所はよくわからないのだが、記憶を探ればどこそこのお嬢様との見合いが進んでいるらしいと聞いた事があったような…。
そう言えば、赤城さんは苦虫を噛んだような表情になる。


「おかしいと思ったんだ。俺はレイコとしか付き合ってなかったし、見合いも受けた記憶も無い。にも関わらず、噂が先行して一人歩き。今から考えれば、全てが仕組まれていたんだろうな」
「仕組まれていた?誰にですか?」
「レイコの伯父だ」


そう吐き捨てるように赤城さんは言う。


「あの男…裏から随分と手を回らしたようで、妊娠が発覚し結婚しようかと言っている俺とレイコが連絡を取れないようにしただけではなく、俺に結婚を前提にした見合いが進んでいるように彼女と周囲に思い込ませた。なんとかして連絡を取った時にはもう、全てが終わってた」
「…終わってた?」
「レイコは子供を堕していた。中絶承諾書の父親の欄には、彼女の伯父の秘書の名前が書かれてあったよ」
「っ!」
「それほどまでに俺と結婚させたくなかったらしいな。織田尚哉という男は」


―オ ダ ナ オ ヤ―


「織田尚哉の秘書、松浦はレイコの…俺と怜子の子供を殺した男だ」


驚愕している俺をよそに、あくまでも淡々と赤城さんは続ける。


「怜子がお前と結婚したと聞いた時は驚いた。だが、それもいいかと思ったんだ。彼女が俺との関係にア完全に終止符を打ったと思ってな。だが蓋を開けてみれば、お前はアシスタントの女と浮気している。結局怜子は一人だ。それが彼女が望む、望まないは別にしても、あれだけ結婚というもの否定していた怜子が決断を下したんだ。それをお前は全部無碍にした。」
「ま、待って下さい!」
「怜子のことだ、小説のネタぐらいにしか考えていなかっただろうし、彼女の方も打算がなかったとは思えない。だが、深層心理の中では『お前なら』と思っていたんじゃないか」
「っ!」


言葉に詰まったのは、怜子があの時に言った言葉を思い出したから。


『きよたんが一番後腐れなさそうだったから。あ、勿論あゆちゃんと付き合ってるっていうことも事前に調査済み。それで別れて私と結婚、そのままでいれたら私も多少は結婚生活を続けようかなー考えたんだけどー。』


離婚したいだけだと思っていたのに。
今考えれば、結婚生活を俺としたいと思っていてくれていたということなのか。

改めて愕然としている俺を尻目に、赤城さんは名刺入れから一枚の名刺を取り出してスッと俺の方へ滑らせた。


「俺の知りあいが経営している会社だ。織田尚哉に関わりの無い会社だから、きっとお前が肩身の狭い思いをしないでいいと思う。ベンチャーだが業績はいいから、生まれてくる子供も養えるだけの給料は出しているだろう」
「…あ、あの…?」
「転職するならあの会社は止めておけ。離職率が低いということは、仲間意識が相当高い。ぽっと出で畑違いの、しかも社長の姪の元旦那だったお前が行ったところで、今の会社と同じく針の筵なのは変わりない。だったら、全然違うところに行ったほうがいい」
「なんで、こんな…」
「俺が手塩にかけて育てた大事な部下がみすみす朽ちて行くのは忍び無いからな」
「赤城、さ…」
「それに。怜子を手放してくれたことへの感謝だ。今度こそ俺のものにする」




「ぱぱぁ!!なってるよぉ~!」


はっと意識を取り戻し舌足らずな声の方を向くと、ようやく注文出来た食事が出来るまでに持たされた呼び出し用のベルが鳴っていて、それを息子がしきりに俺に教えてくれているところだった。
それに頭を撫でてやり、手を繋いで一緒に取りに行っているとちょうどあゆが向こうから歩いてくるのが見えた。予想より袋を持っていないのを見ると、買い物するよりも腹が減ったのに耐え切れなくなったのだろう。俺達に気付き、俺があゆの分も注文してやる。その間に、子供が自分の分の皿を持とうとしているのを、あゆが必死で宥めていた。

それを見て思う。

怜子と結婚したのは間違いだったのだろうか、と。

確かに俺と怜子は離婚するために結婚したようなものだったが、俺がちゃんと彼女を見ていれば今のような結果にはならなかったはず。
だがそのお陰と言ってはなんだが、あゆと子供とこうして三人で休日を過ごせるのもまた事実。


あれから赤城さんの知りあいが経営しているという会社を訪ね、仕事の内容に惹かれ、そのままその会社に入った。
今まで海外事業部で培った実績と、赤城さんに鍛えられたノウハウを生かすことで、今までに無い高揚感も味わえている。赤城さんの知りあいであるというだけあって、社長も仕事面では非常に厳しいが、人柄自体はかなりいい。サラリー面も家族3人で暮らして行くには十分貰っており、息子の学資資金にも余分に回している。
だから、商社に勤めているころよりも充実していると言ってもいい。


「そういえば、こんな本買っちゃった」
「ん?『喪失』?」
「なんかね、ママ友の間で人気あるんだって。この作者。今度これがドラマ化するらしいから、原作読んでみようと思って」
「へー…」


裏表紙を見ていた俺は、手元を返して作者の名前を読んだ。
その瞬間、飲んでいた水を噴いた。


「やっだ、ちょっと、きったない!」
「ぱぱ、きちゃなーい!!」
「わ、悪い…」


作者の名前は『小田レイコ』


誰あろう、別れた元妻の作家名がその表紙に載っていた。
コメント全5件
コメントの書き込みはログインが必要です。
みゅー。
2012年05月30日 13:25
更新ありがとうございます。
携帯でも大丈夫でした。
あと少しでこのお話が完結ということですが
とても好きなお話なので寂しいですね。
次回も楽しみにしています♪
にゃご
2012年05月30日 10:33
赤城氏、腹黒素敵伯父さまに嫌われた理由は何でしょう?
気になります。
かんな
2012年05月30日 10:10
伯父さんがそこまでして赤城さんと怜子さんを一緒にさせたくなかった理由が気になります。
そこまでして二人を引き離したかったのかと思うと、怜子さんに対する執着心が強すぎでしょ、とか思ってしまいました^^;

赤城さんは怜子さんの事をよく分かってる!!!!
これからの二人がどうなるのか気になります♪
そして≪喪失≫というタイトルの小説がどんな内容なのかも気になります。
携帯でバッチリ最後まで読めましたよ~。

不倫男と寝取り女で、何だか幸せファミリー?
結局、清仁とあゆ、赤城氏と怜子の組み合わせがベストということですね!

でも、怜子さんと赤城氏に対する伯父さんの容赦なさが恐ろしいです。
年の差がいけなかったのですかね~?

こうなったら赤城氏の粘り勝ちを期待です!!
mkinbos
2012年05月29日 15:46
織田伯父の意外な事実!確かに読んで「えー!?」と思いましたよ。

怜子と赤城が結局どうなったか続きが気になるとこです。