2015年02月15日 (日) 06:02
小屋に何かの植物の種が5つあった。近くに鍬とじょうろもある。きっと植物を育てろと言うことなのだろう。
外に出て小屋のそばの土地を鍬で掘り返した。思ったよりも固い土はなかなか鍬が刺さらず、何回か場所を変えて鍬を振り下ろした。だがどこも同じような硬さなので、今後の世話のやりやすさも考え、最初の、小屋のそばを耕すことに専念した。どうにか土を掘りかえし、30センチほどの小さな畑が出来たところで作業の続行をあきらめた。指をさして穴を作り、穴に一粒ずつ種を入れて土を掛けるとじょうろで水を撒いた。
畑仕事はしたことが無いので、これが正しいのかどうかよくわからない。
半日してもう実が付いた。
トマト、大豆、キャベツ、唐辛子。そしてよく分からないが多分ヨモギ。
ずっしりと鈴なりに実を付けた植物を収穫した。
それらから二つずつの種が採れた。種はどれも茶色の種と白の種がセットだ。大豆は豆が種じゃないのかと思うのだが、この植物はそうではないようだ。数個採れたさやのなかからは見知った白っぽい豆がほとんどで、茶色と白が一つずつしか取れなかった。
キャベツも花が咲いていないのに、キャベツの中心から種が採れた。
翌朝、10粒に増えた種を蒔くためにまた鍬を手に取る。最初の畑のとなりを耕し、10粒の種と、白っぽい色の豆を二粒蒔いた。
初めの畑に茶色の種、今日耕した畑に白の種を蒔く。水をやって休憩を取った。
半日で成長が終わる。実を取った後は勝手に枯れて放っておくと土に還る。お手軽肥料である。
茶色の種から育った植物は、種が採れた植物と同じ実が生った。だが白い種は全く別のものが生っていた。大豆は二粒とも芽が出なかった。
トマトから採れた白い種はナスに、大豆から採れた白い種はトウモロコシに、キャベツからは白菜、ヨモギからは何かわからない葉。
野菜はスーパーで見かけるものばかりなのでわかるが、ヨモギから採れた葉はさっぱりわからない。最初がヨモギだったかどうかすら怪しいのだ。
ともかく収穫である。
収穫した植物からはまた二つずつ種が採れた。茶色と白。この二種類だ。茶色が親植物と同じで白が異種になるのかと予想してみるが、まだ一回しか試していないので断言はできない。明日また植えればいいだろう。
野菜しかないので本日の食事も野菜尽くしである。
四日ほどつづけ、畑を新たに耕す場所がなくなってきた。ネズミ算式に増える種をすべて植えるために新たな畑を耕す体力も追いつかなくなった。
種は茶色320粒、白320粒。野菜の種類もかなり増えた。分かったことは、茶色の種は必ず親植物と同じものができる。白い種も親植物から採れるものは限定され、子植物の近似種から始まって世代が下がっていくとどんどん親世代とかけ離れた植物ができる。おかげで野菜ばかりだが種類は豊富だ。スーパーで見かけない野菜が主になってきたがどれもたいていは火を通せば食べられる。
けれどもたまには肉が食べたい。そろそろ他人の姿を確認したい。
小屋の裏手から続く小道を行くときが来たようだ。道がある以上人の出入りがあると信じている。
誰か、人に会ったら肉と交換してもらおうと、蔓で編まれたバスケットに野菜を入れた。ついでに何かわかるかと思って、ヨモギから派生した謎の葉っぱも数種類入れる。そうして朝になって小道へと出発した。
日よけにスカーフをかぶってバスケットを片手に野の道を行く自分は、おとぎ話の赤ずきんにでもなったようだ。あくまで気分の問題だ。スカーフは赤ではないし、赤ずきんちゃんはあまり年齢の行っていない少女のイメージがある。
赤ずきんには狼が出てくると思いだし、急に怖くなって周囲を見渡した。ちょうど道はうっそうとした森に入ったところである。狼でなくともイノシシなんかが出たらと思うとそれまでの軽快な一歩がこわごわとした一歩に変わった。進まないという選択はなかった。それほどまでに人のいない暮らしに辟易していたのだ。
幸い狼にもイノシシにも出会うこともなく森はすぐに終わった。
森を抜けると建物が見え始めた。やっと人がいるところに出た喜びで駆け足になる。
そこは小さな町だった。小さくとも活気があり、こじんまりとした商店が並ぶ大通りをたくさんの人々が行き来している。
様々な商品が道行く人の目に留まりやすいよう店先に並べてあり、道の両端を鮮やかに染めている。路地販売も盛んらしく、たくさんの露地物を見ることができた。
買い物する人々を注視すると、彼らはお金で商品を購入していた。当たり前の景色だったが、物々交換ができれば、との当てが外れてしまった。
行き交う人々の会話を聞いて言葉が分かることを確認する。流通にどう飛び込めばいいのか分からないので、とりあえずは持ってきた品物と同じ商品を扱っている店を探し、やり取りされている金額を注意深く聞いた。
*
その日は何もせず帰り、別の日に街はずれで露店を開いた。開いて間もなく、役人が目の前に現れた。許可書を見せろと言われてうろたえると詰所に連れて行かれた。どこから来たかと問われ、小道の先の農園と言うと、拍子抜けするほど簡単に許可書をもらうことができた。
ついでに薬草らしきものを買取してくれるところを尋ねる。すると、奥まったところにある店を紹介された。
小さな、どうかすれば見逃してしまいそうになる店の入り口をくぐる。古びたドアは想像よりも軽く、軋んだ音がなかったことがかえって意外であった。
何とも言えない草の匂いが鼻を刺激した。狭いと思った小さな店は中に入ると奥に長い。いわゆるうなぎの寝床というやつだ。奥行きはあるが左右は狭い。その狭い左右の壁は天井まで棚になっており、大小の瓶や缶、箱がぎっしりと並べられていた。ただ、どれも空であった。
「いらっしゃい」
雑然とした店内のカウンターの奥から白衣を着た男が出てきた。眼鏡をかけた顔は眉間に気難しそうな縦皺が刻まれている。寝癖なのか、妙な跳ね方をした短い金髪が気難しそうな表情とあいまって、頑固な職人気質をしているように思えた。
「今買取しかやってないが、構わないかな」
買い取りさえやっていれば問題ない。さっそくヨモギから派生したよく分からない植物たちを見せた。ほう、と眼鏡の中央を押し上げて植物を見つめる。
「なかなか良い薬草だ。ムラサキケイトウソウはこれだけかね」
店員は紫色の植物を手に取った。茎の先が紫色のもこもこで葉なのか花なのかよく分からない植物だ。ムラサキケイトウソウと言うのか。これは同種の赤い植物からたまに採れる。種は取れず、同種の赤い植物を育てると十本に一本の割合で採取できた。
今回持ってきたムラサキケイトウソウは三本、これが手持ちのすべてだ。
店員は持ってきた薬草全部を買い取ってくれた。三種類の硬貨がどっさり乗ったトレーが差し出された。
「二万八千ジャンだ。またいつでも持ってきてくれ。この品質ならいくらでも買い取りたい」
にやりと片頬を上げて笑う顔は、何か悪だくみをしていそうに見えた。あまりに悪人面なのでやすく買いたたかれたのではと多少心配になったが、役人の紹介なのでことを荒立てたくない。単に人相が悪いだけで、明朗会計なのかもしれない。
さて、外貨を稼いだはいいが財布も何も持っていないことに気づいた。まさかこんなに嵩張るほど稼げると思っていなかったのだ。店員に告げると眉間にしわが寄った。
小さな袋を借り、今度売りに来た時に返すことを約束して店を出た。
その足で商店街に向かい、念願の肉を手に入れた。肉の種類は牛豚鶏を中心に、その他いろいろであったので、悩むことはなかった。
布を扱っている店も見つけたので端切れと裁縫道具も入手する。戻って簡単な財布を作るつもりだ。
持って行った野菜たちはそのまま持って帰った。薬草で思わぬ収入を得て、大金を持ったまま町に長居したくなかった。
*
野菜に比べ、薬草は実りが少ない。ある程度溜まってから売りに行くことにして、野菜を売りに出かけた。
露店に並べるとそこそこ売れた。あまり量を持って行かなかったというのもあるが、前回の薬草のほうが高値で売れた。食品と薬の価格の差はそんなものだろう。
野菜を売り切って、薬草を買い取ってくれた店に行った。店主に袋を返すと薬草は持っていないのかと尋ねられた。
「そうか、袋を返しに来ただけか。いつでも良かったのだが」
悪いことをした気になるのはなぜだ。
店に置いてある大小の入れ物は中身が詰まっているものがいくつかあった。前回持って行った薬草が詰められているのだろう。
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飽きました。