落書き。「惚れ薬2」
2015年09月05日 (土) 15:00
「治療師長の奥方が持ってるって出た。信じる?」

正確には、今日コアットが会った地位のある人物の配偶者、である。



治療師長の妻は、治療師長よりも10歳年下であった。上品な空気をまとう奥方へ尋ねることは、内容が内容だけに話しづらい。それでもコアットは尋ねるしかなかった。
老婦人が香りのよい紅茶を優雅な手つきで手に取り口を付ける。

「それで、公主様の禁衛隊さんがこんなお婆ちゃんに何の御用かしら」

しゃべると華やぎのある婦人であった。

「治療師長どのの奥方は素晴らしい貴婦人だと評判ですから、どのようなかたなのか一度お会いしてみたかったのです」

まあ、と老婦人は笑いをこぼす。

「禁衛隊さんはお上手なのね。でもそんな見え透いたことを言ってもだめ。本当は何の御用なのかしら。ちゃんと言ってくれたら協力できるかもしれなくてよ」

「そう言って頂きますと助かります」

実際問題、何の接点もない間柄で屋敷を訪問するもっともらしい理由が無い以上、コアットの訪問は不自然極まりない。もう少しうまいやり方があるのだろうが、コアットには思いつかなかった。

「では、わきまえぬ不躾な質問でありますが、惚れ薬をお持ちだと伺っております」

夫人は自然な動作でカップを取り一口飲んで優雅に戻す。

「まあ、何をおっしゃっるかと思えば。惚れ薬、ですの? そんなものがあるなんて夢がありますわね。でもどうしてその惚れ薬? それがわたくしのところにあるとお思いですのかしら。こんなお婆ちゃんに今更惚れ薬なんて」

ふふ、と笑うその表情に不自然はない。

「でも、お持ちですよね」

心もち口の端を引き上げるようにして、問いというよりも確定として言い切った。

「治療師長は若いころから優秀なかただったそうですね。将来有望な若い男性は魅力的なものでしょう。今も確固たる地位をお築きだ」

「まるでわたくしが惚れ薬を使って妻の座を勝ち取ったとおっしゃっているようだわ」

奥方を調べて分かったことは、結婚の前後に奥方が惚れ薬を使ったという噂が一部の貴族のあいだで流れたということだった。
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