2015年11月04日 (水) 20:52
ちょっとだけエッチな描写があるのでR15でお願いします。
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少女は一人、どこまで続くとも知れない道を延々と歩いていた。淡い藤色で青の艶を帯びた少女の髪は長く、首の後ろで簡単に括られている。飾り気のない薄茶色の旗袍に袴子を穿き、くるぶしを覆う靴を履いている。腰に巻いた帯の上は飾り結びで複雑に編まれた真藍の帯紐が巻かれ、地味な少女の唯一の飾りとなっていた。着ている物もそうだが顔もこれといって特徴のない娘であった。よく見れば、髪は何度も梳かれて艶やかな青の光沢を持ち肌のきめは細かく、少女の身分は高いとうかがい知れるが、目立たぬ地味さがそれを相殺していた。
少女の後方に長く伸びる道は、目を凝らしても人の姿はおろか人家も無く、ひっそり木立が見える程度だ。少女はひとけのない道をひたすら歩いていた。
道の周りには何もないが少し離れたところに林が見える。近づけば果実が生っているのが見えただろう。
数々の果実の林や池などを有するそこは仙の管理する庭園であった。
少女――青娟(セイエン)は朝の早いうちから広大な庭を散策していた。
庭と言うには広すぎてどこかの山間の道を歩いている気になる。石畳が敷かれているので一応人の手の入った道ではある。広大な庭園で休憩ができるよう小さな四阿(あずまや)が道沿いにぽつぽつと点在していた。青娟が朝から通りかかった四阿は三つか四つ、四阿同士の距離は遠かった。最後に見た四阿はどれほど前だったかもう覚えていない。
水を飲もうかと腰に下げた竹筒を手にし、もう中身は空だったと思い出して手を離した。川があればそこで水を汲めばいい。そのうち川が見えるだろう。果実の林に行ってのどを潤す考えはない。仙の管理する地に生る果実は仙の物という意識があった。個数が数えられるものを無断で採るのははばかられる。流れる川の水ならば仙も気付かないだろう。
はるか前方を望むと切り立つ山が霞んで見えた。その山を目指してはいるのだが一向に近づいた気にならないのはなぜだろうか。あの山のふもとは庭園の端と聞き及んでいた。朝から歩き通しの青娟の足はもう棒のようになっていると言うのに庭園から出る気配は微塵も感じられなかった。
いいかげんくたびれた青娟はようやく四阿を見つけるとそこで足を止めた。
いつ建てられたのか、四阿は朽ちかけていた。元は赤で塗られていたであろう柱の色彩はほとんど剥げ落ち、ところどころに色の名残が見られた。何かの蔦が柱に絡みついたまま枯れ、それが一層朽ちた印象を強めている。誰も通らないようなところにあるのだ、忘れ去られているに違いない。
今から帰るとなるとまた半日は歩かなくてはならない。今日はここで夜を明かそうかと考え、青娟は中に入った。
屋根と柱だけの四阿の中は、白い石を削って造られた背もたれのない丸椅子が円い卓の周囲に五脚配置されている。椅子の一つと卓の上を簡単に手で払い、つもった土ぼこりを払ってから椅子に座った。硬い石でできた椅子はひんやりとしていて、歩き通しで熱くなった身体を心地よく冷やしてくれる。
卓に肘をつき、青娟は柱のあいだから見える雲の流れるさまを見るともなくぼんやりと眺めた。
「疲れているようだね、飲み物はどうだい」
急に声をかけられ、驚いて周りを見ると四阿の外に若い男が立っていた。
明るい芥子色の髪と黒い瞳の男は背中に大きな背負子を背負っており、足に布を巻きつけた旅人風の格好をしている。吊り気味の目を細めて笑みを見せていた。
はっと青娟は椅子から立ち上がった。
「ごめんなさい、勝手に使ってしまって」
ここの持ち主か管理者かと思い慌てて勝手を謝る青娟に、男は両手をひらひらさせてへらりと笑う。
「あはは、いいんだよ。ここは誰が使ってもいい場所なんだから。ここで会うのも縁だ、小姐(お嬢さん)は疲れているようだから何か元気の出る飲み物をあげよう」
そう言って男は四阿に入ると背負っていた背負子を下した。背負子にくくられた籐の行李をおろしてふたを開ける。中には大小さまざまな素材もばらばらの茶器一式がいくつも入って雑然としている。
男は飴色の竹筒と、白い陶器でできた、小さな蓋付茶碗を一つずつ選んで卓の上に置いた。さらに選んだ三つの容器のふたを開け、茶匙で中身を掬う。中身は茶葉ではなく粉だった。粉を三種、碗に入れて上から竹筒を傾ける。湯が注がれた。白い湯気が立ち上る。
青娟は竹筒から湯が出て来ることに驚いたが、ここは青娟の常識では測れない、仙の土地である。だから不思議に思ってもここでは不思議でもなんでもないのだと何も言わなかった。ただ目を丸くしただけだ。
蓋をして数秒、男は青娟の前に碗を置いた。
「どうぞ」
「ありがとう、いただきます」
碗のふたを取ると香ばしい香りが蒸気と共に立ち上って鼻孔をくすぐる。碗に触れると思ったほど熱くはなく、持ち上げてまろいふちに口を付けた。
香ばしさとかんきつ類のさわやかさが口中に広がる。ほのかな苦みが口を漱ぎ、喉を潤して腹に流れた。青娟の顔がほころんだ。
「美味しい」
癖のない茶は飲みやすくてするすると喉を通り、碗から口を離すと中身のすべてを傾けていた。
「そうだろう? いつかは茶屋を開こうと思ってね、修行中なのさ」
男が自慢げに言う。自慢に値するほど茶の味は良かった。
青娟は碗を卓に置くと身の回りを改める。
「ごめんなさい、美味しいお茶のお礼をしたいけれど良いものがないわ」
青娟の持ち物は身にまとう装束と腰から下げた竹筒だけだ。男の茶は売り物にしても遜色ない。それに同等と思われるものを青娟は持っていなかった。眉を下げた青娟に男はにいっと笑う。
「いんや、茶屋を開いたときに茶を一杯頼んでくれたら良いさ。ついでに宣伝もしてくれたらなお良いね」
男の申し出に、でもと言い淀んで、青娟はふと自分の腰に目を落とした。旗袍の腰、幾重にも巻いた刺繍帯の上に飾りの帯紐が巻かれている。青娟自ら染めた糸を何色かと、購(あがな)った銀糸を縒りあわせて結んでいき、吉祥の編み方をいくつも組み合わせて複雑な模様を施した帯紐は一見控えめに見える。だが手間暇と模様の複雑さを見ればそれが高額で売れるものだと分かる者には分かる品だった。
青娟は帯紐を外して差し出した。
「これを対価に」
男は出された手をやんわりと押し返した。
「これは結構高価な物だろう? 釣りが無いさね」
「ううん、わたしが作ったから高価じゃないの。でもわたしが自由にできるのってこれしかないから」
出した手を引かない青娟の顔を見て男が眉を上げ、人の好い笑みを見せた。
「でも、おいらの腰にゃ細っこいなあ」
言いながら帯紐を受け取ると男の首に巻きつけた。二重に巻きつけて前で緩く結ぶ。
「ありがとうな、小姐。この飾りに見合うようがんばるよ。でもやっぱり駄目だったらごめんな」
「お茶屋さんにきっとなれるわ。だってあんなに美味しいんだもの」
青娟が励ますと男は眉尻を下げて複雑そうな表情を作った。
「小姐は良い人なんだよな」
しんみりと、ひどく悲しそうに言う。男がなぜそんな悲しそうなのか、青娟に分かるはずもなく、かける言葉を探しながら男を見守る。
「ここいらは仙郷の外れだ、お供を連れずに小姐が来るには、ちいとばかり物騒だよ」
男の言葉に青娟は首をかしげた。そして柱のあいだから見える遠くの山を指で差した。
「あの山まで仙虎の土地だってきいたわ」
この地を支配するのは仙虎、黒い虎である。黒虎のひらいた仙郷は隅々まで黒虎の力が及び、その地に住まうものは獣が多いがどれも気性は穏やかだとされる。ならばあの山のふもとまで安全なのではないだろうか。けれども男は青娟の考えを見透かしたかのように首を振った。
「おっかねえ老虎(虎殿)でも目が届かねえところだってあるってもんだ。こんな外れにゃところどころ虫食い穴のような場所があるのさ。ほうれ、あの池。潜って抜ければ人の世だよ」
男の示す方角を見ると、木立に隠れるように池があった。池は水面から発生する水蒸気であたりに薄い霧を漂わせていた。
「不逞(ふてい)のやからはそんなとこからやって来るからね」
男はかがむと、行李から先ほどとは別の筒を取った。蓋をあけ、中の匂いを嗅いで顔をしかめる。
「うわ、きついなあ」
やおら筒の中身を四阿の横にある茂みへ撒いた。
撒いた先には、今まさに飛びかかろうとしていた獣の鼻づらがあり、青娟は何が起きたのか理解できなかった。唖然とその光景を見守る。
「ギャン!」
男の撒いた粉を浴びた獣が悲鳴を上げる。鼻を押さえて地面に転がった。獣は、青娟の二倍はあろうかという大きな茶色の狐だった。三角の耳を伏せ、長い鼻梁を両方の前脚で押さえて地面を転がっている。耳の先と尾の先が白いその狐の太い尾は、三本生えていた。仙狐か妖狐か、青娟に区別はつかないが、尾が三本生える狐がただの獣ではないことだけは分かった。
転がって苦しむ狐に対し、男は平然としている。
「辣椒(唐辛子)やら山椒やら蓼ってヤツは汁が目に入るとつらいよなあ。汁の臭いを嗅いでも鼻がやられる」
鼻を押さえる三尾の狐は涎を垂らし牙をむき出して、片目で男をねめつけた。もう片方の目は刺激の強い粉を被ったらしく、きつく閉じられて涙を流している。
「きさまァ! なぜ分かった!」
怨みのこもった低い声で狐が吠えた。狐が飛びかかるのを予測していたように、寸前で粉を浴びせた男の行動は青娟も疑問であった。男はひょうひょうとした態度で刺激物の入っていた筒にふたをして卓上に置いた。
「さあどうしてだろうね。おまえがおれを殺して小姐を喰うつもりだってのも知ってるよ」
四阿から出た男はしゃがんで地面に手をついた。男の輪郭がぐにゃりとゆがむ。目と口角が吊り上り、歯が尖ってゆく。地面を蹴ってびょうと跳びあがる男の姿は一頭の大きな狐に変化していた。青娟は目を見張る。
茶色の被毛、尖った耳の先は白く、大きさも三尾の狐とあまり変わらないように見える。首に真藍の帯紐の先が見え隠れしているものの、ふかふかとした被毛に埋もれてほとんど見えない。唯一はっきりと違うのは、男が変化した狐の尾は二本だった。
二尾の狐は先の狐に飛びかかり、喉を狙うも寸前で躱された。着地すると同時に腰と尾を振って相手に向き合い、頭を低くして身構える。鼻と片目の効かない三尾の狐は敵の出現によろりと立ち上がって同じように身構えた。三尾の狐が唸り、怒りに燃えて吠えた。吠え声が空気をびりびりと震わせ、青娟はびくりと身を縮めた。にらみ合いを破り、先に動いたのは二尾の狐のほうだった。再び地を蹴って飛びかかる。
二頭の大狐がぶつかり合って激しくもみ合った。ぎゃうぎゃうと吠えながら咬みつき、二頭の狐の身体に赤の斑模様が描かれてゆく。したたる血が地面をも斑に染めた。
どちらが優勢なのか、あまりにも似ているため判断が難しかった。尾の数を確かめようにもじっとしていないので数える前に体勢が変わる。
隙を見て一頭が後ろ脚に咬みついた。咬みつかれた狐がぎゃっと悲鳴を上げる。身体をひねり、足に咬みつく狐に咢を向けると足が解放された。傷を負わされた足から血が流れ、地に足先がつかない程度に引き上げられる。狐は三本の足で地面を踏みしめた。傷を負ってぐるると唸るのは二尾の狐。
三尾の狐が大きな口の端を持ち上げて牙をむき出した。
(哂っている)
青娟はぞくりと背筋が冷たくなるのを感じた。
二尾の狐が飛びかかった。跳躍は低く、足を負傷したことで動きが鈍っている。迎え撃つ三尾の狐ともつれあい、砂埃が舞った。赤い斑模様の地面を転がり、ついに一頭が喉笛に咬みついた。咬みついたまま頭を激しく降る。ぶちっと大きな音がして、咬みつかれた狐が力を失い地面に倒れた。
前脚で地面を掻いているが立ち上がれずもがいている。倒れたのはどちらの狐か。
青娟は尾に目を走らせた。確認するよりも早く、口を真っ赤に染めた狐が青娟の前に立ちふさがった。
「女アアァァァァ! 喰ろうてやるぞおオオォォォォ!」
片目の真っ赤な狐が吠えた。尾を見るまでも無く、だが興奮して膨らんだ尾が立ち上がり、否応なしに目に飛び込む。青娟は言葉を失った。尾は三本、では倒れている狐は。
狐の顔が迫り、青娟は咄嗟に目をつぶった。熱気が押し寄せたかと思うと旗袍の前を引っ張られた。身体が持ち上がる。左右に振り回されて布が破れ、地面に投げだされた。背を強く打って息が止まる。青娟は激しくむせた。すぐ近くでげらげらと嗤う声が聞こえた。狐が嗤っている。青娟をなぶって遊んでいるのだ。
熱気が近づき、血なまぐさいにおいがした。目を開けると狐が青娟に顔を近づけ、破れた布からのぞく胸元をべろりと舐めた。熱い舌のぬめった感触が恐ろしくて、青娟の身体が震える。
「犯しながらはらわたを喰ろうてやろう」
二尾狐との戦いで高揚した三尾狐はげらげらと嗤った。余裕を持って喉を晒し高笑いする狐の下方に熱の塊を感じ、視線を向けた青娟の表情が強張った。狐の下腹部に生えているそれは、狐の体格からすると当然の大きさをしていたが、青娟にはあまりに大きすぎてもはや凶器であった。
肘で上に逃げようとしたが片方の前脚で胸を押さえつけられた。胸の骨がみしりと音を立て、痛みに顔をゆがませた。肺腑を圧迫されて呼吸が苦しくなる。狐はもう一方の前脚で袴子に爪を引っかけた。
どん、という音とほぼ同時に青娟の上から狐が消えた。何かが上を通り過ぎたように見えて、反射的に飛んでいった方向を見た。転がる狐の上に乗りあげる狐が一頭。さっと尾に目を走らせると、乗り上げた狐の尾は二つだった。
血にまみれる二尾狐は三尾狐の喉を咥えていた。三尾狐が離れようともがき、二尾狐を何度も蹴るが二尾の狐は決して離そうとしない。喉を締め付ける牙は離れず、ますます喉輪を締め付けた。巨体をよじる三尾狐の動きが次第に鈍り、とうとう動かなくなる。動かなくなっても二尾の狐は喉から口を離さず、少しの時を置いてようやく口を離した。そしてその場に倒れた。
狐は二頭とも動かない。見ているしかなかった青娟は二尾の狐が心配になった。立ち上がりかけ、足に力が入らずへたりこむ。恐怖に萎えた足を叱咤して、よろよろと狐のそばへと走り寄った。
「狐さん」
二尾狐の傍まで来てみれば遠目では分からなかった胸のわずかな動きが見えて安堵する。だが血に濡れた被毛を見て蒼ざめた。喉の下がぐっしょりと血で濡れている。傷の具合を見て手当をしなければと思うのだが、青娟の持つ知識は擦り傷程度の手当しかわからない。それでもこの場にいるのは青娟しかいない。
「血、まず血を洗い流して汚れを流して、それから傷口を布でふさぐ……」
青娟は懸命に頭を働かせ、まず傷口を洗い流すための水を探そうと立ち上がった。水場は先ほどこの狐が指示した池がある。そこから水をくみ上げれば。
「…………小姐……」
か細く苦しげな声が聞こえた。見れば二尾狐がまぶたを持ち上げ青娟を見ている。
「狐さん! 良かった! 今水を汲んでくるから待ってて」
だが狐は頭を持ち上げ、ふらつきながらもその巨体を起こした。
「動いてはいけないわ」
青娟の制止にくんと鼻を鳴らす。前脚を揃え、青娟の正面に端座して狐はこうべを垂れる。首から血がぽたぽたと滴り落ちた。ふうふうと荒い呼吸をしながら狐が口を開く。
「あの三本の尾の狐は昔の我が姿。悪行を尽くして罰を受け、来世の己を滅ぼす業の輪にはまっておりました。……あさましき業から救って頂いた恩義に今生をかけて報いることを、お誓いする」
それだけのことを苦しげな息の下で言い終えて、狐は音を立てて倒れた。慌てて近寄ると狐の呼吸は細く荒く、突き出た口の端から血泡が出ていた。いそいで手当をしないと、今にも狐の命は潰えてしまいそうに思えた。傷が治る薬泉のある場所はここから遠く、青娟の足で半日かかる。青娟は半日かけて歩いてきた道を振り返った。
「待って、すぐ手当をするから」
水を汲もうと立ち上がった。
「小姐……おいらの荷物に、薬が、ある……、赤い布の袋に」
「薬ね。わかったわ」
青娟は走って四阿に戻ると狐の荷物を漁った。雑然とした行李の中を目で探すと隅に小さな赤い布の袋があった。中を見ると丸い小さな陶器に軟膏が入っている。水も必要かと迷い、水を諦めて薬を狐のもとへ運んだ。水場は少し遠く、汲んでいる間に狐の命が尽きそうで怖かったのだ。
狐のところに戻り、喉を見た。肉がえぐれてどんどん血が溢れてくる。えぐれた肉のところに軟膏を塗りつけた。痛みで狐がうなる。こんな深い傷に軟膏が効くのかと不安があった。だがほかに青娟にできることはない。
塗り付け、青娟は着ている服の中でも柔らかい布が使われた内側の服を破って首に巻きつけた。首を触ると毛皮に埋もれた帯紐が見つかる。帯紐はほぼ千切れ、辛うじて糸が数本繋がって狐の首に巻きついていた。帯紐を外して布を巻きつけ、身体中の咬み跡にも軟膏を塗りつける。軟膏の量は少ないのでなるべく深い傷を選んで塗った。
塗り終わるころには狐の呼吸も穏やかになっていた。
「ありがとな」
使命感で動いていた青娟の身体から力が抜ける。狐の横にへたりこんで首を振った。
「助けてもらったのはわたしだもの」
狐もまたゆっくりと首を振る。
「おいらは本当ならあいつに殺されてたんだよ。小姐もひどいことになるはずだった。何回やってもだめだった。でもやっと助けてやれた。小姐のくれた飾り帯のお陰さね」
青娟の帯紐を首に巻いていたお陰で致命傷には至らなかった。閉じられた空間で狐は何度も前世の己に殺されていた。繰り返し繰り返し生まれてはこの地に来て前世の自分と戦わなければならなかった。今までと今回で何が違ったかといえば青娟が初めて帯紐をくれたことであった。ようやく狐の時が動き始める。
「おいらは小姐のしもべだ。なんでも言うことを聞くよ。なんかあったら呼んでくれ」
狐の言葉に青娟は首をかしげた。
「わたし、あなたの名前を知らないわ。なんと呼べば良いの?」
狐は意表をつかれたように青娟を見た。狐にとって青娟は何度も邂逅した相手であり、その何回かでは名を名乗っていた。一瞬だけ三尾狐のほうをみて、誤魔化すように目を瞬かせ視線をくるりと上に向ける。
「おいらは今生まれたようなもんだ。だから……そうさね、これからは藍頸(ランケイ)とでも名乗ろうか」
藍(あお)の頸(くび)。青娟の帯紐を首に巻いたことを示す名だった。青娟はほほえんだ。
「それならその名前に合うようにまた飾りを編んであなたにあげる」
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結構前に虎×女の子で話を練って、どうしても女の子が虎のことを好きになってくれないので、とりあえずキャラを掘り下げてみようと思い立って書いてた落書き。それを書きなおしてみました。
この話を書いてもやっぱり虎のことを好きになってくれなかったので、反省点を踏まえて狐×女の子で新たに書いたのがムーンライトのあれです。
初めて狐というかイヌ科を書いた思い出。楽しかった。
藍頸が虎をおっかないと言ってるのは、三尾狐が二尾狐を殺し、青娟をあれこれしたあと食べる→虎が怒って惨殺阿鼻叫喚→生まれ変わって二尾狐。という流れだったからです。惨殺された記憶が残っているのです。そういうのを話に組み込めれば良かったんですけども。組み込めなかったので落書き。