2019年05月04日 (土) 00:58
夜景は十分に堪能した。
覧と遥香は、ラブホデルの室内の中、窓際のソファから離れ、二人でベッドに入った。
「結婚初夜だが……いわゆる初夜的なことはしてくれないの?」
「え? 多分ムリだよ。俺、女の子が裸で踊ってないとムリ。今みたいになる前はもうちょっとマシだったけど、最近本当に、女の子の尊厳を破壊しないと興奮しなくなった。困ったよな」
「……待ってろ」
遥香はクローゼットをがさごそとやった。後払いでレンタルできるエッチな下着だ。ヒモだけだったり穴が開いていたり。
そしてその中で比較的にマシなものを選び出し、サイズを合わせて、物陰でいそいそと着替えた。
「何やってんの」
「今から一階のロビーで裸で踊ってくる」
「何を?」
「ハ○フ○○○○ヴァーでいいか? あとはギリギリで彗○ハ○○○ンとかどうだ? 悪いが覧が好きそうなレパートリーはこの二曲だけだ」
「何で?」
「お前を興奮させるためだ」
「そうなんだ嬉しい。でもやめろ。目立つ。それに、俺はお前が嫌な気分になるのは困る」
「別に構わない。ラブホテルのロビーだ。そういうプレイだと、観客は思うはずだ」
「それだとなおさら興奮しない。大通りとかじゃないと。あと学生証を左胸に縫いつけてくれ。尊厳を徹底的に破壊する必要があるんだ」
「……………………難儀だな……さすがにムリ………………」
遥香は下着を脱いで元の服に着替え直した。
※
覧はとっくに寝入っている。彼が寝入る直前、遥香は寝ぼけたフリをして、股間のあたりをまさぐった。全く変化していなかった。こんにゃくを触ったほうがまだ固い。
自分の容姿には自信がある。キツネツキ状態ならだが、メイド喫茶のアルバイトでは人気だったし、告白を受けた回数は皆無でも、街を歩いていてスカウト・ナンパは日常茶飯事だった。……それって、あんまり魅力がないってことなのかな。「ちょうど良さそう」に見えるんだろうか。たまたま一緒のベッドで寝ただけでは、一切興奮しないくらいに。
欠乏が人の能力値を下げるという本があった。それなりに前に出版された本だ。心理学者の書いた本なので、当然、題材とされた欠乏は、「時間」と「お金」……貧困に立ち向かって社会的インパクトを確保するための主題選びだった。
だが、遥香に欠乏しているものは他にある。時間もお金もあるけれど、遥香は寝ている覧の鎖骨に口づけをする。
「満たされる……もっと欲しい……」
舐めることはしない。この部屋の雰囲気に一切そぐわない、全く挨拶みたいなキスだった。
「? ぅぅ……何か、欲しいものがあるのか? 買うよ。何が、欲しいの」覧が感触で起きた。最後だけ聞こえた。
「大丈夫。私自身はもう足りてる」
遥香は無表情なまま言った。
「それに、金では買えない。そういうことになっている」
「ありえない。金で買えないものはない」
極論に苦笑した。
矛盾を突いてやったらどうなるんだろうか。金で親の犯罪歴は消せない。
あるいは、……消せると主張するだろうか。たしかに、インフレを起こさず都合良く使える五千兆円があったらこの国を転覆させられるし、犯罪歴だって消せる。
でも、あえて言うなら制度を崩壊させない五千兆円など金ではなく魔法だ。
「昔、欠乏が人から判断基準を奪うという本があった。お金のない人は借金やローンの危険性を自分の頭から追い出す。時間がない人は余裕をもったスケジューリングの重要性を自分の頭から追い出す。
なら、……愛の無い人はどうなるんだろうな」
ずっと気になっている。
し、今の彼女を支配する法則の一つだ。
深海の花は話してくれる無敵の旅人を愛する。だから今の彼女は満ち足りている。けれど、その満ち足り方は、他の何も見えていないから。他の何も見えなくなって、死ぬことだって殺すことだってどうでもよくなる。
「はー? 愛?」
覧は寝起きの頭を叩き起こしながら必死になって考えた。
「さあ。部屋の中で、音楽を流しながら花火をしてぼや騒ぎを起こしてから、全く悪びれず家から逃げ出したりするんじゃないか。その後払うべきつけを無視して、今この瞬間愛される以外のことは何も考えられなくなる」
「……そうなったら、どうすればいいんだろう」
裏垢。自撮り。風俗。リフレ。ミュンヒハウゼン症候群。代理性ミュンヒハウゼン症候群。オタサーの姫。オタサーの騎士。卑猥なコスプレ。女装(※性同一性障碍者を除く)。きな臭い政治活動。虚言。経歴捏造。ホスト。メイド喫茶。チェキ。トレパク。パクツイ。逸脱。マルチ商法。×××。反××××。共依存。SNSでイキる。事前準備無しで未成年がアメリカ横断。人脈作り。顔出し配信。危険な企画。度胸試し。
絆と愛が足りない。絆と愛が、全然足りない。全然足りない。絶対に足りない。圧倒的に足りない。足りない足りない、どこにあるの? どこにもない。どこにもない。
絆と愛が足りない!!!!!
「知らねえ」
「真面目に考えて欲しい。私は、……母親が自分のことを愛してくれていたのかわからない。客観的に見るとひどい扱いを受けていたし、私は現にこんな人間になってしまった。一つだけある事実は、私が存在しなければ、彼女があそこまで歪むことはなかっただろうということだ」
「そうなんだすごい」
「今の私は足りている。けれど、いつ足りなくなるのかわからない、そんな恐怖だけがある。生まれてきてごめんなさい。ずっとそんなことばかり考えて……。覧は思わないのか?」
三人称視点から保証する。覧が生まれなければ藤堂夫妻は犯罪に加担しなかった。
覧はそのことを軽く笑い飛ばした。
「その辺りのことは考えたよ。だから今、俺達は社会から掠め取った金で遊んでいるんだ」
「意味がわからないよ……覧……」
皆が勇者を怖がるから、勇者は一人で死ななきゃいけない。誰だって知っている。悪いのは「皆」だ。誰だって知っている。
――そんな言葉を森弧縫が聞いたら、やっぱり泣くかもしれないけれど……
こうなった藤堂覧が縫と出会うことはない。
「そうなんだ、大変だね。遥香は本当に、肝心なところでは頭が回らないな。それも欠乏のせいか?」
対処法、対処法かあ。覧はつぶやいて、やがて言葉にした。
「愛を補給するんだろ。ラブコメ物語を読むってのはどうだ?」
「ニセ○イ好きなんだったか」
「お、いい名前出すなぁ。俺あれ好きなんだよな。主人公の行動が比較的理解しやすくて」
「…………そうか……。良かったな……」