2018年09月25日 (火) 21:02
1
2019年 3月12日 17時5分
ピンク色の道が消えては無くなりを繰り返していた。風が冷えた思い出とピンクの花びらを連れていた。
「大学では何勉強するの?」
静かな教室にただ2人だけの時間が流れ、時計の秒針の動く音が2人の鼓動と連動した。
「特に理由とかないけど経済学。なんか響カッコいいじゃん。でもオレはまたサッカーで朝から晩まで忙しいし勉強といっても講義では寝るだけなんだろうな。」
「確かに、リョウちゃんはいつも寝てる」
サオリから笑みが溢れた。笑った時に右ほほにエクボができた。
「寝るっていってもあれだぞ、体力の温存だから別に寝たいから寝てるわけじゃねぇからな。」
少しムキになって唇を噛んだ。口内炎のせいか少し鉄の味がした。
「あのさ、プロサッカー選手になってね。そしたら、見に行ってあげるから。」
「おう」
唐突な質問に戸惑いを隠せずに気の利いた言葉がでなかった。
「絶対なってね。じゃないと、、、」
悲壮感と呼ぶべきか、暗いそこに沈みかけている何かを見つめながら、どうする事も出来ないでただじっと噛み締めているような目をしていた。
「じゃあね。」
そう言って、サオリはストラップが山のように付いたいかにも女子高生のバックというバッグを肩にかけた。
「おい、ちょっと待てよ。」
サオリは目を赤くしていた。
「さっき、パンツ見えてたぞ。」
「バーカ。」
サオリが手で目の雫を払いながら口元を緩ませた。
2
「起きて〜〜」
分厚い積乱雲が喉でもくもくと漂っているかのような薄汚い声で目が覚めた。
2053年 3月12日 午前9時
妻は決まった時間に決まったセリフで僕を起こす。顔には決まって白色のフリーメイソンのデザインの美容パックだ。なぜだろう女という生き物は美に対しての探究心は思春期を超えてから留まることを知らない。そればかりか、それ以外の物事にもとてつもなく敏感に反応できる。だから嘘はつけない。
最近は寝起きが悪い。酒なのか、生きてることへの疲労感から来るのか、どちらでもいい。ただ、俺は疲れていた。リビングには、娘と、娘の彼氏が2人でスマホに夢中だ。娘の彼は、革の上着を着て耳にはダイヤモンドが光っていた。まるでイタイヤツの集合体だ。
「あ、おはよございまっすお父さん。ちょっとこれなんですけど、いい曲出来たんで聴いてくださいっマジでやべぇっすよ。」
毛先を人差し指で遊ばせながらいった。
白いカバーに入ったCDを受け取って軽くあしらった。妻はエクササイズのテレビに夢中でバランスボードの上で揺れてる。娘も相変わらず新しく出たとかいう人殺しのゲームに夢中だ。
いつも、リビングは居心地が悪い。自分の家なのになぜ居心地わるいんだ、なぜ気を使わなくてはならないんだ。別に娘の男が気に入らないじゃない。ただ興味が、ないだけだ。悶々として、実家にでも帰って懐かしい空気でも吸いたい気分だ。俺の人生は、なんなんだろうか。どこから間違えてしまったのだろうか。たいした、家にも住めたもんじゃないし、俺の親友は、テレビで日の丸を背負って戦っていた。いつからアイツと今の俺の差ができたんだろうか。まったく思い当たらない訳ではないが、それ以上その事に追求するのを止めた。
また自分の部屋に戻り、横になった。窓が開きっぱなしだった。そこから冷たい寂しいものが微かに入っては出るを繰り返していた。
一通のハガキが、ベットの横のイスに置いてあるのを見つけた。なんだと思いながら、見てみると同窓会の案内であった。サオリの文字がある。懐かしい名前に、少し緩んだ。卒業式の後、2人での会話を最後に彼女は九州へ引っ越しをしてしまった。それ以来、僕は彼女に会えていない。でも今のままで俺はサオリに会える気もしなければ、情けない気持ちだけが僕を塞ぎこむに違いない。
気づいたらまた目を閉じていた。
3
「キン〜コ〜ンカ〜ンコン〜〜」
教室にいる生徒は速やかに下校して下さい、と校内放送が流れた。
リョウは目を覚ました。目の前には職員室の文字。上手く状況を掴めないでいたリョウがボッーと立ち尽くしていた。見覚えのある廊下に教室。まさかと思って教室を開けた。そこにはたしかに高校時代に過ごした風景があり、デジャヴのように脳に信号を送った。黒板にはクラス全員の名前が書いてあった。近藤涼と須藤早織の名前もある。
あの頃の記憶が僕を歓迎するかのように思い出が蘇る。教室をウロウロしていると廊下に誰かが来る音が聞こえた。やばいと急いで教卓の下に隠れた。すると長細い手足と猫背で短髪の少年が入ってきた。うつむき加減とあのやる気のない目にどこか見覚えがあった。
リョウは迷った。声をかけるべきか否か。リョウは決心し重い腰を上げた。
「つかることをお伺いするけど、君はリョウくんかい?」
初めて自分で言った言葉の意味を理解しないまま言った。
「おっちゃん誰」
まるで、僕が殺人を犯した人かと自分で錯覚してしまうぐらい冷たい目で少年は睨んだ。
少年を出会ってから1度も視線を逸らさずにジッと見つめ、360度良く目を凝らして眺め、リョウの周りをグルグル周りだした。
やはり僕だ。 34年前の。
リョウは何度も顔を叩いたり、つねったりした。ただ、顔が赤くなりヒリヒリするだけで夢からは覚めない。
「なにやってんの」
冷凍庫の奥にしまってあったかのような冷えた目線がリョウには痛かった。
ハッと我にかえったリョウは少年の肩をぐっと掴んだ。
「今からここにサオリがくる。そうだね?」
「う、、うん、てか何で知ってんだよ」
「いいかい、君とサオリは別々の大学に行く。そうだな?」
(君)を(俺)と言ってしまいそうだった。もちろん間違いではないが、少年を困らせないために心の中だけに留めた。
リョウは強いけんまくで少年を引き寄せた。
外では、吹奏楽部のパート練習のホルンが教室まで響いていた。
「そうだよ、だから何で知ってんの」
少し口元を緩ませながら、もう一度繰り返した。目はじっとリョウを離さなかった。
「今日で最後なんだ。さおりと会えるのは。」
「いやいや、家も近所だしいつでも会いに行けるよ」
「最後なんだ。」
思わず声が大きくなって廊下まで響いた。
「なに言ってんの」
少年は不思議そうに首を傾げ、リョウを出会った時と同じ目で睨んだ。
廊下からぎしぎしとまた誰かが来る音が教室まで近づいてきた。急いでリョウは少年の手を引っ張り教卓の下に引きずり込んだ。
教室のドアを開ける音がして、教卓から顔おだして見てみると、すらっと伸びた足に、艶やかに光る髪とキリッとした鼻。手には棒付きの飴。まぎれもなく、あの頃のサオリだった。なんだか涙が出てきそうになってグッと堪え、少年の肩を再び掴み。さっきより強い口調でいった。
「君はサオリのことが好きだ。」
「ちょっとおじさん」
「隠さなくてもわかってる。好きなんだろ。大好きなんだろ。」
念をおして訴えかけた。少年は抵抗もせずただただ、強い目でリョウを捉えた。
「練習に身も入らないぐらい好きで好きでどうしようもなかった。うん。どうしようもなくだ。」
「ちょっとまってって、おっちゃんは一体なにもん何ですか。」
少年は少し恥ずかさと怒りが混ざり、再びこのセリフで疑心を解こうとこころみた。
「ワンピースの7巻。その間にサオリの水着写真を隠して持ってる。」
少年はバックに、目をやった。
「一回だけ。一回だけだ。それでオナニーをした。後悔した。」
リョウの感情の節々にタマシイが宿っていて目は血走っている。少年はただ呆然とした。
「いいか、ここで告白しなきゃお前は一生後悔する。
いや、少なくとも27年間は後悔してる。」
少年は首を倒した。口が開き思考が停止してるかのようにもみえる。
「大学になってバーで引っ掛けたしょうもない女とできちゃった結婚。サッカーも諦めどうでもいい会社に就職する。出来の悪い娘は宇宙人みたいな彼氏を毎日うちに連れ込む。嫁は毎日顔面真っ白にして踊ってる。」
少年を言葉で押しつぶし、一方的に投げつけた。リョウの目は血走っていた。
「おっちゃん、だからなに言ってんの?」
「今ならやり直せる。いけ。」
リョウを教卓から突き飛ばした。鈍い音を立てて机に頭をぶつけた。
「なにやってんのそんなとこで」
決して高いとは言えない鼻にかかった優しい声がした。
「あの、、ほら、、その、、あれをな、、あれだよ」
動揺が隠せず、身体中を触って何かないかと探り始めた。
「これやるよ」
「なにこれ」
「Jリーグカードだよ、それめっちゃ貴重なやつだからな、大切にしろよ。」
とっさに出た答えが、何だか訳の分からないものになった。
「ふーん」
5時のチャイムがなる。外は、桜が綺麗に季節を彩っていた。空の色もいつもと違う。
「大学では何を勉強するの?」
「特に理由とかないけど経済学かな、なんか響カッコいいじゃん。でもオレはまたサッカーで朝から晩まで忙しいし勉強といっても講義では寝るだけになりそう」
「確かに、リョウちゃんはいつも寝てる」
「寝るっていってもあれだぞ、体力の温存だから別に寝たいから寝てるわけじゃねぇからな。」
「あのさ、プロサッカー選手になったら見に行ってあげるから。」
リョウの心臓が教卓から突き出しそうだった。手の震えが教卓に乗りうつった。
「おう」
「じゃあね、もう行くね、」
あの日と変わらないやり取りが今、目の前で繰り返されてる。
「おい、何で呼び出したんだよ。」
「別に、」
「なんか言いてえ事とかあったんじゃねえのかよ。」
少しぶっきらぼうに放った。
「もう言ったよ、じゃあね、」
リョウには、優しすぎるほどの瞳が、どこか懐かしく感じていた。ちょっと見惚れていた。
「さおり」
その時出せる1番の力を使って呼び止めた。
桜の花びらが窓に張り付いた。風が 弱まり、静寂が続いた。
「俺、さオリの事、、、」
リョウと少年の思いが重なり、同じ人間が同じ時間を共有する事への不信感と興奮が2人を包んでいた。長い沈黙が続き、奥にしまい込んでいたものを言葉に、変換しようとしたその時、外から自転車のベルが鳴った。
「チリンッチリンっチリンッチ」
3人が窓の外を見て、頭のハテナが浮き上がった。
「さおり〜、さおり〜〜」
聞いたことのない図太い声が下から湧き上がってきた。さオリは窓の下を背伸びをして覗きこんだ。後から、少年も覗いた。
「さオリまだここにいたのかよ、いつまで待たせんだよ。」
見知らぬ赤いネクタイをしたハンチングの帽子の男がこちらを見上げて叫んだ。
「誰そいつ、友達?」
赤ネクタイが尋ねて
さオリは強くうなづいた。
「初めまして、吉田っす。こいつの彼氏っす。」
さオリはリョウの顔をジッと見つめて黙って教室を出て行った。
教室内は異様だった。血の気が引くとはこの事か。頭が吹っ飛ぶとはこれか。さオリの目には力を感じなかった。心臓の音がリアルになっていくのを感じる。
出て行った扉から少年は目を切る事が出来ずただただずっと見ていた。リョウは立ち上がって窓の外を見ていた。
「遅いよ〜何してたの〜」
ハンチングの男がカオリの肩を抱きながら、バックを前カゴに入れた。
カオリがその男の自転車の後ろに乗って腰に手を回した。校舎の二階からリョウと少年はそれを眺めているだけだった。
その自転車が走り出し、リョウは視線を足元に落とす。雫が1つ溢れ落ちた。俺は何してるんだ、なんでカオリの隣が僕じゃないんだ。心で何百回も叫んだ。
リョウは、諦めていた。やっぱりダメか。過去に戻っても無理なものは無理なんだ。そんな事を思いながら視線を戻すと、少年の姿がなかった。
「好きだ」
キーッというブレーキ音とともにものすごく熱量のある怒声に近い叫び声が窓の下から聞こえた。リョウが窓の下を覗いた。
ハンチングが少年をグッと睨みつけている。少年はそれに少したちろぐが二本足で踏ん張った。
「俺、サオリのことが好きだ、毎日毎日練習にも身が入らないほどお前の事を考えちゃうんだ」
少年は一息で言い切って、最後酸欠になりかけたが何とか言い切った。
「好きだよ、好きなんだよ。」
中にしまいこんでいた思いが次から次へと出てきて自分でも驚くほどだった。
カオリは自転車から降りて、少年のもとへ歩き出した。
「リョウちゃんごめん。プロサッカー選手になって、、」
今さっき聞いたばかりのセリフを吐いて、
サオリの右目から光が溢れた。そう言って、また自転車の後ろに乗って正門に向かって走り出した。
少年は顔を上げることができない。足元の砂の色が焦げ茶色に染まっていく。降りてきたリョウが少年の肩に手をのせる。一度振り払われたがもう一度肩に乗せ、強く抱きしめた。抱きしめた途端に少年は声を上げて泣いた。リョウもはばからず泣いた。2人の頬が桜色に染まった。
3
リョウは目が覚めた。顔を何度も叩いた。痛い。俺は戻ってきたんだ。夢だったのか、そうでないのか、いまいちわからないでいた。ただ、鏡をみると目が少し腫れている。
「パパ〜」
部屋に、あかりがついた。
「何してんの、晩御飯できたよ」
娘の明るい髪の毛が眩しかった。
部屋を出ると何だか異様な雰囲気を感じた。リビングに向かう道が薄暗い。
「ぱっん 」
クラッカーの音がリョウを包んだ。
「おめでとうございまぁ〜〜す」
「おめでとう」
「おめでとう〜」
リョウは開いた口が塞がらずにいた。火薬の匂いが鼻を刺激した。
「お父さんミラクルじゃないっすか〜」
娘の彼はまた訳の分からないことをぬかした。
「パパ自分の誕生日忘れてたでしょ」
妻の笑顔を久しぶりに見た。なんだか出会った頃を、思い出した。
向こうからケーキを持った娘。なんだか、その光景も小さかった娘と重なって感極まった。小さな手は今も変わらない。
ケーキには54本のロウソク。娘は、三角の赤い帽子を僕に被せた。
「ハッピバースデートゥーユー ハッピーバースデートゥーユー」
家族が歌を歌い始めた。なんだか皆んなの笑顔が嬉しくて、リョウにも笑顔が溢れた。いつぶりに笑っただろうか。
過去をとってもカッコよく話す人が周りにも沢山いる。もちろん、してきた事は素晴らしいものであって自慢したくなるものもある。ただ、それが何だ。大切なのはいつか過去になるイマを精一杯生きる事だ。その運命は変えられない。運命には従わなくてはならない。イマをしっかり生きよう。そうすればミライは輝く。どんな時もイマを好きでいられる。あの頃は僕にとって宝物だ。そして今目の前にいる家族も、この時間も僕にとってかけがえのないものだ。イマを生きること。神さまは、そンな事を考えさせてくれるタメの出来事を僕にプレゼントしてくれたんだろうか。
そしてその曲が終わり、消して消してと促された。
リョウはフッとロウソクの火を消した。