2020年06月01日 (月) 00:56
今日はメニューをどうぞの更新を予約しています。
明日は転生幼女~です。
今月は交互に更新するつもりなのでよろしくお願いします。
メニューをどうぞをご予約いただいた方々、ありがとうございます。
最重要視されるのは紙の本の初週の売れ行きらしいのですが、私個人としては電子書籍でもとても有り難いので、皆さんの無理のない方法で手に入れていただければと思います。
どうぞよろしくお願いします。
これだけでは何なので下に4巻でカットしたワンシーンを置いておきます。
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カドチェク貝の話
「……腹減ったぁ。もう、ダメ! 飯、飯食おう、ヴィル」
グレンダードが唐突に声をあげて、べったりと卓に顔を伏せて突っ伏した。
八角形をした黒塗りの美しい卓は、異世界人のもたらした技術で作られた精緻な工芸品だ。
大迷宮の深部に生息するカドチェク貝を使った燦めく螺鈿の細工が天板の上に美しい紋様を描き出している。
強い魔法耐性を持つレベルⅤの魔生物────それが、カドチェク貝だ。
「……まだ、時間じゃない」
マクシミリアンの秘書官であるヴィルラードは眉を顰める。
傍らにはまだ処理が終わっていない書類が小さな山を作っている。今日中にやらねばならない、というような切羽詰まったものではなくとも、できるだけ早く処理をしてしまいたい。
大迷宮ではいつ何が起こるかわからない。
できるものはできる限り前倒しにして処理をするというのが、アル・ファダル総督府でのローカルルールである。
「あと三十分足らずだって! いいじゃん、お堅いこと言うなよ~」
「駄目。おまえはすぐにそういうとこグダグダにするから厳しくするように殿下から言われている」
「ひっで~~~。マジでペコペコなんだってば。今、レストランに行けば、賄いにありつけると思うんだよ。……今朝、荷物が来てたみたいだし、もしかしたら殿下達からも何か届いてるかもしれないじゃん?」
「……もっともらしく言ってるが、目的は賄いだろうが。おまえ、昼はヴィーダ達に手間をかけるなって言われているだろうが」
「えー、賄いをちょこーっと増やしてもらうだけだよ~。それに、昨日、トトヤからカドチェク貝が入荷したって聞いたんだよね~。通常の生息域じゃない場所だったって言うし、報告書は後で回ってくるにせよ、実物見といた方がいいんじゃないの?」
カドチェク貝は、魚介類を専門で扱う探索屋であるトトヤでさえ、年に数えられるほどしか扱わない大物だ。
生息域はかなり深部であり、中堅探索者がチームを組んでも仕留めきれないことが多々ある。
その深度にまで潜るならば、それ以外にももっと金になる魔生物がたくさんいる為、挑む者が少ないということもある。
だから、カドチェク貝が汁物になると素晴らしい出汁を出すと言うことは、トトヤ一同のみならずマクシミリアンですら知らなかった────レストラン・ディアドラスの時価メニューにカドチェク貝のスープが加えられるまでは。
「たぶん、ヴィーダは、殿下を待たずに処理しちゃうと思うんだよね……それに、もしかしたら、カドチェク貝で何か試作してるかもしれない……」
ヴィルラードがカドチェク貝のスープをとても好んでいることをグレンダードは知っていた。
本人隠しているつもりでも、その態度をみていればバレバレだ。
「う゛、むむむむ…………い、いいや、駄目だ」
ヴィルラードは誘惑を振り切り、首を横に振った。
カドチェク貝の料理、どれもかなり人気であるにも関わらず、食材の入荷が安定しないため、幻の一品となっていて、食べられるものなら食べたい…………それがヴィーダ・シリィの手から成るものであれば尚更だ。
だが、それでもマクシミリアンの言いつけは絶対である。
だが、その様子はグレンダードには付け入る隙があると判断できるものだったらしい。
しめしめ、という顔でもう一押しとばかりに言葉を尽くす。
「えー、いいじゃんか~。試作品をいただくことは手を煩わせることにはならないだろ」
ヴィルラードは、美しい卓の模様とグレンダードと書類を順繰りと見回し何かを堪えるような顔をする。
「だいじょーぶだって、ヴィーダは殿下に告げ口とかするタイプじゃないし!」
当たり前のような顔で行けば、絶対にバレないって! とグレンダードは笑う。
「……いや、しかし……」
「ヴィーダは試食してくれる人間は多い方がいいっていつも言ってるだろ」
「それはそうだが…………」
何だか丸め込まれているようで口惜しいのだが、グレンダードが言っていることにも一理ある。
そして、ヴィルダードは、同時に心の奥底に押し込めようとしていた食欲に白旗をあげた。
「……わかった」
重々しくうなづいたヴィルラードの様子に、ぱあっとグレンダードの表情が晴れる。
「やった、ヴィル。話がわかる~!」
「…………だが、戻ってきたら、これが終わるまで帰さないからな」
そう言いながら、ヴィルラードは傍らの書類の小山をグレンダード目の前に移動させた。
「ひぃぃっ、ヴィルの鬼~~~」
執務室にグレンダードの悲鳴が響く。
(丸め込んだつもりで、仕事を押しつけられていれば世話ありませんね……)
執務室に入ろうとしたところで立ち止まり、聞き耳をたてていたイシュルカは溜め息を一つつく。
(……とりあえず、彼らより先に厨房に行くとしましょうか)
グレンダードに同情する気はまったくないイシュルカはさっと早足でその場を去り、厨房へと足を向けた。
それと、一部の誤字報告を送信しました。