『いつか貴女の手を引けるように』小咄その7
2024年06月21日 (金) 23:36
 高い場所を好む。もしくは黄金色のものを好む害虫。
 
 先日の中庭での犯人はすぐに分かった。逃げる者を近くに住む平民が見かけ、後を追ったのだ。残念ながら目当ての人物ではなかったが、関わりのある貴族だった。富を蓄えることを何よりも好む御仁だ。
 平民が何故そのような密偵のようなことをしたかといえば、彼らにとってオレは腹を膨らませてくれる存在だからだ。
 値上がりする食料。自分はおろか、子供達にすら満足に食べさせてあげることもできない。王がこれまで幾度となく対応をしてきたが、喉元過ぎればという奴で、のらりくらりと上手いことかわす。
 
 そんな中、食べられる菜や実が出来れば、ジョバンニを通して平民達に分けていた。ただでさえ他国の人間が、王が溺愛する末姫の婚約者となったのだ。民がオレに関心を持つのは当然といえた。敵に回さないために配っていたわけではない。オレがここにいる意味は、民の食糧難を解決する糸口を掴むためだ。結果を出してこそ、あの方の隣に立てる。
 
「……先生、オレ」
 
 その先を口にしようとするジョバンニを手で制する。
 
「何処に人の耳目があるか分からないから、それ以上口にしてはいけない。それに、言わなくても気持ちは分かっている」
 
 口を真一文字にして、耐えるようにジョバンニは頷いた。
 
「ジョバンニに手伝ってもらいたいことがある」
「なんでも! なんでもやります!」
「明後日、ここに大量の苗が届く。育てば大きく栄養のある菜を沢山茂らせるものの苗が。皆に期待するよう伝えてもらえるだろうか」
 
 何かを言おうと口を開いたジョバンニに、オレは人差し指を口元に当てた。慌てて口を閉じるジョバンニに笑いかける。
 
「分かりました」
 
 走って中庭から出て行ったジョバンニと入れ替わりに、姫がやって来た。
 
「ジョバンニが嬉しそうに駆けて行ったが、何か良いことがあったのか?」
「ここの土壌でもよく育つと思われる苗が届くので、それを皆に伝えに行ったのです」
「そうか! それは朗報だ!」
 
 焼き払われた植物は土の中に漉き込んだ。そういった農法もあったことを思い出してやったが、どれだけの効果があるかは分からない。
 中庭に新たに移して地植えした花を姫が眺めている間に、そっと姫の侍従に目配せする。すぐに察した侍従はオレに近付いて来た。姫に気付かれないよう、そっと紙を渡す。
 
「宰相に」
「必ず」
 
 先日以来、幾度かコートニー卿とはこうしたやり取りをしている。
 準備は整った。
 
 まずは、黄金色を好む虫から駆除する。
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jacque_hisa
2024年06月22日 04:01
その後、嬉しいです!