2023年09月19日 (火) 19:32
みなさん、こんにちは!
夏の暑さも少しずつ治まってまいりました。
さて、私はコロナは無症状陽性になる人間なのですが、副作用はガッツリあったらしく、原因の分からない胃痛に苛まれていました。今はもう治りましたが、最初は熱中症なのか副作用なのか分からず苦しみました。ハッキリして欲しいですね。
色んな薬やら食べ物を試して、
痔でもないのにボラギノールを飲んだりしてました。
(胃痛に良く効きました)(*´꒳`*)
そんな話はさておき「活動報告」です!
ついに!
「あたしはなかなか可愛い」の裏設定を話していこうと思います。
前もって話しておきたいのは、別に私はこんな苦労をした事がある訳ではありません。
ただ感受性が豊かな人間なだけなのです。
人と対面する、すれ違う、後ろに立たれる、それだけでその人の感情に圧倒されてしまう。自分という個が掠れて消えたように感じ、また感情によっては自分に移って3日〜1月程苦しむことになります。理由も分からない感情に!!!
まぁ、そんな人間ですから相手がどうしてその感情を持って歩いているのか気になる訳です。理由付けて解決していかなければ寝れません。
なんとなく歯軋りするくらい憎たらしかったり、なんとなく助けて欲しくその手に噛みついてやりたかったり、なんとなく人間に恐怖心と不信感を抱くことになったり、自分の感情でもないものに振り回されました。
解決策として、そんな自分に移ってしまった感情を声劇台本として書くようになりました。
読んでくださったり、声劇を聞いてくださる方々のおかげで、かなり楽になりました。
「あたしはなかなか可愛い」もその一つです。
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◯設定はアメリカ黒人女性。
台本内では、色眼鏡なく見て欲しかったため「ブラックらしく」という言葉を使わず「それらしく」という言葉で伏せています。
奴隷農村の名残りもあり、出身はアメリカ南部の農村で貧しい雇われ農夫のもと生まれました。
というか親類全て雇われ農夫です。
弱者への暴力が常にあり、弱者筆頭の女性親族が少ないです。殴られて早死にしているので。
声劇台本の「母さん」は14才で主人公を出産しています。
この親族の中では唯一の女性です。
「母さん」の母、つまり主人公の祖母は主人公が産まれる前に死んでいます。
「母さん」は1人が寂しく、主人公を捨てませんでした。
彼女は義務教育を受けたことがなく、その存在も知りません。また親族による幼い頃からの教育ハラスメントによって、働いていない自分は股を開くのが当然だと思っています。
ひとり生き残ってきた彼女は、ストレスの捌け口を探している殴る人や殴られそうな雰囲気を察知することに長けていました。
また、彼女にも察知できない唐突に殴る人は「クスリ」を吸っているということも知っていたため、「クスリ」を吸っている人は主人公になるべく近寄らせませんでした。
自分が犯され吸うことになっても娘には決して吸わせないのです。
◯「幸せになりなさい」という言葉。
彼女の暮らす村にはブラック用教会がありました。
膨れるお腹を不安に思い、噂話をたどり生まれ初めて教会に行きます。
そこで出産やら子育て支援などの市役所の支援を知ります。運良くNPO団体にも繋がることができて、無事に主人公を産み育てることが出来ました。
膨れたお腹の中に子どもがいるなんて最初は信じられなかった彼女も、十月十日の間にだんだんと不安になって行きます。
お腹を突き破って来たらどうしよう?どこまで大きくなるの?私に育てられるかな?どうやって産めば良いの?……などなど。
子どもを産むことに不安がる彼女に、教会や市役所やNPO団体の人間が口を酸っぱくしていいました。「幸せになれますよ」「おめでたいことですよ」って。そして子どもと一緒に「幸せになりなさい」と。
彼女にとってそれは初めてのプラスの言葉でした。その言葉に怪しい力や神聖なものすら感じた彼女は、娘に口癖のように言うようになります。
「幸せになりなさい」と。
◯主人公
主人公は16才で子どもを産みます。「母さん」は30才です。
母親のおかげでクスリを吸わずに育ちました。また母が教会や市役所やNPO団体のところへ主人公が体調を崩すたびに通っていたので、彼らから教育を受けて育ちます。
主人公は子どもを産むことに対して疑問がありました。
クソッタレの親族とまともな人達を見比べて、自分たちはこのまま子が絶えて滅ぶべきだと考えていたのです。
教会などの圧力によって妊娠したら産むしかない中、破滅的思考に陥った彼女は一世一代の決意と行動を起こします。
まず、彼女は教会前で子どもの養育費としてボランティアからお金を集めました。そのお金は教会の墓地の新しい墓に埋め隠しました。
そして出産後、お金を掘り出し赤子を連れてヒッチハイクをします。
「旦那に子どもを殺されちゃう。街にいるはずの姉に守ってもらうの」といって。
5日かけて大きな駅がある街に辿り着きます。
とにかく人の多い場所で子どもを死なせるつもりでしたが、あまりに場所が綺麗で、人のなりも穏やかで気後れしてしまいました。
駅を彷徨っていると汚らしいロッカーが目に入ります。タバコの吸い殻などが散乱する様子を見て、やっとホッとしました。「それらしい」場所です。自分たちに相応しい場所だと。
もしかしたら、良過ぎる墓場かも知れないと思いながら人目を憚らず赤子をロッカーに入れます。そのまましばらく2、3日ロッカーの傍で生活したのち、村へと帰りました。
帰りは1日で村へ辿り着きました。
親切な方が、ロッカーの横で座っていた主人公を家出少女だと思って、村まで車で送ってくれたのです。
ヒッチハイクで5日間もあっちこっちに行く車に乗っていった行きとは違い、たった1日でたどり着いた村に主人公は驚いたことでしょう。
自分の一世一代の決意で行った距離が、たった1日の距離だったなんて……と挫折感も味わったかもしれません。
数ヶ月後、主人公を捕まえに来た警察が、主人公の生活環境を見て捜査が入り、母以外の親族たちが捕まりました。
彼女が望んだ通りでした。ロッカーに赤子を押し込む姿が防犯カメラに映っていて、また家に送ってくれた親切な方の顔もバッチリ映っていたのです。
警察が主人公を車に乗せる時、30才になる母は何も知らなかったけれども娘を1人にしてはいけないと強烈に感じました。
腕をひっしと掴み祈るようにいいます。
「幸せになりなさい」
◯16才で入所。26才で出所。母は40才。
26才で出所した主人公。母は40才でNPO団体で働いていました。自分のこどもを殺した事実と10年の刑務所生活で主人公の心身はボロボロでした。
自分には幸せになる資格なんてない。イかれた親族の血を引いた死ぬべき人間なんだ。幸せになんかなれない。どんなに母が望んだって祈ったって。幸せになりたいなんて思えない。
そもそも母が暴力から逃れられる人間でなければ、母も死んでいて自分だって生まれていない。
母も死んでいたら良かったのに。
こんなの無駄な命だ。
親族の血を一滴たり残しちゃいけないのに無駄に生きた。
無駄に血を繋いだと母に憎しみを募らせました。
10年寂しく1人暮らした母は、そんな娘にどこ吹く風で「あなたも働きなさい」といいます。
◯33才に結婚。母は47才。
非常に悩んだのですが、働き始めて結婚するまで7年の設定にしました。
心身ボロボロになって数年で立ち直れるわけでもないし、でも時間の猶予のない彼女たち(成長期に暴力に晒された女性はたいてい40代に亡くなる)のために救いの物語にするためには、ギリギリの設定でした。
働き始めて自分で自立して生きていけるようになって始めて、主人公は自分を愛することが出来るようになりました。
母を愛するようになりました。
そして母娘ともどもに、率直に憎しみも悲しみも喜びも口に出来るようになったころ、そんな率直な主人公に夫が惚れ込んで付き纏い始めます。
そして結婚するのです。
◯結婚後、生まれた孫と行き違いのように亡くなる母。
結婚後、すぐに子どもが生まれます。だいたい一年くらい。
結婚前性交の子どもなのかはご想像にお任せします。
47才になる母は、産気づいた主人公を病院に送った後そのまま受付近くで倒れます。そして一晩待たずに亡くなります。
病名はさまざま付きました。
子どものあれこれと母の葬儀とで肥立が悪く、死んでしまいそうな主人公でしたが、夫と夫の家族がしっかり支え、なんとか生きていくことに。
そして言うのです。
「幸せになりたい」
母さんのように、
「幸せになりなさい」というのはシャクだから、
「幸せになって」っと。
貴方の幸せが私の幸せなのだと。
「ほら、あたしはなかなか可愛い」
これは、自己肯定感と自己肯定力をテーマにしたお話なのです。