2020年02月17日 (月) 10:41
いつも来ていただいてありがとうございます! 年度末で忙しくなってしまい更新が週1程度と滞り気味ですが引き続きお付き合いしていただければ嬉しいです。
本編には入らない小話をアップします。お楽しみいただければと思います!(’-’*)♪
──────お土産の小話。
僕が王城の厨房見習い兼雑用に採用されてから半年が過ぎ、少し前から後輩が出来た。
「アッシュ君、ちょっと一緒に来てもらっていいですか?」
「え? はい、何でしょう」
白いエプロンを頭から外しながら、にこにこと話し掛けてきた彼女。ユイさんは僕より2つ上の15歳だ。
彼女は人間界に遊びに行った際、背中まであった髪を首の辺りまでバッサリ切ってきて、厨房の皆を驚かせた。
先輩は嘆いていたけれど、僕はユイさんに良く似合っていると思う。
僕の職場は東塔3階食堂。その廊下を挟んだ向かいにある医務室(彼女いわく保健室)が本来の仕事場。
ユイさんは人間で、高位の光魔法の保持者、更に王弟殿下タクト様の恋人という、だいぶ濃い肩書きを持っていて、魔界のトップに君臨する魔王様、続くダミアン様、門番責任者のガヤ様、諜報部エースのアビス様と、彼女の周りには桁違いの魔族が勢揃いしている。
僕の仕事も今日は終わりなので、紺色のコックコートの上のボタンを外しながら、ユイさんの後に続いた。
着いた場所はユイさんの医務室だった。
「これ、人間界のお土産です。きっと似合うと思います!」
「あ、ありがとうございます」
手のひらに乗るサイズの紙袋が僕ので、大きな紙袋は皆で食べてと2つ渡された。
ユイさんは医務室の鍵を閉めて「また明日!」と笑顔で去っていった。
魔界ではお土産なんて渡す習慣はない。貰ったこともなくて、つい口許が緩んでしまう。
嬉しいものなんだな。僕もどこか行ったらユイさんに買おう。
うっかりニコニコとした顔のままで厨房に行ったら先輩が乱暴に肩を組んできた。
「何貰ったんだよ。ニヤニヤしやがって」
「人間界のお土産だそうです。こっちは皆さんで、と」
そう言いながら、大きな袋の方を先輩に渡す。
「そっちはアッシュ個人のか? 仲良くなったもんだな。アッシュは女顔だから話しやすいのかね」
「そう……かもしれません」
医務室オープン初日の午前、ユイさんの医務室には誰も来なかったらしく、厨房に手伝いを申し出てきた。
城でも1、2を争う程の激務と呼ばれる食堂業務。常に人手が足りない状態で、彼女と僕は一緒に食器洗い担当になった。
城に勤める最年少の僕は人間を間近に見たのも、光魔法保持者と接するのも初めてで、恐ろしさもあり、彼女が話しかけてきてくれても、ろくに返事をすることができなかった。
2日、3日と同じ業務をこなしていくうちに、彼女の仕事の丁寧さや真面目さに感心し、少しずつ距離が縮まっていった。
ユイさんの仕事への姿勢に感化される先輩も多く、真面目に仕事をする先輩が増えて、定時で寮に帰れる日も増えていった。
「で? 何貰ったんだ?」
「わかりません。似合うと思うと言われましたが……」
先輩も興味がありそうなので、その場で袋から出して包装を解いてみた。
「「え?」」
中から出てきたのは箱に入った、径5cm、高さ1cm程度の平べったい缶2つ。人間界の物には間違いないけれど……。
「酒の肴だな」
「酒の肴ですね」
缶にはキャビアとアンチョビの帯が巻いてある。
「お前酒飲むっけ?」
「まだ飲んだこと無いです」
妙な空気が流れる。
「もしかして、贈る方を間違えたんですかね? お酒のお供ならアビス様とか」
「アビスは爪に塗るやつ貰ったって、昼に喜んでたぞ」
「ではガヤ様……?」
「ガヤさんは甘党だろ」
「……ダミアン様」
「ダミアン様も甘党だったはずだ」
「西塔のお姫様?」
「姫に酒の肴はさすがにねぇだろ」
「じゃあタクト様」
「2人は一緒に人間界に行ったんだろ? 土産買うか?」
「「──……。」」
嫌な空気が流れる。
「まさか魔お──」
「言うな! アッシュ、これ絶対食うんじゃねぇぞ! お前は開けてないし、見てもないない!」
バックヤードに居る皆を見渡せば、全員が真剣な顔で頷いている。
ユイさんは魔王様が直々にここに迎えにいらっしゃる程、気に入られている。
そんなユイさんからの贈り物を城一番の下っ端が開けたとなったら……殺されるかもしれない。
僕はそっと包装を元に戻し、明日必ず返そうと心に決めた。
☆★☆
「この菓子は中々美味ですなタクト様」
「それは良かったです」
人間界でユイが土産を買うと言うので、兄共々お世話になっている七三のガジリスさんに買ってみた。
喜んでもらえたようで安心した。
ユイも昨日のうちに配り終わったと言っていた。
俺の知るいつもの面々+食堂の先輩に土産を買っていたが……先輩か。
2つ下だと言っていた。さすがに厨房の雑用までは知らない。
──ん? 雑用ってもしかしてあいつか?
以前、ユイが食堂の前で魔族相手に一戦交えたとき、ダミアンさんの執務室に報告に来た奴が年下っぽかった。
やたらと女顔の少年で、ユイと並べば姉妹と間違えられるレベルだろう。
女物を取り揃えた店でそいつへの土産を買ったって言ってたから、そいつへの土産は男に贈るような物ではないんだろう……そう警戒する必要もないか。
そんなことを考えていたら、執務室の扉が開いて部屋の主が入ってきた。
「おはようございます魔王さ──」
「おはようございます、兄さ──ブフォ!!」
目の前に座っている七三のガジリスさんは固まり、俺は盛大にコーヒーを吹き出した。
視線の先にはあまりにも少女趣味の薄桃色のレースリボンタイをつけた魔王が居た。
「に、いさん……それは……」
「ユイの土産だ。なかなか気に入っている」
「そ、れは、良かったです……」
まさか、あいつ……。
兄さんと少年の土産が入った袋だけ白かったから、ユイが取り違えたことは容易に想像がつく。
兄が見ていない隙にガジリスさんが“どういう事ですか”という視線を寄越すが、俺は関与していないと顔を横に振ることしか出来ない。
少年が使うなら似合ったことだろう。
いや、語弊がある。
兄は普段からフリルやレース物を着ているから似合わないわけではない。気に入っているのも本当だろう。
その証拠に今日の兄さんはすこぶる機嫌が良い。
仕事は確実にはかどりそうだが、いかんせん威厳がない。
書類を置きに執務室に来る面々が驚愕の顔をしていく。
きっと少年に酒のアテを贈られた少年も動揺してるだろう。
なんて爆弾を投下しやがったんだユイ……。
その時、爆弾犯が取り違いに気付いたのか走ってくる気配がした。
兄さんも気配に気づいている様で、緩んだ顔でリボンタイを直している。
きっとユイは言うだろう「すみません! そのお土産お兄さんのではありませんでした!」と。
兄さんは自分の物だと言い張るか、しょんぼりとリボンタイを外すか……どちらかはわからないが落胆するのだろう。
ドンドン! と慌てたようにノックがされ、兄さんが「入れ」と促す。
そして案の定、ユイが……。
「すみません! 昨日のお土産──」
「ユイ!」「ユイさん」
「えっ」
ガジリスさんと目が合い、彼は頷いた。仕事が進捗することを取ったらしい。
「な、何?」
「まず、兄さんの話を聞け」
不思議そうな顔をし、兄さんを見たユイの目が大きく広がった。
「どうだユイ、よく似合っているだろう?」
ユイが固まった。
数秒後、チラリと俺を見た。
俺が頷くとユイも頷いた。
「オニアイデシ」
片言な上に噛んだな。
スゴスゴとユイは退散していった。
次の日、直ぐにユイにもっとマトモなモノを買いに走らせたが、兄は3日に1回はそのリボンタイを着けてきて周囲を固まらせることになった。
勇者が魔界への入り口を見つけ、ここに辿り着いた日が3日に1回に当たらないことを祈るしかない。
☆★☆
後日。西塔8階、寝室。
「ユ、ユユユユユユユイさん!」
「え、なに?? どうしたの? エリー」
タクトと夕食をとって部屋に戻ると、見るからに興奮したエリーに両手を握られた。
髪には私が贈ったリボンが飾られている。思った通りエリーに良く似合う。
「昼に窓から回廊を歩く魔王様をお見かけしまして」
「へぇ、それで?? 目が合ったとか??」
「ち、違います! ユイさんに頂いたこのリボン、まさか魔王のリボンタイとお揃いなのではと……」
「あ……そうだね」
「っ!!!!!!!」
「は!? エリー!!」
鼻血を出しながら踵を軸に後ろに倒れていくエリーはとても幸せそうだった。
ピンクを上手に着こなせる男性は素敵だと思います!(力説)
是非3日に1度の当たり日に当たって欲しいです!(*´∇`*)