2016年11月14日 (月) 18:51
自分の作品に感想を書くというのも奇妙な行為ですが、「雲海」を読み直してみて、思い浮かんだことがあります。
バルドの不帰の決意は、ジュルチャガのためのものだったけれど、それは結局バルドの存在を永遠にしたのだな、と。
死病に取りつかれたジュルチャガが、「旅に出たい」と駄々をこね、ついにそれに同意したとき、バルドの頭のなかにあったのは、「ジュルチャガの心が少しでも安らぐようにしよう」ということだけであり、旅に出たあとのことなど深くは考えていなかったでしょう。
そしてジュルチャガが死んだとき、バルドは、「旅は終わったなあ」と思ったのです。
旅は終わったのですから、帰るべき場所に帰らねばなりません。すなわちフューザリオンにです。
ところが、そのときカーズは首を横に振り、ジュルチャガの魂までもが、「やだなあ、旦那。旅に連れてってくれるって、約束したばっかじゃん」と、フューザリオンへの帰還を拒否します。
その言葉を聞いてバルドは気づきます。
「そういえば、そうじゃ。遺髪を届けて死んだことを知らせれば、ジュルチャガの旅はそこで終わる。知らせずに旅を続ければ、ジュルチャガも生きて一緒に旅をしておるのと同じことじゃ」
だから、ジュルチャガを死なせないために、その存在を永遠のものにするために、バルドは帰ることのない旅を続ける決意をしたのでした。
そこには、自分自身の権利や名誉を、幸せさえも、守ろうという気持ちはありません。バルドはあっさりと、自分の余命をジュルチャガにささげたのです。
ところが、ジュルチャガの死を秘匿するための旅は、結局、バルド自身の死を隠す旅となったのです。
いえ。バルドは死なない道を選んだのです。
誰もバルドが死んだ場面をみていないのですから、バルドの死を語れる人はいません。つまりバルドは、死んでいないのです。
人々はそう信じることができました。
バルドは永遠の旅人になったのです。
そこまで考えて、ふと思いました。
ジュルチャガが旅に出たいとわがままを言い立てたのは、本当に自分のためだったのだろうか。
皆さんは、どう思われますか。
その後、カーズはどうなったのでしょうか。
ジュルチャガやバルドの魂と共に、山向こうで旅を続けたのでしょうか。
また一人なのかと思うと何とも物悲しくなるのです。
最後、ジュルチャガがバルドを父ちゃんと呼んだ際、あの滝のほとりでカーズが生まれ変わった際の、いーなーと羨ましがる言葉と自分が兄だとの言葉は、ここに繋がるのか!と、興奮し、カーズがジュルチャガから貰ったマントでジュルチャガを包んでやったシーンには何とも言えない感情が湧きました。
素晴らしい作品をありがとう。