2015年10月17日 (土) 00:18
タイトルが思いつかなくて、「崖の上の魔女」とか半ば本気でつけようとしていました。ありふれた、言っちゃえばキャッチ―さの欠片もないタイトルなのに溢れ出すパロディー感。大手は罪深い。
以下、ハンスがどうしようもない小話。
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ハンスが話しかけると、クリスは蝋版に文字を書いて答えるようになった。
ハンスはこれがとても気に食わない。
「俺が文字読めない事知ってるだろ」
クリスは「わざとだ」とばかりにつんとして答えない。
ならばと蝋版を奪ってそのまま文字を読める知人の元へ行こうとしたが、彼女が許すはずもなかった。
文字を書き留めようにも家に着くまでにはすっかり忘れてしまっている。しかしこのまま負けっぱなしで悔しくないわけがない。
いい機会だ。知人の家に乗り込んで教えを乞う事にした。店の酒を卸している学者の家だ。人魚について研究している、酔狂な人間である。普段は無口だが、人魚について語らせれば三日三晩喋るだろう程に饒舌になる。
そんな人間の元に、ハンスは時間を見つけては通った。
文字は音の羅列だ。ひとつひとつの音を繋げれば、後は意味の通る単語と照らし合わせて解釈すればいい。
文字を覚える事に時間はかかったものの、覚えてしまえばコツも掴めた。
これでクリスの鼻をあかせる。
意気込んで魔女の店に乗り込んだ。
店内は相変わらず薄暗いが、そこここに飾られた花のおかげで不思議と明るく見えた。もしかしたらそういう魔法がかけられているのかもしれない。
頭を巡らせて、ふとそういえばと思い至る。
作業場で薬作りをしているだろうクリスを呼びつけて向けたのは、当初は予定していなかった問いだった。
「クリスさぁ。俺があげた花、どうした?」
アンから助言を受けてからは、何度か花を持ってきている。店にでも飾るのだと踏んでいたが、見渡してもそれらしいものがなかった。
クリスは蝋版に淀みなく文字を綴っている。その口元は微かに緩んでいた。
そんな彼女の見せた蝋版に、文字が羅列している。
これまでは意味のない記号としてしか見られなかったが――。
『店じゃなくて家の方に飾ってる。ハンスがくれたものだから、独り占めしたいんだ』
文字をじっと見つめ、口で音に変換させ、脳でそれらしい単語を探し出す。
まさかハンスが文字を読めるとは思いもしていなかっただろうクリスは、驚きと戸惑いで蝋版を引っ込めるのが遅くなったようだ。さっと背中に隠した時には、ハンスも文章を読み取っていた。
ハンスはひたりとクリスの瞳を見据える。
見つめた表情にさっと朱色が走った。
そんな彼女にハンスは思ったままを口にする。
「何で独り占め?店に飾ればいいだろ」
しばらくの間、クリスは蝋版でさえも答えてくれなくなった。
後に話を聞いたアンには、当然どつかれた。