2016年11月26日 (土) 16:27
最近でもないのでしょうが、ずいぶん前から『多くの子どもたちに親しまれてきた昔話は、実はとても残酷なものだった……』みたいな話が人気ですよね。私は高校生時代、ディズニー好きの女の子が「人魚姫が最後、泡になって消えるなんて信じられなくてショック」と言っていて、その言葉に衝撃を受けたことがございます。
ディズニーには様々な童話をモチーフにした作品があるそうですが、結末などをよりハッピーエンドな形に仕立てているとか。それを観て『これが原作の流れか』と思う方々が多いそうですね。私は子供の頃、あまりテレビを観るという習慣がなく、絵本とかばっかり読んでいたので、ディズニー童話も原作に沿った映像なんだろうなあと勝手に思い込んでいました。
確かに原作『人魚姫』のクライマックスは、夢の国にはふさわしからぬエンディングなのだろうなと思います。王子の胸にナイフを突き立てるだの、それができないから泡となって自ら消えてしまおうだの、いたいけな子供には辛いのだろうなと (
普通に受け入れていた幼少期の私はry)
それを言ったら、私の家にあった絵本『白雪姫』は、最後に「継母は罰として、
真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされ、死ぬまで一生踊り続けた」という一文をもって締めくくられていましたけどね。
あと『白雪姫』といったら、本当は継母じゃなく実母、というのも有名ですよね。あまりに残酷なのでグリム兄弟、次版から書き換えたそうですね。だったら王子がネクロフィリア兼ロリコンやら、姫3回殺されかけとるよやら、王妃は当初の姫暗殺計画において、猟師に姫の臓器を持ってくるよう所望したやら、そちらの方がアウトじゃないかと思うんだけど。
言ったらキリがないですね。
もともとが残酷な童話ってたくさんありますよね。私、前に初版グリム童話の収録話を数点読んだ中でビビったのが、『
屠殺ごっこをする子供たち』というもので。当時から「残酷」の批判声高く、初版で削除されたらしいですね。
そりゃそうだ。
子供特有の純粋さ、善悪の道理が育っていないゆえの残酷を描いていたんだろうなあと今じゃ思うんですが、とにかく救いがなかったです。そういや『青髭』も、残忍極まりないと次版以降削除されたそうな。だのに『屠殺~』より知名度高いのはなぜでしょうね? ジャンヌ・ダルクやジル・ド・レ将軍の関係でしょうか。
それと『トゥルーデおばさん』。これは残酷というか、たぶん自業自得なんですけど、教訓的(と思われる)なホラー要素があります。わがまま娘が親の言うことを聞かず怖いおばさん(=トゥルーデおばさん)の許へ行き、そこで薪に変えられ火にくべられて終わりなお話。トゥルーデおばさん何者。
みんな大好き(?)『赤ずきん』もえげつないですよねー。寝ている狼のお腹を裂いて石敷き詰めて縫合して(この時点でよく死ななかったな狼……)、その重さで水辺に溺れさせるなんて、
猟師さんその猟銃は何のためにあるんだと突っ込みたくなるくらいの手の込んだ処理法ね。
『赤ずきん』は『赤ずきん』で、他に似た物語があったようですね。ペロー版もそうですが、『
黒き森の乙女 (
Not 「ウィッチ」)』という民話も伝えられていると、とあるサイト(非常に良質です。丹念に調べていらっしゃって尊敬します)にて紹介されていました。
ペロー同様、救いがないです
他多数挙げられますが、そうした作品も多数あって『グリム童話=残酷』というイメージが強くなっています。加えてフロイト派によるグリム童話の真相分析・解釈が手伝って色っぽい雰囲気も出ています。どれもこれもそちらに結び付けるのは童話の趣旨的にどうなのだろう……とたまに感じたりしますが。
『グリム童話』以外にも、『アンデルセン童話』の『氷姫』や『ある母親の話』、『ひなぎく』あたり冷たい気がしますね……。あ、そういや『人魚姫』もアンデルセンが作っていましたね。
日本の昔話じゃダントツ『瓜子姫』が恐ろしいです。子供の頃呼んでトラウマになったもの。
んで、その日本昔話では近年、妙な改変がされているとか。『桃太郎』では鬼ヶ島に行くまでの船漕ぎを
メンバーがローテーションで担ったとか、『猿蟹合戦』では「敵討ち」が現在の観念にそぐわない酷い行いだから、結末を猿と蟹の
和解で締めるとか、されていますね。でも結局やることやってんだったら別に要らないというか、童話で学んだり童話の影響を受けたりする子供の方が少ないと思うし、変えるにしてもずいぶん微妙だななどと考えてしまうのですが、私だけなんですかね。
嗜好や風潮の変化なんかで少しずつ変えていかねばならない、というのはなんとなく分かるんですけども、なんがか息の苦しい世の中になったもんだねえ、と爺臭く思います。
そうそう。まったくもってどうでもいいですが、私は『死神の名付け親』と『黒いお姫様』という童話が大好きです。