「短編 待ち受け画面の人。 不安な未来。」投稿しました!
2023年06月07日 (水) 21:28
どこか元気のない彼を心配に思った私は「何でも話して」と言うと、彼はぎごちない笑顔を見せ、「何にもないよ。ちょっと疲れているだけだから」と言った。
無理してる。それはなんとなく分かった。でも、何も言ってくれないのは、心配性な私に気を使ってくれているからなんだろうなと、彼がそう言うのなら、その通りなんだろうなと、自分に言い聞かせ、明るく振舞ったけれど、背負っている重荷が重いなら、少しくらい私に分けてくれてもいいのにと心の中でつぶやいた。

それからしばらくたったある日、彼は、私の誕生日を有名なフランス料理の店で祝おうと誘ってくれた。そのお店は、去年の誕生日に私が冗談交じりに「来年は予約困難なお店のフレンチを食べたいなぁ」と言った事を覚えていてくれて、ずいぶん前から予約を取り付けてくれていたみたいだった。
私はすごくうれしくなって、何日も前から着てゆく服を考え、当日の午後からは美容院に行くほど、いつになく気合が入っていた。
その日は彼も、めったに着ないスーツでめかしこみ、私をお姫様のように扱ってくれて、今までに食べたことのない美味しい料理と他愛もない会話に舞い上がっていた。
そして、ディナーの最後の宝石箱をモチーフにしたデザートが運ばれてくると、夢のような時間に酔いしれていた私は、思わず「かわいい!」と、言葉を漏らしてしまったけれど、ウエイターさんは柔らかに微笑みながらデザートの説明をしてくれた。
私は恥ずかしくて顔がほてっているのがばれないように、伏し目がちにうなずいていると、前に座る彼は「わかってるよ」言っているみたいにニヤニヤしていた。
私はテレを誤魔化すように、「どんな味がするんだろうね」と、話しかけたけれど、なぜか彼は軽く咳払いをして、「ちょっと話があるんだけれども、いいかな?」と言って私を見つめた。
とっさに緊張した私は、背筋をぴんと伸ばし、「彼に心配させてはいけない」と心に呪文をかけてから、「うん。いいよ」と返事をすると、彼は「来月の終わり頃に海外に行かなければならなくなった」と言って軽く眉間にしわを寄せた。

突然の告白に、「えっ、海外ってどこなの?」と驚くと、「詳しくは言えないけれど内戦が続いている国に行くんだ。後方支援というのが名目だけど」と浮かぬ顔で答えた。
それが、どういうことなのかわからず、焦って「すぐに帰ってこられるんだよね?」と、言うと、彼は苦笑いをしながら「なるべく早く帰ってきたいけれど・・・・・・」と言って、シュワシュワしているスパークリングワインを一口飲むと、

「・・・・・・正直に言うと分からないんだよ。詳細は口にしてはならないというルールだしね」と言った。

ますます不安になった私は、何も悪くない彼を問い詰めるように、「でも、後方支援だから戦争はしないんでしょ」と言うと彼は、

「それもわからないんだよ。もしかしたら争いに巻き込まれるかもしれないし、そうなれば誰かが死ぬことになるかもしれない。それは僕かもしれないし、僕以外の誰かかもしれない」

と言って、難しい顔をした。

私は返す言葉を一生懸命に探したけど、何も見つからなくて、うつむいてしまっていた。
頭では分かっている。けれど、気持ちが付いてこない。
目の前のデザートは、待ちくたびれた人の背中のように、ゆっくりと角を落としてゆく。
うつむいている私の言葉を待っていた彼は、「変な話だと思うかもしれないけど、そこに行っても僕は幸せにはなれないし、幸せになろうという気も起きないと思う。もちろんそれは誰かの役には立つかもしれないけど、国は僕が幸せになりたいっていう事を聞いてくれそうにない」と正直に言って、残りのスパークリングワインを飲み干した。

私はようやく事の重大さに気づき、身体がゾッと冷えて、口の中がカラカラになった。慌ててグラスに手を伸ばし持ち上げると、手がひどく震えて、スパークリングワインが波立った。
そんな私を見つめていた彼は、穏やかに微笑み「大丈夫?」と、心配そうに声をかけてくれたけれど、その優しさが私の心に刺さって、思わず涙が込み上げてきた。

ここで泣いてはいけない。自分にそう言い聞かせて、悟られないように大きく頷くと、彼は、「それでね。お願いがあるんだけれど」と言って、じっと私を見た。
今にもこぼれそうな涙に、もう少し我慢してと言い聞かせて、無理矢理笑顔を作って、「うん。いいよ」と返事をすると、

「二人で撮った写真をお守り代わりにして、無事帰ってこれるようにしたいんだ」

と穏やかに言った。

私は嬉しくも悲しくもある複雑な気持ちに揺れ動いていたけれど、彼はウエイターさんの方を見ると、すっと手を上げ、テーブルへ来てくれたウエイターさんに小さな声で「すいません。大変申し訳ない事とは思いますが、今日の記念に彼女との写真を撮っておきたいのですが、お願いできますか?」って頼んだ。
ウエイターさんは静かな微笑みをたたえ「かしこまりました。こちらでよろしいでしょうか?」と快く承諾してくれた。
彼はポケットから携帯を出して、「おねがいします」と言って、ウエイターさんに渡して、席から立ち上がると私の隣に座って背筋をピンと伸ばした。
いつもの私ならピースサインを出したり、おどけて笑って見せたりするのだけれど、この時ばかりは大切な写真だからと、大人っぽく振る舞って、クールな顔で携帯のレンズを見つめた。
その様子を横目で見ていた彼が、「かたい。表情がかたいよ」と言って私を茶化した。
「もう! ちゃんとしようとしてるのにっ」と、少しだけ反抗してみると、「そうそう、いつもの君でいてよ」と言って笑った。

私たちのやり取りをほほえましく見ていたウエイターさんは、「じゃあ、撮りますね」と言って、3回写真を撮ってから画像を確かめ、「これでよろしいでしょうか?」と尋ねながら彼に携帯を渡すと、画面を見た彼はとても嬉しそうな笑顔を見せて「ありがとう。良い記念日になりました」と言って頭を下げた。
私も「ありがとうございます」と頭を下げた後、写真がどんな風に撮れてるのか見せてほしかったから「私にも見せてよ」と催促すると、彼は少し照れながら優しい声で「いやだよ」と言って携帯を見せてくれた。

その携帯画面には、背伸びしてる私と、少し緊張してる彼が、幸せそうに肩を並べる姿があった。

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