番外編的な何か
2017年01月29日 (日) 22:52
執筆中の思い付きと、回収しきれないだろう謎の伏線をちょこっとだけ含んでおります。
番外編として本編の方に載せようかとも考えたのですが、本編が次に投稿されるときは、しっかり最終章の本文にしたいという願いから、こちらに載せることにしました。

注釈としては、一応四章の後の日常回です。あとプランがメインです。

では、どうぞ。








 これはエスト国務兵団・第零大隊のある日の一幕である。

「アダチくん……。付き合ってくださいっ!」
「!?」
「!?」

 突然の告白に、ティアナとトワは目を剥く。
 今までそれらしい様子を一度も見せてこなかったプランが、いきなりだ。

 新たな好敵手の参入にトワは熱意を燃やし、味方だと思っていたプランの手のひら返しにティアナは戦慄させられる。

 しかし当の義利はというと。

「いいですよ」

 平然と了承をした。

「!?」
「!?」

 その対応に二名が目を輝かせたが、彼女たちは勘違いをしている。

「どこにですか?」
「……少しくらい戸惑ってくれてもいいんですよ?」

 平然と返されてプランは不満を口にする。
 ちょっとした『おふざけ』とはいえ、相手にすらされないともなると女としての沽券にかかわる問題だ。

 しかし義利が一瞬たりとも騙されなかったのには理由がある。

「だって、僕はプランさんの好みとはかけ離れてますし」

『理想は筋骨隆々の巨漢』
 彼女自身が言ったことだ。
 それを覚えていたから、細身の義利が惑うことはなかった。

「いやまぁ、そうですけど……。むぅ……」

 それでも、少しは戸惑って欲しくなるのが女心というものだ。
 胸を撫で下ろしている二人と頬をむくれさせている一人を気にすることなく、義利は話を戻す

「それで、どこにですか?」

 プランは義利への悪戯を諦めて、膨らませた頬を戻した。

「お酒を買いに、です」
「えっと……。僕、未成年なんですけど……」
「何を言っているんです?」

 お互いに疑問符を浮かべる二人だが、それは彼らの中にある『常識』に起因する。

「お酒を買えるのは二十歳から。っていうのが、僕の世界での常識なんですけど」

 彼の住んでいた世界での常識では、酒類の購入だけではなく、飲酒も二十歳未満の者は行えない。
 それが『常識』となっていた。

「なるほど。ココでは自分で収入を得ていれば大丈夫です」

 しかしガイアでの常識は異なる。
 酒を含む嗜好品の類は、働いてさえいれば自己責任。
 そうでなければ保護者の裁量次第なのだ。

 こういった常識の違いによる会話の祖語は、ままに起こる。

「プランさんって、お酒好きでしたっけ?」

 故に会話はすぐに再開された。

「いえいえ。私が飲むのではなく、グロウの対価なんです」
「ああ、そうなんですね」

『植物を操る』という能力の対価。
 それが酒であることを知り、義利の中に小さな疑問が生まれる。
 天使の能力と、その対価の関連性についてだ。

 植物の成長促進剤の原料には『アルコール』が微量とはいえ含まれている。

 もしや、対価は能力と何らかのつながりがあるのでは……。

 と、考えるもすぐに打ち消される。
 キャルロットの『見えない壁を作る』能力と『人の手が加わった甘味』という対価には何の繋がりも見当たらなかったからだ。

 思考の海を抜け出し、義利は目の前のプランに問う。 

「で、僕は荷物持ち、と?」
「その通り、です」
「わかりました。行きますか」

 義利から了承を得られたプランは、ニパっと花が咲いたように笑うのだった。



「混んでますねぇ……」

 二つ返事でついてきたことを、義利は若干ながら後悔していた。
 人混みが苦手というわけではない。
 人混みの中で白い眼を向けられるのが、精神的な苦痛になっているのだ。

 彼が魔人であることを知らない者はいない。
 魔人の恐ろしさを知らない者もまた同じく。

 その結果として、二人の周りだけは見事に避けられている。

『魔人に近づきたくない』という嫌悪感からくる忌避に、内心で彼は傷ついていた。

 それに、今の彼は魔人ではない。
 単に『アシュリーと融合していない』という意味ではなく、悪魔とは契約していない状態なのだ。
 アシュリーは今、天使になっている。

 だがそれを公言したところで、人びとから向けられる感情が変化することはない。
 一度広まった認識が簡単には覆らないことを、彼は嫌というほど知っているのだ。

 悪魔だからという、それだけを理由に差別され続けている現実を知っているから……。

「今日は流通市の日ですからねぇ……」

 あたりを見回しながら、プランが先ほどの義利の言葉にぼんやりと返す。

「なんですか、それ?」
「ちょっと待ってくださいね」

 プランは酒探しから義利への説明に意識を切り替える。
 一度立ち止まり、細い路地へと移動をし、その壁に背を預けてから彼女は語り始めた。

「普段からラクスの東側の門に近い大通りでは、外国の品物が売られているのは知っていますよね?」
「はい。たしか、エスト国ではラクスでしか外国の物が扱えないとかなんとかで……」
「で、その品物ががらりと変わるのが、流通市の日なんです」

 補足をするとすれば、流通市という呼び名が、あくまで通称でしかないということだろう。
 単に季節に合わせて貿易品が変化し、それらを求めて人が集まっているだけだ。

「調味料はもちろんのこと、食べ物に、お酒も。目新しい物欲しさに、近くからも遠くからも、色んな人が来ます。だから混むんですよ」
「ようはお祭りみたいなモノってことですね」
「その通りです」

 説明を終え、二人は買い物へと戻る。
 途中に目新しいモノを見つけては足を釣られ、興味が向けば買い、そうした寄り道をしつつも、目的を見失うことはなかった。
 大量の瓶が陳列されたそこで、プランは腰をかがめて吟味を始める。

「色々ありますね」
「ええ。うわ……。百年モノ?!」

 店主の隣に飾られた瓶を見て、プランが目を見開く。
 熟成された酒は数あれど、三桁のモノを目にしたのは初めてのことだったのだ。

「お目が高いのは結構だが、そいつは金貨二枚だぞ?」
「ちょっとした家が建つじゃないですか!!」
「そんだけ大変なことなんだよ。この時代、百年も割らずに開けずに保管するのはよぉ」
「な……、なるほど……」

 いつ魔人の襲撃の被害に遭うかわからない時代だ。
 酒の熟成すら、長年ともなれば容易には行えない。

「アレにしてもいいですが、懐事情もありますし……。でも百年モノなんて、次にお目にかかれる機会があるかどうかも怪しいですし……」
「いやいや、対価にするお酒ですよね?! コッチの真銅貨二枚のでもいいじゃないですか!!」

 真剣に購入を検討し始めた彼女に、慌てて義利が待ったをかける。

 金貨二枚。
 日本円に換算すれば、約四百万円だ。

 悩むまでもなく、選択肢からは外れて当然だろう。
 しかしプランはきょとんとして、返す。

「だって、美味しいモノをもらった方が嬉しいじゃないですか」

 真面目に、真剣に、含みなどなく。
 ただ単純にそう思っているのだ。

 たかが対価。

 そんな風にぞんざいに考えず、精霊への贈り物として、プランは真剣に悩んでいたのだ。

「……プランさんって、良い人ですよね」
「そうですか?」
「そうですよ。……店主さん、それください」
「えぇっ! アダチくん?!」
「大丈夫。お代は僕が持ちますから」
「……………」

 しれっと流されかけたプランだが、遅れて義利の言葉の意味を理解し、顔を蒼くさせる。

「いやいやいやいや! 何を言ってるんですか! 払います! 私が払います!」
「いいからいいから」
「半分! せめて半分だけでも出させてくださいぃぃぃ!」

 最終的にはプランの泣き落としに負けて割り勘となった。



 高価な酒に加え、その年の初物の酒を箱で買い込み、今は帰路についている。
 相変わらず大半の人間は二人を避けて通るのだが、中には酔いが回って義利の存在に気づかない者もいた。
 そのために、事故は起きた。

「おっとぉ!」
「ひゃっ」

 人に弾かれてよろけた男性が、プランとぶつかったのだ。
 百年モノを抱えていた彼女は、勢いを殺しきることができずに転倒しそうになる。

「おっと」

 しかし、事故が悲劇につながることはなかった。
 義利に腕を引かれて抱き止められ、転倒を免れたのだ。

「悪いね嬢ちゃん」

 ぶつかってきた男は、軽い謝罪で済ませて人混みの中へと溶けて消える。
 彼女の抱えている瓶が金貨二枚の値打ちと知れば、男の酔いもさめたことだろう。

「……大丈夫ですか?」

 腕の中で固まったままのプランに不安を覚え、義利が声をかける。
 もしや割れたのか? と不安に駆られるも、そうではない。

「アダチくんって……。思ったより筋肉質なんですね」

 腕を引かれた時の力強さ。
 そして抱きしめられていることで感じ取った、義利の体の意外な変化に驚いていたのだ。

「まあ、鍛えてますから」
「ちょっとときめきました」
「あー……、どうも?」

 照れ隠しのためにと早歩きで進みだした義利は、だから気づくことはなかった。
 背中に向けられた熱い眼差しに……。



 その日の夜。

「アダチくん! 私を抱いてください!」
「!?」
「!?」
「ブッハッ!?」

 突然の告白に、ティアナとトワは息を詰まらせ、義利は口に含んでいた紅茶を噴き出した。
 むせ返り、呼吸を整え、それから彼はプランに詰め寄る。

「ななな、なにを言ってらっしゃるんですか?! 熱でもあるんじゃ--」
「その引き締まった二の腕で、ぎゅーっとお願いします!」
「ああ、そういう……」

 おふざけでもなんでもなく、ただのお願いだと知り胸をなでおろ――

「って、どっちにしろダメです!」

 ……せなかった。
 お願いする側に邪気がないとしても、実行する側である義利としては邪な思いを一切抱かない自信がない。
 今後の関係に亀裂を入れたくない義利としてはこのお願いを受けるのは避けたかった。

「えー、良いじゃないですかー! ちょっとでいいんです! ほんの少し、一分くらい!」
「でも……」
「今回だけですから! お願いしますアダチくん!」
「…………………ちょっとだけですよ?」

 避けたかったが、彼は押しに弱いのだ。

「やったー! ありがとうございますー!」

 そういって抱き着いてきたプランを、渋々ながら義利は抱き返す。
 彼女の背に左腕を、頭部に右腕を回して、自身に引き寄せる。
 体を密着させるのだから、当然義利はプランの女性特有の柔らかさを感じていた。

 どうにかそこへ意識を向かわせないようにと、頭の中で別のことを考えるも、プランはそれを許してはくれない。

「もう少ししっかり……、お願いします」
「うぅ……」

 嬉しくないわけではないのだ。
 義利も男である以上、女性の身体や、その柔らかさに興味は尽きない。
 こうして抱き着いていればそれを味わうことは確かにできる。
 意識を少し腹部に集中すれば、そこには至高の感触があるはずなのだ。

 だがそうすれば、間違いなく性的興奮による生理現象が起こってしまう。
 さすがに女性に囲まれている環境で『ソレ』はマズイ。
 だから義利は、脳内で素数を数えながら、プランの要望に応えた。

「あ。いい感じですぅ……。痛くてもかまわないので、思いっきり強くしてください」

 もはやここまで来れば自棄だった。
 義利は目一杯にプランを抱きしめる。
 すると腕の中のプランが、悩まし気な吐息を漏らした。

「ああ、良いです。すごく良い……。欲を言えば、もうふた回りくらい太ければ最高です……」

 この期に及んで無理な注文を言ってくれるものだ、とあきれ顔を浮かべている義利のことなど眼中にないのだろう。
 興奮気味のプランは、義利の全身へ、嘗め回すように腕を這わせた。

「この大胸筋……。ああ、広背筋も硬くていいですね……。大殿筋に、大腿筋もこんなに発達してますぅ……」

 胸から背中へ、そして流れるように臀部、太腿を撫で、その手が腹筋へと向かいだした瞬間に、義利はプランを突き放した。

「も、もう終わりです! これ以上はダメ!」
「ええぇ……。いいじゃないですかぁ~」
「触り方がいやらしいからダメです!」

 もう一回、とねだって腕を伸ばしてくるプランから逃れるために、義利は生娘のごとく自身を掻き抱きながら真っ赤な顔で後じさる。

 しかし、その後ろにも伏兵はいた。
 ちょいちょい、と背中をつつかれ振り向けば、そこにはティアナが遠慮がちに下を向いて立っている。

「あの……、アダチさん……。私も――」
「私もお願いします!」

 恥じらいからまごついていたティアナに先んじてトワが声を張る。
 どうやら逃げられないらしいと察した義利は、振り切れた。

「あーもー! わかったから、順番ね! あと、変な触り方したらやめるから!」

 そんなやりとりをボーっと眺めていたアシュリーは、紅茶をすすりながら、吐き捨てる。

「なぁーにが良いんだか……」

 口ではそんなことを言いつつ、その夜。

 義利と肩を並べてベッドにいたアシュリーは、ふとそのやり取りを思い出して、言った。

「なあ、ダッチ。アタシもいいか?」

『何が?』と聞き返したりはしない。
 珍しくもどこか恥じらいを浮かべている彼女の表情を見れば、義利にはわかるのだ。

「喜んで」

 彼女からの頼みとあらば、義利に断る理由はない。
 それに、彼自身がそうしたいと望んでいたのだ。

「なるほど……。悪くねぇ」

 こうして平和な時間は過ぎ去ってゆく。










謎の伏線:グロウの対価=酒

ついでに埋れかけていたプランがマッチョ好きという設定も盛り込んだショートショートでした。
他のヒロインたちは影が薄くなってしまいましたが、彼女たちには本編での活躍を期待しましょう!
では!
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