文化の日小話
2013年11月03日 (日) 21:45
*現在から約六年前、まだルナがシルヴァを拾う以前の話です。

Side:Seilute



「ねぇセイ、今日は何の日だか知っているかい?」


突然そう疑問を投げかけられて、俺は万年筆を操る手を止めた。
時刻は午後になったばかり、うららかな日差しが差し込む俺の執務室。
ジークはなんか用事があるとか言って、今日はいない。
つまりここにいるのは俺と月さんだけ。


「うーん……確か今日、11月3日だっけ?」

「そうだよ」


こっちの世界の時間の単位や日付はあっちと変わらない。
秒、分、時間と進んで、一月から十二月まであるし。
数字の数え方も勿論十進法。
だからあまり生活で不便を感じることがなくて助かっている。


「わかんない……ヒントは?」

「んー?そうだね、秋らしいことで、国民の祝日のひとつだ」


やっぱりあちら関連の話だったみたい。
まあそれ以外に月さんが日付とかにこだわるなんてありえないから、分かり切ってた事だったけど。
月さんはあちらから切り離されてから、それこそ無我夢中であちらの知識の全てを忘れることのないようにノートに書き記したらしい。
向こうとの既に細くなりすぎている繋がりを、忘却によって断ち切られることのないように。
彼女は今でももうボロボロになったノートのページを年に何度か捲るし、俺もそれを隣で見つめる。
それはとんでもなく悲しい事だけど、同時に少しだけ懐かしくて暖かくて幸せな事だ。
―――って、今は今日が何日かって話だっけ。
まあ俺だって伊達に月さんの横でそのノートを見てた訳じゃない。
それくらいお茶の子さいさいですとも。


「わかった、文化の日でしょ?」


答えた俺に、彼女はとても嬉しそうに笑った。


「うん」


……あ、なんか分かったかも。
何でそんなことを月さんが聞いてきたのかだとか、回されてくる仕事が別に今日中にやらなくてもいいものばかりなことだとか、ジークが今日は一日席を外しますってわざわざ言ってきたことだとかの、本当の理由。
何だかおかしくなって笑いながら席を立ち、俺は彼女が座るソファへと向かった。
退屈そうに本を弄ぶ手からそれを奪って代わりに俺の手を触れさせれば、もう準備は完璧だよね?


「今日は祝日か。それじゃあ俺も仕事は休んでいいよね?」

「……君は悪い王子様だね。
やれやれ、どうしてこんな不良王子に育ってしまったのか」

「何言ってんの。構って欲しかったくせに」


こんな風にわざわざ祝日を狙ってここを訪れたのが何よりの証拠。
不定期だけど、俺達はたまにこんな風にあちらの世界の休日やイベントごとの日に城を抜け出して外に遊びに行くことがある。
それは俺と彼女が出会った九年前から続く、俺と月さんの間の暗黙のルールみたいなものだ。
そしてどうしてその日なのか分からないながらも、周囲の人間は俺達が休むかもしれない日を九年もあれば把握するわけで。
つまり今日は周囲が黙認している状態だから、堂々と城を抜け出すことが出来るってことだ。
月さんだって周りのそんな対応をきちんと想定してここに来たに違いない。
なのに俺が気づかないで普通に仕事をしてるから。
午前中はどうにかなったけど、きっともう我慢できなくなったんだ。
だからわざわざ今日が何の日かってクイズまで出して、俺に気づかせようとした。
本当にもう、可愛いひと。
眉間に皺をよせて怪訝そうな顔をしてみせたって、貴女の瞳が図星をさされて揺れているのが分かってるんだから意味なんてないよ。


「……自意識過剰なんじゃないかい」

「あはは、まあそれでもいいよ。
で、どうしよっか?どこ行く、月さん?
貴女の行きたいところ、どこへでも連れてってあげるよ」

「あのねぇ、転移の術を使うのは私じゃないか」

「あ、そっか。それじゃあどこへでもついて行きますとも、御嬢さん?」

「まったく。調子がいいね、君は」


目の前に片膝をついて握った手に唇をよせ。
そこまでしても彼女は全く照れた様子を見せないのが、なんだかなぁ。
でもいいや。


「それで、ホントにどこ行くの?
行きたいとこあるんでしょ?」

「……別に、これといってあるわけじゃないよ。
ただその、まあ、君と出掛けられたらなって、思っただけ」

「月さんが素直!」

「ちょっと、その口を塞いでやろうか?」

「ん?月さんの唇でなら喜んで」


……うわ、すごいゴミを見るような目で見られた。
酷いなぁ、ちょっとくらいふざけたっていいじゃん。
まあ昼間はなかなかそういうことさせてくれないの、分かってて言ってるんだけど。
やっぱり夜にならないとだめだよね、こういうのは。
一応俺今、外見だけなら十二歳だから。
小6(ん?中一?)だよ、そりゃ白昼堂々そんなことしてたら捕まる。月さんが。


「あはは、そんな顔しないでよ。
……それじゃ、王都にでも行こっか。
月さん前に気になってる店あるって言ってたよね?
そこ行こ。何かプレゼントしてあげる」

「外見子供に代金を支払われる私の気持ちになってみたらどうだい」

「いいじゃん。だってこんなんでも俺、男ですし?」


茶化しつつそう言えば、月さんからは胡乱気な目線。
酷いなぁ。俺にもプライドってものがあるんだって。
それに相手が月さんっていう大切な人なら尚更、ね。


「分かった分かった。じゃあ私は君の財布が底を尽きるまで買い物に勤しむとしよう」

「そんなこと言っちゃって。しないくせに」

「……うるさいな、分からないだろう」


拗ねたように唇を尖らせたって駄目。
可愛さしか出てきません。
月さんは俺が王子という身分だから、金銭的なものにはうるさい。
王子の俺が使う金は全部国税だから、気になっちゃうんだと思う。
俺以上に“王国”の王子としての俺のことを気遣ってくれるそういう所が、本当にこの人は仕方ない。
もうさ、俺をどうしたいのって話だよね。
でもそんな心配いらないのに。
城下の人間達は俺達の事を微笑ましく見守ってる。
たぶん俺の淡い初恋、とでも思ってるんじゃないかな(実際はそんな軽いものじゃないけどね)。
あまり度がすぎる様なら眉を顰められかねないけど、俺達がしているのは普通の庶民がしている様に露店をひやかしたり大衆食堂でご飯を食べたり、そういう事ばかりだからその辺りは全然大丈夫だ。
それに俺は王子として自分の領地を持ってて、そこを内政チートで活性化させてかなりの貯金があるわけで。
つまり月さんが心配するようなことは何もない。


「まあいいや。それじゃあ行こうよ月さん。
もう一時になっちゃう。
夜には流石に戻ってこなきゃいけないし、ならさっさと行動しないとね!」

「それは気づかないどこかの誰かさんのせいだけどね」

「お、ってことはやっぱり構われたかったんだ?」

「……別に」


意地っ張り。
でもそんなところも可愛いからいいけど。


「あ、じゃあさ、もう秋だし焼き芋もしよ、焼き芋!
月さん石焼き芋とか魔術で出来るよね?」

「そりゃ出来るけど、どこでやるつもりだい?」

「勿論城で」

「……だと思った。まあいいけどさ」

「じゃあ決まりだね。
店覗いて、買い物して、サツマイモっぽいの探して、葉っぱと石集めて、焼き芋!」


なにそれ自分で言ったことだけど超楽しそうじゃん。
ただあれだな、ひとつ気になるとしたら―――


「……なんだか、文化っぽい事何一つしていないのだけど」


そう、それだ。


「あはは、俺も思った。
でもじゃあそれはさ、今夜一緒に読書でもしようよ。
城の絵画とか眺めてもいいだろうし。
今日、泊まっていくよね?あ、返事はうんかイエスで」


俺の言葉に彼女は困ったように、でも嬉しそうに笑う。


「ふふっ、何だいそれ。
どちらも同じ意味じゃないか」

「いいんだって。それで、返事は?」

「わかったよ。返事はうんでありイエスだ」

「そうこなくっちゃね。それじゃあ行こう?」


手を引いて彼女を立ち上がらせる。
俺の身長はまだ彼女の胸の辺りまでしかない。
まったく、子供の体はこういうところが不便だよね。
ほんと早く成長してくれないかな。
成長期をこんなに待ち遠しく感じるの、あっちの世界でもなかったことだ。


「じゃあ掴まっていて。転移先はいつもの場所でいいんだよね?」

「うん」


答えた直後にちょっとした浮遊感。
なんだろ、エレベーターのふわって感じを最小限にしたような?
そして一瞬後には王都の人気のない裏路地にいて、月さんはにっこり微笑む。


「着いたね。それじゃあセイ、私の買い物に付き合って」

「俺のお姫サマの望むとおりに」

「……」


ちぇー。まあ確かに自分でもクサい台詞だとは思うけどさ。
なにもそんな風に半眼で見つめることなくない?
照れろとは言わないけど、せめて何かコメント返すとか。


「君は、本当にため息が出る」

「ちょ、失礼失礼。俺王子だから」

「外見と立場だけね」

「うわ、傷ついたー」

「白々しい」


冷たい目で見られるけど、まあへっちゃら(決してMではない)。
だって結局のところ月さんは繋いだ手を離さないから。
俺だって離さないし離せない。それは彼女と一緒。
だからね、何を言ったって無駄なんだよ、月さん?


「あはは、まあそんな顔しないでよ。
折角の外出なんだしね。まずは月さんの気になってるお店から行こうか」

「……うん、そうだね。
その後はサツマイモっぽいものを買いに市場、それから枯葉と石を集めないと」


ほら、すぐに表情をゆるめる。
そんな顔、俺にしかしないって、俺はもう知ってるんだ。
そんな彼女の手を引いて裏通りを抜け出す。

月さんはとても孤独で、周囲の人間に価値なんてこれっぽっちも抱いてない。
でもそんな彼女のこちらでの唯一の特別が、俺。
それは俺があっちの世界の人間で、こちらへの転生者だからで。
まあ俺だって同じようなものだから文句なんて言うつもりもないけど。
でもさ、出会って何年も経って、お互い心だけじゃなく体でも寄りかかり合って。
――同郷だから、っていうのとはまた少し違った、やっぱり特別な感情が生まれてるのは、確認しなくても俺も貴女も一緒のはずだ。
まあたまに自信無くしたり、不安になったりもするけど。
なかなか照れてくれない月さん。
でも俺はそんな貴女を照れさせることが出来る言葉を知ってる。
だから少しだけ、その頬を赤く染めさせて。
その様を俺に見せて、俺は紛れもなく貴女の特別なんだって、もっともっと自信をちょうだい?


「ね、月さん。気づいてる?
………これって、デート、だよ?」

「!?」


ほら。こんな言葉で貴女はこんなに簡単に頬を染めて。
俺にとって世界で一番の可愛い女の子になる。
まあ俺から見たら月さんはいつだって世界で一番大切な可愛い女の子、だけどね。


でも、そのすぐ後。


「………そんなの、とっくに分かってるに決まってるだろ、馬鹿セイ」

「……っ、!?」


そんな小さな小さな、やっと聞き取れるくらいの呟きで、俺も真っ赤にさせられたんだけど。





文化の日小話「セイルート×ルナ」でした。
この時の幸せいっぱいの彼は知りません。
この一年後、五年間という長い間放置されることも、やっと来てくれたと思ったらコブ(シルヴァ)付きなことも……(ホロリ)
ちなみに彼の成長期はこの後ドドッと押し寄せて参りまして、十五になる頃には彼女の身長を無事超すことになります。
よかったね、ただ放置の最中だけど。
まあ逆に時間を置いたことで本編でああなった訳ですから、彼にしてみればよかったのかもしれません。
たぶんずっと会っていたらあんな風にお互い感情を口に出すことはしなかったはずですから。
それだけ二人にとって離れていた期間は長く、その反動でいつもなら出来る感情のセーブもうまく利かなかったのでしょう。

では、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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