満員電車ゼロについて
2016年08月06日 (土) 11:20
 世間は夏休みだポケモンGOだと大賑わいの今日この頃ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。わたくし山下はポケモンをほとんど知らないのでやっていないんですが、両親は「近所の神社にレアなポケモンがいる」と楽しそうにやっております。

 さて、そんな中最近は東京都知事選の際に小池知事が掲げた「満員電車ゼロ」という政策がやや話題になっているようです。一介の地方民のボクは「たかが地方選如きで延々とニュースを占領するんじゃねえ」と腹立たしい限りでしたが、終わってしまえばこの話の方がなかなかビックリさせられます。

 東洋経済に「都知事公約「満員電車ゼロ」は、こう実現する 小池新知事のブレーンが5つの方策を提示」というタイトルの記事(http://toyokeizai.net/articles/-/130415)が掲載されていましたが、読んだところ「出発合図を緑信号以前に出す」「戸シメと同時に出発」「選択停車(千鳥)ダイヤ」「車両性能の向上」「信号の機能向上」をこちらの阿部さんというブレーン氏は提案しているようです。
 交通コンサルを名乗る方を一大学生が批判するのも変な話ですが、残念ながらいずれも大変理解に苦しむ施策です。出発信号の進行現示より前に出発合図を出すというのは、前方の安全も確保されない状態で電車が出発出来るようにしろという主張と紙一重のように思えます。今回の記事では中央線快速の東京駅が例に挙げられていましたが、分岐機には鎖錠というシステムがあって、列車が一定区間に存在する際は分岐機が切り替わらず、また前後に列車の進入がないことを条件に分岐が切り替わることが出来ます。こういったシステムが構築されているのは過去幾度となく分岐機で列車が激突したり、はたまた走行中に分岐が切り替わったため台車が泣き別れを起こした事故があったためで、決して「余裕が存在すること」が無意味というわけではないのです。
 鉄道は安全一辺倒、事故を恐れ新しいチャレンジをしないと氏は述べていましたが、これって何が悪いんでしょうか。安全性を軽視した結果近年も多くの事故が起こってきたわけで、効率を優先し安全を疎かにしたとき……犠牲になるのは都民の命に他なりません。鉄道は経験工学ですから、実践出来たことしか実際に使われることはありません。それで事故が起こったときに鉄道会社を批判し指導するのは行政側なんですから、及び腰になるのも当然という話です。

 この他、需要の有無を無視して停車駅の設定を全列車で千鳥停車にするのは利用者的にイヤだよとか、全電動車で加速度向上って発想は国鉄時代に101系ってクルマがあってですねとか、省エネ・節電のご時世にそんなことして大丈夫なのかなとか、現状より高加速度にしても駅間長い快速電車にはあんまり効果ないよねとか、電磁吸着ブレーキは高速化試験で使ったけど量産車じゃ撤去されたよねとか、実は世の中にはデジタルATCってのがあるんだけどねとか、基礎技術への理解不足と「プロジェクト」と「ビジネス」を取り違えた主張をいちいち批判するのもおこがましい話なので止めておきましょう。

 これらが突飛な、ある種破壊的な発想であることを非難するつもりは一切ありません。どんな閃きも否定することは出来ないし、確かに鉄道業界が旧態依然としているという批判は当を得ています。しかし都知事のブレーンともあろう人物が鉄道はベンチャーではないことを忘れ、プロジェクトマネジメントの視点を完全に欠落した状態で話を進めようとしていることに危機感を覚えるわけです。

 また、通勤ラッシュの存在が大手私鉄各社を支えていることも忘れてはいけません。通勤定期という割引きっぷを大量に発行し、多くの人に利用されることで投資を回収する……これが都市鉄道の基本的なビジネススタイルであり究極の薄利多売を各社が実践しているとも言えます。ホームドアといい複々線化といい、私鉄各社が及び腰なのは「沿線が開発されきっていて、今から投資しても回収出来る見込みがない」というそれだけの理由であって、一時期話題になった「二階建て通勤電車(ダブルスタック)」なんか実現しようと思えば莫大な公費の投入は避けられません。ダブルスタックについてはもう開いた口がふさがらないので話すのもやめておきますが、二階の客が非常時にどうやって脱出するのか、地下鉄乗り入れ路線でどうしろというのか、電車線の嵩上げや高架橋の強度はどうやって実現するのか、重心が上がることによる曲線通過速度の低下はどうやって補うのか、問題点しかないわけです。

 すると「じゃあお前はどうしたら満員電車がなくなると思うんだ」と聞かれそうですが、いっそ通勤そのものがなくなればいいんじゃないかな……としか思いません。やれAIだ三次元プリンターだと新技術が賑やかなご時世ですから、そのうち人が移動しなくても仕事が出来る環境が一般化するはずです。そうなれば都市鉄道の存在意義なんかほとんどなくなりますし、きっと通勤という概念そのものが薄れます。それが何年後なのかは知りませんが、鉄道会社が存続する上で通勤ラッシュが必要なことを考えれば、ボクにはそもそも満員電車が絶対悪だという考えそのものがないに等しいのかもしれません。乗車率100%だって、多くの通勤車両じゃ立ち客がいる前提なのはあれこれに書いた通りですしね。

 珍しく首都圏の私鉄各社やJR東日本の肩を持っていますし、まあこんな施策は鉄道各社から相手にもされないことは分かりきった話ではあるんですが、ブレーンがこの程度だなんて新しい知事も質が知れるわ……と思う関西人のボクなのでした。週明けはまたラッシュに揉まれてきます。

                             山下 龍一
コメント全2件
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山下 龍一
2016年08月16日 19:27
megu さん

コメントありがとうございます。

 鉄道のことはまったく分からないと書かれていましたが、利用者の大半は鉄道のことなんかろくに知らずに使っています。分かっている人だけの意見がまかり通るのも不思議な話ですし、使う人がきちんと議論に参加するのは不可欠なことだと思います。
 そこで問題になるのは実現可能性です。ダブルスタックについてはもうほとんど触れませんでしたが、これほど大規模なインフラ設備の総改修を必要とするプロジェクトが実現するとは到底思えません。お金の出所が税金になりますし、肝心の都民が納得しないような案ではどうしようもありません。
 ラッシュを悪と捉えるのであれば、実現可能な解決策を提示する。それが何年かかるのか何十年かかるのか、グランドデザインを提案して審議するべきではないでしょうか。

 この百年ほど東京圏では解決の目を見ていませんが、もしかすると「通勤電車なんていう非人道的なものがあってね」と、昔話になる時代がいつかやってくるんでしょうか。
megu
2016年08月07日 13:55
興味深く読ませてもらいました。


鉄道のことはまったくわからないまったくの素人が感じたことですが、まず東洋経済の記事を読み思ったのは3つめか5つめの方法がうまくいくのならいいのではと思いました。

2階建ての電車と聞いたときにはその金はどこからだすんだろう、補助金で税金使うのか?と否定的な気持ちだったのですが、通勤通学で満員電車がなくなることは良いことではあるので前向きに議論をしてくれるのは良いことなのかなと思います。

ただやっぱり一番に安全重視でむやみな冒険はして欲しくないので、保守的過ぎるほど保守的で検討をして欲しいです。

ゲームをしてるわけではないので理論上可能でも万が一のことを考えて大事故がおきないことが大前提で、パフォーマンスとして派手なことを言うのではなく現実的で安心できる議論をしてくれることを望んでいます。

あとは口出しするということは金も出すことになるのだろうからとにかく無駄遣いはやめてくれという心境です。

思うことは色々ありますが都知事は決まってしまったのでしっかり頑張ってもらいたいと思ってます。


私も個人的には通勤が無いか近所が良いと思います。
そんな未来になるといいですね。