2023年06月30日 (金) 21:17
どうもです。本日、『透明な檻の中で』無事に完結することが出来ました。いかがでしたでしょうか。今日までお付き合いしてくれた方々、どうもありがとうございました。まだこれからだよという人は、よければ読んでいってくれれば幸いです。
今作は、前作ラストスタリオンを書き上げてから丁度1年程してからの連載で、書き始めた切っ掛けも、その前作でやり残したことをやろうというところから始まりました。正直、前作を書き上げた直後は、もうやり尽くした感があって、二度と小説なんて書きたくないと思ってたんですが(毎回思ってるんですが)書き上げて暫くしてから、そういや結局、量子化した人類はその後どうなったんだろう? ……などと、漠然と考え始めまして、それでまあ、主に電脳世界を舞台にした物語を作ろうかなと、ぼちぼち思い始めました。
シンギュラリティって言葉が流行してから結構経ちますから、攻殻機動隊とか、SAOとか、レディプレイヤーワンみたいに、電脳世界に意識を繋いで、その中で生活する世界がいずれやって来るんじゃないかというイメージは、みなさんももうわりと持ってるんじゃないかと思うんですが、具体的にそうなったところで、人類がその後どうなっていくのかってのは、あまり考えられていないじゃないですか。
もう肉体を捨てて、電脳の世界だけで生きていくのか、それとも、肉体は維持して、あっちの世界とこっちの世界を行ったり来たりする生活を続けるのか。
もし肉体を捨てるなら、そうなった時の人類が、セックスについてどう考えるのか。気持ちいいだけの体験なら電脳世界に敵うわけがない(だってその気になればいつでも芸能人や、アニメのキャラとセックス出来るんだぜ?)けれど、繁殖のための本能がそれに打ち勝てるのかどうか。
多分、勝てないんじゃないかと言うのが、前作までの私の考え方で、人間ってのはシンギュラリティに達してしまった瞬間に、種としては静かに衰えていくのではないか……というのが、これまでの私が漠然と考えていた答えでした。
で、そんな時にたまたま読み始めたのがシミュレーション仮説の本(リズワン・バーク著:われわれは仮想世界を生きている AI社会のその先の未来を描く「シミュレーション仮説」)でして、我々はこの物質世界を現実のものと思って生きているけど、実はそれはただの幻かも知れないというよくある話なんですけど、まあ、最初は眉唾だと思いながら気楽に読み進めていたんですが、読んでる内に、あれ? これってなんか本当のことなんじゃね? って思い始めて、ちょっと興味を抱き始めたんですね。
シミュレーション仮説っていうのは、それこそファミコン時代から漠然と考える人は居たわけですが、それが説得力を持ち始めたのは、今作品の中でも語っているホログラフィック宇宙論が提唱された直後でした。
私、宇宙論とか好きですから、だから今まで読んできた本の中で、シミュレーション仮説に触れてる本ももちろんあったんですが、今まで私はそれを読んでも、「頭のいい人がどうして最終的にこんな荒唐無稽な話に行き着いちゃうのか?」って思うだけで、よくわかってなかったんです。まあ、こういうことを言っておけばウケが良いから、敢えて入れてるのかな? くらいに思っていたんです。
けどまあ、宇宙はシミュレーションかも知れない! って、大真面目に語ってるこの本を読んで考えが変わりました。
量子論とは、今までの人類が獲得してきた物理学の知識を総動員して、ようやく辿り着いた学問です。だからそれを口で説明しようしても、かなり難しい。ところが、この量子論の世界をゲームに例えて説明すると、非常にわかりやすくなるんですよ。どうわかりやすいのかってのは本を読んでください。
シミュレーション仮説ってのは、要はこのわかりやすさは一体何なんだ? ってことを言ってるんであって、本気でこの世はゲームの中にあるって言ってるわけじゃないんですよ。量子論の世界をゲームに例えたら、異様に説得力があるんだけど、理由があるなら説明して欲しい。まだ知らない未知の物理現象が、そこに隠されているんじゃないか?
ざっくりと言うと、これがシミュレーション仮説の肝で、偉い学者さんたちが大真面目に、この宇宙はゲームなんだとか言ってるわけじゃないんですね。それを知って、ああ、なるほどなあと思いました。
で、まあ私、小説家ですし、面白いからこのシミュレーション仮説を題材に小説書けないかなって思ってネタを探し始めたんですけど、その時にぶち当たったのが、最初の疑問でした。
この現実がシミュレーションだったとして、性欲はどうなる?
今までの私はシンギュラリティに達したら、もうそれで人類は性欲を失ってしまい、これ以上増えないと思っていたんです。そして人類は永遠に生き続けて、永久にミームを紡ぎ出すよくわからない存在になるんじゃないかと。
ところが、シミュレーション仮説を受け入れると、実は人類は既にシンギュラリティに到達していて、単にそれに気づかずに生きているだけであって、いずれ自分たちもグレートシミュレーターを作り出した時に、そのことに気づくのだ。ということになる。
では、今感じてる、この性欲の正体は何なのだ? シミュレーション世界に生きていると言うなら、何故俺は未だに長門有希とセックスしていないんだ?
で、やっぱり無理があるかなと思い始めていたんですが……その時に読んでいたのがウィトゲンシュタイン関連の本(野矢茂樹「語り得ぬものを語る」)でして、ウィトゲンシュタインは大昔に読んだはずなんですが、すっかり忘れてるから、これがもう面白い。
それで、ふむふむと読み進めていくうちに、ルールのパラドックスって言うんですか? とある少年に数学教師が数列を教えていて、「+2」を続けろと言うんですが、少年はある時点から、突然「+4」を始めてしまう。教師は間違いを指摘するんだけど、少年には何のことかが分からない。詳しくはその手の本を読んで欲しいんですが……
私たちはルール(法律とか倫理とか、共通のルール)に従って生きているつもりでいるけど、実はそのルールは必ずしも他人と一致してるとは限らない。私たちは「+2」を続けているつもりだけど、実は誰かは途中から「+4」してるかも知れない。それは誰にもわからない。
実際に倫理ってものを考えるとわかりやすいでしょう。普通の人は人殺しを嫌悪するものとして、何か心のなかに刻み込まれているけど、世の中には人を殺してもへっちゃら平気な人間もいる。同じ人間とは思えない。実際、私たちと彼の見ている世界は別物だろう。
私たちは万有引力の法則とか慣性の法則とかいう物理現象という『世界像』を鵜呑みにして生きているが、例えばその世界像だって他人と一致しているとは限らない。物理現象が正しいと言う事は、私たちが同じ現象を見ているという前提に立って始めて言えることであって、実は誰にも証明できない。
性欲も同じことで、単にそういうルールが存在するだけなのだ。私たちは電脳世界の住人だけど、アニメキャラとはセックスできない。女を見るとムラムラするが、合意がなければそれはレイプだ。不倫は許されない。そういうルールを鵜呑みにして生きているだけなのだ。
私たち一人ひとりは、別々の世界を見ているのだ。
サーバーから送られてきた情報を、クライアントプログラムが受け取って、見た目世界を構築している。
そう考えた時、なんか自分を取り巻く壁がガラガラと崩れて、そこに透明な檻が見えたんですね。実は、今目の前に見えている壁は全部幻で、その向こう側にいる私が、透明な檻の中で暮らしている私のことを見ている。そのようなイメージが浮かんだんです。
それがホログラフィック宇宙論とか、シミュレーション仮説の世界で、なるほど、彼らには宇宙がこう見えていたのかって思った時、この感覚を是非読者にも味わってほしいなと思って書き始めたのが、この透明な檻の中でという作品でした。長い。
そんな感じで、今年の正月からプロット書き始めて、実際に執筆に取り掛かったのは3月からでしたが、それから約4ヶ月かけて書き上げた今作品でしたが、いかがでしたでしょうか。多少なりとも楽しんでいただければ、また、上述したようなふわっとした感覚を少しでも感じていただければ、作者冥利に尽きますが……まあ、無理でしょうね(笑)まだ自分の力不足を感じて歯がゆく思っているところです。
けどまあ、物語的にはそこそこまとまっていて、エンタメとして今作は結構楽しく消費していただけたんではないでしょうか。そうであれば嬉しい限りです。
以上、あとがきにかえて活動報告させていただきました。
あと、告知事項としては、この作品が完結する頃にはぼちぼち玉葱の出版についても話すことが出来るかなあ……と思っていたんですが、まだ何も決まっていません(爆)一応、動いてはいるので、まあ、そのうち、また報告できればいいなあって思ってます。多分、今年中には出ると思うんですが……出るんだよな?
ともあれ、今は作品を一本書き上げたことで、まだ先のことはあまり考えたくないですね。次回作についても、またそのうち、何か報告することが出来ましたら、ここの割烹なり、ツイッターの方で告知しますので、よろしければフォローしてやってください。
ではでは。長々と駄文を書き連ねて参りましたが、またどこかで会えましたら幸いです。これにて。
水月一人
本当に楽しく読ませてもらいました。
私は学力はないのですが、本を読むのが好きです。
先生の小説を読んでからは、どの小説を読んでも「先生ならもっとここ掘り下げるのにな」など、先生の小説が基準になってしまい、他の小説を読んでも入り込めない体になってしまいました。罪な人です。
なので、お休みされた後は次のお話を期待してます!
玉葱とクラリオンも早く出ないか楽しみです!