CODE:3776 (中編『八合目~山頂』)
2016年08月31日 (水) 23:38
午前二時。大事を取って一時間ほど遅らせて
私たちは登山を再開しました。
八合目から先の道はほとんど岩でした。
地学など全く知らないのでこれはただの推測ですが、
おそらく溶岩がそのまま固まったものだと思います。
ごつごつというより気泡が空いたまま固まったせいで
ざらざらしており強くひっかけたら切ってしまいそうです。
実際、試しに素手で磨ってみると小さく切り傷が出来ました。
足場もとても不安定で、もしそこが平らな靴で来ていたら
山から落ちて死んでたな、とおっかなくて笑えました。

夜に登る際、ランプはとても役に立ちます。
何故ならどこに足を掛ければいいかがはっきりと見えるからです。
私はというと前の人、つまり友達が踏んだ石を追いかけて登っていたので
なんとかやり過ごせました。
それに周りに持っている人がたくさんいたので、
意外にも足場が全く見えないとまではいかなかったのでした。

午前三時ほどでしょうか。九合目に到着しました。
そこには自動販売機があり、置いてある商品も普通のものと
大差はありませんでした。が。
「缶コーヒー一本で400円!? ふざけんなっ!」
1.5㍑170円の有名なスポドリより2㍑で70円の安物を選ぶ私は
思わずそう叫んでしまいました。

午前四時。九号五勺目到着
標高は3590メートル。頂上まであとわずかと言ったところで、
休憩中に次に登る道を見上げていると、登山者のランプが
ぷつりと切れている地点がありました。
「あそこが頂上か!」
「勝ったぞキレイ。この登山、我々の勝利だ」
「あっ、死んだわ、これ。ブスッ」
「かは」
「大丈夫です。元より飛行機の予約などしておりませんので」
と、随分と余裕のある会話をし合っていましたが、
共に限界が近くなってきました。

五勺から先の道は元溶岩の岩とそれが風化して崩れた石でできていた。
段差は高く、滑りやすく。手を掛けなければ上ることが難しい山道です。
ストックや金剛場を持つ他の登山者も片手でまとめて登っていました。
こうしてみると余計な荷物になっていて、
買わなくてよかったなとしみじみと思います。
体の限界を自覚できたのは登っていくときより休憩中でした。
仁王立ちをすると膝が笑っていて、この不安定な足場の中だと
何かの拍子で転げ落ちてしまうのではないかと冷や冷やしました。

山頂まで残り50メートル。地平線が赤みを帯びてきました。
夕焼けと原理は同じで、可視光線の中で波長の長い赤の成分が
遠い彼方の空から長い空気の層を超えて私たちの目に飛び込んできたのです。
明るくなったことで自分たちが雲より高い場所にいることに興奮しました。
明るくなったことでご来光を見るための時間が差し迫っていることに焦り始めました。
それまで歌っていた曲を『君の知らない物語』から『Over the cloud』に変えて
私たちは早く登りたい気持ちを抑えて確実な一歩を踏み続けていきました。

午前五時五分前。ようやくたどり着けました、浅間大社入り口の鳥居に。
すでに何人か他の登山客が立っていて皆、日の出を待っていました。
ここよりももう少し見晴らしのいい浅間岳を目指し、
私たちは差し迫る日の出までの時間の中、走りました。
「もう少しだ! 走れ!
ここまで来てばてんな! 厚着してんだろ!」
山頂に着いた喜びから休みたいと思う友達の気持ちも分からなくはないけれど、
元はというと浅間岳で見ようと言ったのはその友達、
私は追い立てるように言ってしまいました。
走って、待って。戻って、登って。
その末に着いた場所はさっきまでいたところに比べれば人が少なく、
十分落ち着いてご来光を見れる場所でした。
おそらくそこまでに私が感じていた『ここも山頂だから
ここで見ればいいじゃん』という諦めが
何人かの登山客をここへたどり着かせなかったのでしょう。
その場所で私たちは叫びました。
「着いたぞ!」
「着いた!」
「もう一回言うけど、着いたな!」
「やっと着いたな!」
足が震え経っていられない私たちはそこで座り、
カバンの中から飲み物などを取りだした。

タイミングは良かった。
一息入れてカメラ機能の付いた携帯をカバンから取り出したちょうど後に、
太陽が地平線から顔を出した。
雲の上だから天気も何もないのだろうが、
雲の海の向こうから見える太陽は直接私たちの目を焼き、本当に眩しかった。
このサイトに書き込んだ作品からも分かる通り、
私はまともな性格をしていません。
多くの人がこの景色を美しいと思う中で、
私はただ太陽が東から上っただけじゃん、などと思っていました。
これが西から見えた景色なら驚きもしますが、
木からリンゴが落ちるのを見ても何も思わないように
私は淡々とした手取りでカメラを逆光モードに変えて写真を撮っていました。
日はまた昇る、と当たり前の現象を前に私はもう一度呟きました。
「着いたなぁ」
標高3722メートル。
私は数十万以上の日本人より高い場所で
夜明けの光をその身に浴びたのでした。
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