習作:二人の一刀斎 ―剣士達の狂宴―
2018年11月11日 (日) 21:49
鞘を伝い、刀身が姿を現す。静かに腰を切るその所作が、見る者全てを緊張させた。
真剣。文字通り抜き身の状態で睨み合うのは、二人の剣客であった。

「……どうしてもやると仰られるか」
「ああ。この中でお前さんの眼と体躯が、一番俺好みであったのでな」

片や瞼を最大限に見開いて、足先から頭先まで、全ての動きを捉えようとする。
片や、細目から相手の『おこり』を逃さない事に神経を配っている。
一見、対照的な二人。だが、剣客達の見解は違った。

「似ておるなぁ、かの二人は」
「…移香斎様もそう思われますか」

愛洲久忠(移香斎)の呟きに同意したのは柳生兵庫助。兵庫助にとって久忠は遠い師匠筋に当たるため、これを機に教えを請わんと接近していた。

「術は対照的。しかし、欲がよお似ておるわ」
「はい、肉を斬り捌くあの感触。何物にも代えがたいモノでございますから」

摺り足で間合いを詰める。

――あと四歩。三歩。二歩。一歩半…一歩………ッ!?

『ふおッ!?』
『ぬうッ!?』

間合いに入る直前、両者は後ろに飛んだ。

――今こちらから飛び込んでいれば…袈裟斬にされていた!
――今俺から踏み込んでいたら…臓腑を突かれていた!

発汗が止まらない二人。およそ生きていた時代では味わう事叶わなかった高位の戦いに、嬉しくもあり、怖くもあり。

「お主。名を聞いておこう」
「貴方から名乗られよ。恐らく拙者は貴方を知っている」
「伊藤弥五郎景久。……若しくは、伊藤一刀斎と申した方が解し易いか?」

対面の男……それに柳生兵庫がニヤリと笑う。そして彼らの何人かは驚きを隠せない。

「伊藤一刀流開祖、あの方が…!」

當田流・一戸三之助が驚嘆する。
剣聖・男谷信友もその名を聞くや、なおも一歩近づく。その技を少しでも間近で、見たい。その気持ちが逸る。

「お主の名はなんと申す」
「……警視庁警部補、藤田吾郎。いや、山口一刀流(無外流)免許」

その長身の男は視線を隠していた警察帽子の鍔を上げ、床に落とす。

「新選組、斎藤一だ」
「新選組だぁッ!?」

一刀斎ではなく、外野にいた岡田以蔵が吼える。

「てめぇ、積年の恨みは忘れちゃいねぇぞ!貴様だけはぶっ殺す!」
「吼えるな土佐の狂犬が。終わったら相手をしてやる」
「ほ~…終わりし後動けると思っておるのか?」

まだ一撃も交していない中、全員が唾を飲む。

「そなた、後の時代の者と見える。何れが勝たんや?」

中条長秀が内藤高治に尋ねる。内藤は迷う事なく答えた。

「私は…藤田殿、斎藤一が勝つと存じます」
「如何なる思案ぞ」
「あの方は、この中では乱世と現世…両方に対応できる唯一の人材。最新故に分がありまする」
「研鑽ゆえ…か」
「しかし…お見知りおき下さい中条様。この眩しき方々の中での最新最強は…この私でございます」

話しながらも内藤は見逃さなかった。斎藤の足先の動きを。

「動きますよ」
「の、ようじゃの」

またも間合いまでの旅が始まる…と思った矢先。斎藤は脱ぎ捨てた警察帽をつま先で飛ばす。

「ぬんッ」

一刀斎は顔面に飛んで来た障害物を『避けない』。主導権を握った斎藤は、平突きで心臓を狙う。

「くああッ」

しかし斎藤の刃は心臓に届かなかった。目線を塞がれた一刀斎だが、それでも相手の性格な位置を『勘』で割り出していた。袈裟斬が決まる。
しかし、斬り抜けはしなかった。

「ち……片腕で斬るには主の肉、ちと硬すぎよ」
「ぐぬう…不覚!」

直前で平突きの軌道を曲げた斎藤の剣先は、一刀斎の左の二の腕を貫いていた。結果、一刀斎の袈裟斬は斎藤の左肩を斬るに留まっている。発達した筋肉が貫通を防いだ。

「両者見事!それまで、勝負は分けじゃ」

足利義輝の鶴の一声で、両者は互いを睨んだまま引き下がる。

「さて、次は何方かな?」
「内藤殿と申したな」

中条の後ろに控えていた、富田勢源が立ち上がる。

「最新こそ最強、と言うのであれば、未来の剣の力をお見せねがおうか」

勢源の放つ気迫というべきか、人を斬って昇って来た『自信』に対し言い知れぬ緊張感を覚える。それでも、内藤は蹲踞を解いて立ち上がる。――戦闘態勢である。

「胸をお借りいたします、勢源様」
「貸すつもりはない。一刀のもとに斬り捨てる」
「…やって御覧なさい。私も、そうするつもりでございます」

達人同士である事は分かっていた。故に、勝負は一撃で決まる。
体の強張りは命取り。故に解しながら、間合いを詰める。

――元の時代に戻れたならば。持田や斎村に、土産話が出来そうだ。

「キエエーーッ」

気合い一閃。二人の剣筋が交差した。
時の間の異空の中で。剣士達の邂逅は、まだ始まったばかり……。

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来年の大河には嘉納治五郎先生が出るわけだけど、内藤高治先生は出てこないのかな。オリンピックの話だと剣道はちと厳しいか。
コメント全4件
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大培燕
2018年11月12日 12:39
飛狼さん

お疲れ様です
飛狼さんの景久と浅田次郎先生の一刀斎夢録を読んで書きました

今はどこにも書いてないんですよ…書きたいことはあるんですけど時間と体力が無くて書けてません
やるとしたら数カ月書き溜めてから投稿って感じですかね
飛狼
2018年11月12日 03:10
おお、一刀斎!
ところで大槌燕さんは、どこかで書いてますか?
大培燕
2018年11月11日 22:28
MIROKUさん

コメントありがとうございます。
もう魔界転生から何番煎じか分からないネタですが、こういうのを考えるのは楽しいですよね。
MIROKU
2018年11月11日 22:21
むう、なんたる素晴らしき……!
剣士の魂が輝いておられる!

尊い…… 尊い……(何)