2021年06月14日 (月) 11:41
あまりにウェブ版の更新してなかったのでお茶を濁す感じでぷらいべったーにアップしていた小話をこちらでもアップします。
【甘える周くん】
表面上は友好的でもその実警戒心が高い、その癖一度懐に入れると非常に寛容になり甘え甘やかしてくる、というのが、親しくなって知った真昼の性質だ。
基本的に信用した相手には警戒すらせず、どこまでも無防備でいる。油断していると言っていい。
こちらが何かするなんてちっとも思っていないのか、ソファに座る周の隣に腰かけた真昼は実にリラックスした様子で周の読んでいるファッション雑誌を覗き込んでいる。
ただのファッション雑誌なので別に読まれて困るものではないのだが、一緒に雑誌を見るから仕方ないとはいえ体を寄せて腕にくっつく体勢なので、ふよふよとしたものが自己主張してきて辛いものがあるのだ。
当たっている、などとは露にも思っていないらしく、男性モデルわや指差しながら「この服周くんに似合いそうですね」なんてはにかみながら上目遣いしてくるので、その度にきゅっと頬の内側を噛んで堪える羽目になっている。
(……もう少し色々と警戒というものを知ってほしい)
知っているが周が対象でないという事も理解してはいるのだが、流石に少しくらい警戒してくれてもよいのでは、と思う。あまりにも気にされなすぎて男として見られていないのではないか、と思うほどだ。
「……周くん、上の空ですけどどうかしましたか?」
自分が原因だなんて全く思っていない真昼は不思議そうに首を傾げるので、周は「誰のせいだと……」と声に出しそうになるのを堪えて、誤魔化すように「別に何でもない」と返した。
我ながら素っ気ない声になってしまった、と気付いた時には真昼は少ししゅんとしたように瞳を伏せていて、慌てて真昼の頭を撫でて宥める方向に走る。
「い、いや、怒ってるとかじゃないから。考え事していただけというか……」
「……そうなのですか?」
優しく頭を撫でながら言い聞かせると真昼は安堵したように眼差しを和らげるので、周も安堵しつつ丁寧な手付きで髪の柔らかさを堪能する。
本当は、付き合ってもいない女性に無闇に触れるのはよくないし、女性は何とも思っていない男に頭を撫でられても不愉快なだけだと知っていたが、真昼が心地よさそうに瞳を細めてされるがままだから、つい触ってしまうのだ。
嫌なら拒むだろうから、いいという事、なのだろう。それが信頼に基づいた油断だという事も、分かっていた。
(……ほんとに、俺に甘い)
基本的に、真昼は周に対して甘いし触れる事を拒まない。
(もう少し警戒してくれないと、俺がどうにかなりそうだ)
このまま油断され続けていたら、いつか襲ってしまいそうな気がするのだ。
今は嫌われたくないし無理強いしたくない気持ちが圧倒的に勝っているが、じわじわと理性を削られて、衝動に身を任せるような日が来るかもしれない事が怖い。
傷付けたくないのに、周の中にある男のサガが、理性の警告を無視して真昼に手を伸ばしてしまうかもしれない。それだけは、避けたい。
だから、本来なら周から距離を取るべきなのだろうが――。
「……今更、無理だろ」
「何がですか?」
ふわふわと緩んだ表情のまま聞き返してくる真昼に、周は少しだけ目を逸らして「何でもない」と返す。
もう真昼から離れるなんて考えられないくらいに好きになっているので、頭の中で鳴っている微かな警鐘に知らない振りをして、もう一度真昼の頭を撫でた。
【いいおなかの日に書いたSS】
:
休みの日の昼下り、周はソファに横になって午睡を満喫していた。
夏が少しずつ近付いているとはいえ、気温としてはまだまだ空調をつけずとも快適で、昼寝をするにはもってこいの時期だった。
お気に入りのソファに横になってから一時間程して、側にあった気配で目が覚めた。
「……全く。幾ら暖かいとはいえお腹を出していては風邪を引くでしょうに」
どこか呆れたような声が聞こえてきて、薄目で開けると真昼がこちらに背を向けながら窘めるような声を上げていた。
それから棚に置いてあったバスケットの中からブランケットを取り出している。
ちらりと自分の腹部に視線を向ければ、寝返りを打っている時にめくれたのか腹部が丸出しになっていた。
真昼の食生活の管理や適度にジョギングや筋トレをしているお陰で、無駄な脂肪こそついていないが、優太のようなぱきりと割れた腹筋でもない。多少筋肉が見える程度の薄い腹は、真昼に見せるのは恥ずかしいもののような気がした。
「ほんと、仕方のない人ですね……」
小さく呟かれた言葉はどこか優しく慈しむような響きで、思わずドキリとしてしまう。
振り返ってブランケットを手にしている真昼が、近付いてくる。
このまま寝ている振りを続けたら真昼はどうするのか気になって、そのままバレない程度に薄目で見ていると、真昼は何故かブランケットを手にしたままじっとこちらの腹部を見ている。
だらしない腹だと言われるのかと内心で身構えてしまったのだが、真昼はほんのりと恥ずかしがるように瞳を伏せた。
ちらちらとこちらを見て、それから頬をうっすらと染めて何かを迷うように視線を腹部に当てている。
「……そういえば、筋トレしていると言っていたような。前よりも……」
小さく呟かれた言葉に、そういえば風邪を引いて看病してもらった時より体つきはしっかりしたよな、という事を改めて思う。
あの時は不健康極まりない生活をしていたので、男らしいというよりはもやしに近かった。今は多少とはいえ鍛えているので、あの頃よりは逞しくなっているだろう。
昔を思い出したらしい真昼はぽわっと顔を赤らめるが、視線を腹部から外す気配はない。
周が起きている事には気付いていないらしく、そわそわとした様子である。
今起きたら逃げそうなので起きるに起きれず、真昼の様子を見るしかない周だったが、真昼が意を決した顔でそっとお腹に触れてきたのて体を揺らしそうになった。
気になったらしく、小さな手が剥き出しになっている腹部をなぞる。
柔らかな指先が微かにある腹筋の凹凸をたどる度に、表に出してはならない間隔がじわりと背筋を撫であげる。
(……よ、よろしくない、この状況は)
普通に真正面から躊躇いなく触れられる分には何とも思わないだろうが、おっかなびっくり恥ずかしそうに、躊躇いがちに、ソフトタッチでなぞられれば話が変わってくる。
そのじれったいとも言える触り方は、こそばゆいし、今要らないような感情と衝動を掻き立てるようなものだ。
これならもっと強く触ってもらった方が感覚的に変な勘違いをしそうになくて助かるのだが、あくまで真昼は周を起こさないような、慎重で丁寧な手付きで触れている。
だからこそ、こんなにも、もどかしい。
好きな女の子に触れられるのは、正直嬉しくはあるのだが、場所とタイミングが悪い。このままだと非常にまずい。
なので流石に止めようと触れている真昼の手首を掴むと、分かりやすく真昼は体を揺らした。
「……流石に、その触り方は困るというか」
場所も腹筋の下あたり、下腹部に近かったのでとてもよろしくないと真昼を制止したら、真昼は手どころか体の動きを止めた。
唯一動くのは口元と目で、信じられないと言ったばかりに瞳を大きく見開いて口をはくはくと動かしている。
恐らく本人としては全く意識していなかっただろうが、周としては意識してしまうので、止めるしかなかった。
「普通に起きている時に触ってくれたらいいんだけどさ。……真昼?」
「ね、ねた、ふり」
「ごめん、真昼が何をするのか気になって」
周の言葉に、真昼が顔を瞬間沸騰させて、周の手から逃れてブランケットを被る。
「……ご、ごめんなさい。その、お、思ったよりも、体のが、たくましく、て」
「気になったなら言ってくれたら触らせるけどさ。その、なんというか、……あんまり、ああいう触られ方をすると、俺も男だからよくないというか……真昼に好ましくない反応をする事になるので、気をつけてほしい」
今回はギリギリではあったが、もう少し触られ続けたらとてもまずい状況になっていた。
「ブランケットかけてくれようとしてくれたのはありがたいと思ってる。でも、次からは普通にかけてほしいというか」
「ご、ごめんなさい……」
「……楽しかった?」
へにゃりと座り込んで赤くなって震える真昼が可愛すぎて、思わず聞いてしまう。
途端に真昼は体を揺らして、それから泣きそうな顔で周の腹にぽこりぽこりと両拳を押し付ける。
「……私が悪かったですけど、周くんは意地悪です」
そう呟いて立ち上がりブランケットと共に逃げていく真昼に、周は唇を結んで微妙なもどかしさを覚える体を落ち着かせるべく瞳を閉じた。
【猫の日ネタそのいち】
※好感度的には1年生1月〜2月くらいの時期
「あのさ、真昼」
「何ですか」
最近慣れてきた、真昼の出張ご飯サービス。
素っ気ない声は相変わらずなのだが、今日はいつもと違うところがあった。
「……家に居るのに何で帽子被ってるんだ」
真昼はキャップを被っている。似合わないという訳ではない。今日のボーイッシュな服装とよく似合っている。
ただ、おかしいのは室内で帽子を身に着けているという事だ。礼儀に厳しい彼女が室内で帽子を被り続けるなんて事はまずないし、そもそも帽子を被る必要がない。
ファッションと言われたらそれまでなのだが、彼女の性格上室内で被り続けるのは不自然だろう。
「……気分です」
微妙に間を空けた後、目を逸らしながら返事をする真昼に、周は何かを隠しているなとじっと彼女を見つめる。
そもそも髪が乱れやすいから帽子はあまり身に着けない、と普段は言っているので、確実に何かを隠しているのだろう。
普通隠すとすれば、脱毛症などの異変が目に見えて分かるものくらいだ。もしかすれば周が負担をかけたせいでストレスが生じて脱毛に至った、という事もあり得なくはない。
「そっか……ごめんな、ストレスかけて……」
「何を想像しているのか分かりましたけど違いますからね。頭部の皮膚は露出してませんからね」
「だよな、一日で抜ける訳ないよな。じゃあ何隠してるんだよ」
「……笑いませんか」
「笑ってほしくない事なら笑わないし馬鹿にしたりしないよ」
何を隠しているのか知らないのだが、こうも隠したがるのだから余程の事だろう。本人が真剣に悩んでいるものを笑うのは失礼に当たるし、彼女を傷つけたくはない。
そう思って大真面目に返すと、真昼は口元をもごもごとさせ、それから躊躇いながらキャップに手をかけた。
キャップが持ち上がって、隠されていたものが露になる。――本来はまず人間に生える事のない、三角形の形をした愛玩動物の体の一部が。
「あのさ」
「うるさいです」
「何もまだ言ってない。……本物?」
「嘘ならこんな馬鹿みたいな事をしません。朝起きたら生えていたんです」
真昼がこういった冗談を言ったり仮装をしたりするとは考えにくい。それに、人工物とは思えない毛並みをしているし、視線を向ければぴくりと揺れているこの耳を偽物とはとても思えない。
髪と同色のそれはぴくぴくと震えていて、よく見れば耳の内側にはうっすらと血管が透けて見える。もうこれは作り物には見えなかった。
耳があるという事は、とつい腰のあたりを見てしまって、真昼に睨まれる。
「すけべ」
別に性的な意図は全くなかったのだが、腰部から臀部にかけて視線を向けてしまったのは事実なので「すみません」と即座に謝っておく。
ちなみに、大きめのニットとボトムに隠れていて、尻尾の方は見えなかった。
平謝りした周にふんっと息を荒げた真昼に、周は失礼にならない程度に頭部に生えた三角形の耳を見る。
元々真昼は儚げで綺麗めの顔立ちをしているのだが、こうして猫耳を生やした状態だと幼さや可愛らしさといった面が強調されていた。周は漫画やゲームで表現されるケモミミが好きという訳ではないのだが、こうして実際に美少女が猫耳を生やしている姿を見ると、何とも言えない胸の疼きを感じる。
衝動で言うなら、撫で回したい。
猫が好きな周としては、非常に興味があるし可愛らしいと感じている。触っていいなら触りたいのだが、神経も通っているであろうその耳は真昼の体の一部な訳で、許される筈がない。
やましい思いは一切ないが、体を触るという事を考えたら無理だ。
なので、その衝動は飲み込んで、すこしピリピリした様子の真昼に声をかける。
「原因に心当たりはないんだよな?」
「あったら困ってません。ただ」
「ただ?」
「……夢で、愛でられたら戻る、と言われた気がします」
「誰に」
「知りませんよ」
いつもよりツンとした声音の真昼に、これは相当に機嫌が悪いな、と感じながらどうしたものかと悩む。
愛でられたら戻る、というよく分からない条件が本当なのかも分からない。そもそも愛でるというのはどういう行為を指すのか。
猫を愛でるように触れればいいのか。
しかし、真昼に勝手に触る訳にはいかないので、試す訳もいかないし――とちらちら真昼の方を見ていると、戸棚にある母親から貰った食料の封に使われていたリボンが視界に入る。
そういえば猫は揺れるものが好きだよな、という安直な考えで戸棚からリボンを取って真昼の目の前で揺らしてみると、瞬時にぱしっとリボンがはたかれる。
もう一度、リボンを揺らす。
手で引っ掻くように払われる。
次に訪れたのは十秒ほどの沈黙。それから、白い頬に赤の波。
「……周くん」
「い、いや、猫になってるなら気になるのかなと」
「き、気になるというか……目が追わざるを得なくなってるというか……っ」
リボンを揺らせば真昼が食いついてぱしぱしとリボンをはたく真昼の姿が無性に愛らしくて、つい、リボンで真昼を釣ってしまう。
にゃんにゃん鳴く事はないが、こうして夢中になって猫耳をひくひく揺らしながらリボンと戯れている真昼を見ていると、完全に猫のように思えてしまう。元々気質的には猫に近い彼女だ、尚更猫のように見えるのだろう。
後で怒られると分かっていても、目の前のこの可愛らしさを我慢する事が出来なくてついついリボンを揺らし続けていたら、耐えきれなくなった真昼がリボンに飛びついてくる。
とうぜん、猫のようとはいえ猫ほどサイズや重量が軽い訳ではない真昼の飛び付きに、周はそのままソファの上にひっくり返った。
上に勢いよく真昼が乗ったので「ぐえ」とくぐもった声が漏れてしまったが、真昼が重いというよりは想定外の挙動に隙を疲れたと言った方が正しい。
ほどよい重みを感じながら、周は上に乗っている真昼を見る。
興奮から先程よりも赤らんだ顔は、周……の持っているリボンに向いている。爛々とした輝きを宿した真昼はやはり猫らしいので、苦笑するしかない。
いつの間にかボトムに仕舞われていた尻尾が隙間から出てぴっと立っている。ああやっぱり尻尾はあったな、と感心しながら見ていたら、我に返ったらしい真昼が体の上で硬直していた。
「怪我はないよな?」
「……う、にゃ」
初めて猫らしい声を上げた真昼が体を震わせて暴れようとするので、流石にソファから落ちたら危ないという理由で慌てて片手で引き寄せる。
甘い匂いやら柔らかな感触やら、色々と感じるものはあったが、一番感じるのはひたすらに真っ赤な顔で震える真昼の愛らしさだろう。
「わ、分かった、分かったから。恥ずかしいのは分かったから、落ちたら危ないから大人しくしてくれ」
「う、うー」
「ごめんって! 俺が悪かったから、大人しくしてくれないと離せないから」
今の冷静でない真昼を離したら転がり落ちそうで怖いのだ。幾ら運動神経がいいとはいえ、横になった状態でソファから綺麗に着地するのは難しいだろう。
そう思って微妙に目を逸らしながら背中をポンポンと叩くと、真昼は暫く唸った後胸板に頭突きした。
明らかに不貞腐れたものだったが、からかったのはこちらなのでそれは甘んじて受け入れるしかない。
「……周くん、楽しんでませんか」
「い、いや、そんな事は……多少あるけどさ」
「あるんじゃないですか!」
「し、仕方ないだろ。可愛いし……」
異性としてかはともかく、人として好ましく思っている美少女が猫耳を生やしているのだ。見たいし可愛がってしまいたくなるのは仕方ないだろう。
とはいえやりすぎたのも事実なので、ちゃんと謝ろうと真昼を見ると、何故か真昼はまた勢い良く周の胸板に頭突きした。
今度のは流石に痛かったので「うっ」と呻くと、真昼が顔を挙げないまま、小さく「……好きに愛でてください」と呟く。
「はっ、え」
「も、戻るかどうか確認しないといけないでしょう! 胡散臭いお告げに縋るしかないのです」
このままだったら洒落になりません、と若干泣きそうな声で言われると、愛でている場合じゃなくて早く戻る手段を探さないとな、慌ててしまうのだが、真昼はまるで撫でろと言わんばかりに頭を向けてくる。
本当に愛でて戻るのか……? と疑問は大きかったが、試さない事には始まらないので、とりあえず真昼を抱えて起こしてから、頭を撫でてみた。
キューティクルばっちりのさらさらつやつやな髪は手触りは見た目以上によく、髪が指の間をすり抜ける度にふわりと甘い匂いを漂わせる。
ぴこりと生えた耳は、その髪よりも柔らかな毛質で、そっと触れると非常にしっとりとして滑らかで繊細な手触りだ。
思ったよりも耳自体は薄めで、でも温もりはしっかりとしている。
ふわふわさらさらの耳を優しく指の腹で撫でると、ビクッと体が震えたので痛かったのかと離そうとしたら首を振られたので、続けろという事なのだろう。
そのまま壊れ物を扱うように優しく頭や猫耳を撫でていると、小さな「ふにゃ」と子猫のような甘い声が聞こえてきた。
(……なんか、すげーやましい事をしてる気分)
頭と猫耳に触れているだけなのに、何だかよくない事をしているかのように思えて仕方がない。
このまま触っていいのか、と躊躇うが、真昼は嫌そうではないし愛でる事で戻る可能性があるなら……と優しく手のひらや指先で撫でていると、真昼は手持ち無沙汰になっていた周の掌を掴む。
急にどうしたんだ、と一度動きを止めて真昼を見ると、とろみを帯びた瞳が周を捉えて、心臓が跳ねた。
真昼は、そんな周を意に介した様子はなく、固まった周の指先をぺろりと舐めた。
「……っま、まひる」
舐められて感じたのは、猫の舌のような感触まではないんだな、という事と、火傷すると錯角しそうなほどの熱。
ただ、柔らかな舌よりも周や頬に熱がのぼって、顔を真っ赤に染めてしまう。
猫なら飼い主の手を舐めても不思議ではない、不思議ではないのだが、真昼が指をくわえていると考えると、非常によろしくない光景だ。
慌てて肩を押して引き剥がすと、ぽかんと不思議そうなカラメル色の瞳と目が合う。
それから、自分が何をしていたのか、周の顔を見て遅れて理解したのか――ぽんっと沸騰したように顔を真っ赤にして、真昼は立ち上がって洗面書の方に逃げていった。
撤退時の声が「うにゃああああ」だった辺り猫だな、と冷静な自分が感じつつ、残りの冷静でない自分が舌の感触や熱を思い出してのたうち回りたがらせる。
どっ、どっ、と心臓がいつになく大きな音を立てて暴れるのを感じながら、周は真昼が消えた洗面所の方を見て暫く呆けた。
十分後、洗面所から帰ってきた真昼の耳としっぽは消えていたが、代わりに初対面の猫のような警戒心と羞恥で一杯の瞳で見られて距離をとられたので、まだ猫が抜けきっていないんしゃないかとひっそりと思う周であった。
【猫の日ネタそのに】
もはや日常になった周宅への訪問をした真昼は、周の姿が明らかにおかしい事に気付いた。
「……待て、言いたい事は分かるが先に言わせてくれ。好き好んでこうなった訳ではない」
何故か自室の扉の隙間からこちらを窺っていた周を説得して中に入れてもらうと、いつもの周の姿とはかけ離れていた。
何が違うかといえば、人間ではありえないパーツがついている。
ぴこぴこと揺らぐ細長く黒い毛に覆われたそれは、周の尾てい骨のあたりから生えている。
頭頂部から左右にすこしずれた位置には、髪と同色の三角形のものが生えている。視線を向ければ、ぴくぴくっと怯えるように震えた。
そう、所謂猫耳と尻尾が生えている。
以前謎の現象により真昼にも同じものが生えた事があったが、まさか周の方にも同じ事が起きるとは全く思っていなかった。
「か、かわ……こほん。……もしかして、前の私と同じような……?」
「……らしい。可愛がられれば戻るという訳の分からん解除条件があるらしい」
嫌そうに呟いて猫耳をひくつかせる周に、真昼はじいっと周を見る。
一度狼だとたとえた事があるが、こういう姿を見ると猫というのも中々に似合っている。周が如何にも精悍な顔立ちという訳ではなく、どちらかといえば中性的な雰囲気のありつつも男を匂わせる顔立ちだからこそ、こういう可愛らしいパーツもよく似合っている。
猫で例えるなら黒猫だとは思っていたが、実際に猫のパーツが生えるとこれ以外にないという程にぴったりだ。
(……可愛いですね。ツンとしたところがまた黒猫っぽくてよいです)
本人に面と向かって似合っていると言うと機嫌が悪くなりそうなので口からこぼれ落ちそうな言葉は飲み込んで、いつもよりも無愛想な表情で固定している周の手を引いて取り敢えず座るところを求めて躊躇いは感じながらもベッドに腰かけさせてもらった。
触れた手が心なしか普段より熱いのは、猫の体温が人間よりも高いせいなのか、恥じらいのせいなのか。
「……可愛がっていいのですか?」
「有無を言わさず可愛がるつもりのように見えたんだけど」
「バレました?」
「そわそわして滅茶苦茶触りたそうにしてるからな。……前俺も可愛がった側だからされる事については仕方ないと思ってるけどさあ……俺に猫耳が生えて誰得なんだと聞きたい」
可愛くもなんともないだろうに、と耳をイカ耳にしながら不満げにぶつくさ呟くその姿がもう非常に可愛いので、真昼は耐えきれず周を抱き寄せた。
予想していなかったのか軽く体勢を崩して真昼の山に顔を埋めた周は「んむっ!?」とくぐもった声を上げたが、真昼はそのまま周の耳に手を滑らせる。
あまりこまめな手入れをしていないのにほどよくサラツヤさを保った周の髪と違い、耳の毛はサラツヤさにふんわりとした柔らかさがあった。
やはり本当に神経や血管が通っているのか、温かいし脈動を感じる。
「可愛いです」
「……あのさあ」
「触っちゃ駄目ですか? もふもふしたいです、周くんもふかふかしていいので」
潤いのあるさらふわな毛並みを撫でながら囁くと、うめき声が聞こえた。
可愛がられるのは決定系なのだが、体勢が問題なのだろう。真昼としては、腕の中にあった方がいいしこの滑らかな手触りを堪能したい。可愛すぎて目一杯愛でたい、というのが本音だ。
あまりにも周が懐かない黒猫に見えて、構いたくて仕方ない。
「……ここ、ベッドなんだけど」
「そうですね。……もしかして眠いのですか? 猫って結構頻繁に寝てるイメージがあるので周くんもその例にもれなかったという事で……」
「わざとだよなそれ。……猫だからって、狼に変化しないとは限らないぞ」
これくらいで狼に変化するくらいなら今まで幾らでも変化する機会はあったのにそういう素振りを見せてこなかったという時点で、周の安全性は折り紙付きだと思っている。
仮に狼になったとしても。
(……嫌じゃないんですけどね。一言、大切な事を私に囁いてくれるなら)
なし崩しはよくないとは自覚しつつも……周に求められる事は、嬉しいと思ってしまう。
周が心から望んでくれるなら幾らでも触らせはするが、周の事なので恐らくなさそうだ。
明らかに不満げな周をなだめるように撫でると、周はもうやけくそになったのか今埋めている場所に頬ずりをして真昼の背中に手を回した。
ただ、羞恥はあるのか首まで赤くなっている。
そういう所が可愛いんだ、とは言わず、控えめながら柔らかさを味わっているらしい周の頭を撫で背中を一定のリズムで叩くと、どんどん周の体が弛緩してくるのが分かった。
くぐもったようなごろごろという音が聞こえるのは、心地よいと思っている証左だろう。それが人間としてのものなのか猫としてのものなのかは分からないが、周が尻尾を振って喜んでいる事だけは分かる。
(……普段周くんが表に出さない分、尻尾で分かりやすくて可愛い)
猫になって理性が緩んでいるのか、普段なら恥ずかしさに逃げるような事でも受け入れている。甘えるように抱きついてくるのも、胸に顔を埋めて堪能するのも、まず普段ならあり得ない。
素直に甘えてくれている事が可愛くて仕方なくて、ついぎゅっと抱き寄せて頭を撫でくりまわす真昼に、周は暫くするともぞもぞと顔を上にずらして目元を空気に触れさせた。
黒曜石の瞳が、いつになく熱っぽく潤んでいる。
その艶めいた深い色に思わず見とれて手から力を抜いてしまった真昼に、周は眼差しを和らげて、それから顔を胸から離す。
新たに顔を埋める先に選んだのは、首の付け根。
やや広めのVネックだったせいで空気に触れている素肌に唇を触れさせて軽く食む周に、真昼は体を硬直させた。
先程よりも触れ方は控えめな筈なのに、何故だが急に羞恥が湧いてくる。
自分のものより少し芯のあるような硬さがある唇が肌をなぞるだけで、ぞわりと体が震えた。
嫌、とかではなく、ひたすらに湧いてくるのは恥ずかしさ。
いつもより荒い吐息が耳を掠めて、更に背筋が震える。
先程まであった、可愛いとか愛おしい、なんて感想は薄れて、今は……どこか艶かしさすら感じた。
ぐるると喉が鳴る音が、近い。
それが心地よさからくるものではなくて、獲物を前に喉を鳴らす行為に聞こえてしまうのは、今の状況のせいだろう。
怖くはないが、無性に恥ずかしくて周の背に回した手で服の布地を掴んだ時、ある事に気付いた。
「……耳と尻尾、消えてる」
周くんの熱を孕んだ眼差しや唇の感触に気を取られて目を離した隙に、猫の耳と尻尾は消え去っている。
可愛がられたら消える、という条件は、本当だったらしい。
吐息にも似た呟きに、周はびくりと体を震わせて、それからゆっくりと顔を離した。
何にも隠れなくなった顔は、いつになく真っ赤になっていた。
「……いっそ殺してくれ」
唸るような声で呟いてベッドに倒れ込んで背中を向け掌で顔を覆う周に、真昼はあたふたしながらも周の頭を撫でて「大丈夫ですよ、怒ってませんから。ね?」と必死に宥める事になるのであった。
8.5の小冊子の原型? 周のほうも載せればよかったのに、もったいない。
真昼のほうも、小冊子とはかなり違っていて、こちらも良い。
それにしても、こういう形での発表はもったいないなぁ。